第2-3話

早朝のグロームスワンプ。

霧が深く立ち込め、森の中は幽玄ゆうげんな雰囲気に包まれていた。ノアは一歩踏み出すたびに湿った地面から音を立てながら進んでいく。


「先ずは痕跡から」


次の討伐目標であるディレンブライトの痕跡を辿る。

まずは周囲を注意深く観察しつつ、地形の変化や特徴的な光の反射を見逃さないように見ていく。


ディレンブライトはキノコの群生地に生息している。

前日にシャドウベインを採った少し先でよく見かける事ができる魔物だ。

キノコの群生地は深入りさえしなければある程度安全に狩りを行える。ただし、それにはいくつかの条件と注意が必要なのだ。


ノアはポケットから二種類の霊薬を取り出しそれを飲み干す。

苦虫を嚙み潰したような顔で下を出しながら薬の味に嫌悪した。

彼女が一本目に飲んだ霊薬は白く白濁しているもので、毒除けの錦草(どくのけのにしきくさ)と呼ばれる霊薬だ。毒への耐性や抵抗力、解毒作用を持つ霊薬だ。

もう一本の霊薬は心鎮の霊薬(しんちんのれいやく)。毒々しい紫色をした液体という見た目とは裏腹に、精神攻撃や幻覚攻撃への耐性を付ける霊薬であり、環境への耐性も付けてくれる。

キノコの群生地はこの二つの霊薬を用いてやっと探索できる場所なのだ。


ノアは慎重にキノコの群生地を進んで行く。

幻想的かつ不気味な場所だ。

大木と化した蔦が複雑に入り組んでいて、太陽の光が地表に殆ど届かない。


薄暗くじめじめとしていて、湿気が籠っている。

一部の菌類は異様に輝き、薄暗さも相まってまるで夜空に散らばった星々のようだ。

ここでは不思議かつ独特な生態系があり、キノコの群生地でしか見かけないような動植物がいる。


ミズゴケの足元は湿っていて、歩くたびに水が染み出る。

時折、獣が逃げ去っていく音が聞こえてくる。

ノアはその音を気にせず、一心に目的地を目指していた。彼女は生い茂る植物の間をすり抜け、茂みをかき分けながら進んでいった。


森の中には静寂が広がり、時折、鳥のさえずりや小動物の音が耳に入る。

しかし、それらの音も次第に遠ざかっていった。

ノアは集中し、自身の足音と心臓の鼓動だけが彼女の耳を埋め尽くしていた。


彼女は沼地の奥へと進むにつれて、不気味な存在を感じ始める。

湿った空気が彼女の皮膚を撫でる度に、微かな寒気が走った。

光り輝く菌類は微かな甘い香りを放ち、彼女の鼻腔をくすぐる。


「ミラージュキャップ……甘い香りを放つ幻覚キノコか……帰りに採取しておこうかな」


霊薬を飲んだ彼女にはその幻覚に影響を受ける事は無い。もしも霊薬を飲まずにこの地に足を踏み入れていたら幻覚により今頃錯乱していただろう。


ノアは周囲を注意深く観察し、キノコの間に隠れたディレンブライトの痕跡を探す。

時折、地面には小さな足跡が残されており、彼女はそれを頼りに進んでいきます。


「この足跡の数……群れか」


そして、彼女はキノコの群生地の中央に立つ巨大なキノコを見つけました。そのキノコは他のものとは異なり、深紅の光を放ちながら、薄い煙がキノコの周りを舞っていました。


「ディレンブライト……見つけた」


ディレンブライトは体長約1メートルほどの大型の生物で、細長い体型を持っている。

特徴的な赤い傘は一定の感覚でゆっくりと点滅していた。

ヒダの所からは煙のように煌めく赤い胞子を周囲に放っている。


頭部には大きな光る眼球があり、緑色に発光していた。

ディレンブライトの眼球は常に動き、周囲を鋭い視線で見つめていた。また、ディレンブライトは腕のような長い触覚を持ち、その先端には小さな掌がある。


掌には小さな光る器官があり、それを用いて獲物を感知するのだ。

この触覚は、敵に対しての攻撃の手段にも使われる。


背中には不規則な突起が並び、その表面には幾つもの小さな孔が開いていて、その突起からは毒を分泌し、周囲に幻覚を引き起こす煙を放出していた。


彼らは小さな足で5歳児程度速度で走る。動きは鈍い方だが、鈍くても彼らはそこにいるだけで広範囲に影響を及ぼす。

傘からは幻覚作用をもつ胞子を常に放出しつづけ、背中の孔からは毒ガスを噴出する。


「幻覚毒胞子……この甘ったるい臭い苦手なんだよねえ……」


ノアの目の前にいるディレンブライトの数は5匹。

彼らは仕留めたであろう獲物の肉に群がり、触角を器用に使って貪っている。ディレンブライトの口が大きく開くと、無数の細かな歯が見えた。

獲物の肉を引きちぎり、血や臓物を滴らせながらくちゃくちゃと音を立てて食べている光景はおぞましい。


彼女は慎重に手に持つクロスボウを構え、狙いを定めた。

静寂の中、矢が放たれ、ディレンブライトの触角に直撃。触角が激しく損傷し、紫色の血飛沫を出す。ディレンブライトは悶絶するような声を上げた。

ノアは一瞬でクロスボウを背中に収め、ディレンブライトに素早く接近。


「狼牙流剣術二の型――月影舞!!」


彼女の体が狼牙流剣術の型に沿って動き、銀の剣を手にしてディレンブライトに襲いかかった。

体を回転させて素早く刃を振るい、ディレンブライトの胴体を両断。


優雅で鮮やかな斬撃はまるで舞い踊るように美しい軌道を描く。

彼女の剣技は流れるような太刀筋であり、その一撃は迅速かつ強力だった。


危険を察知したディレンブライトが、触手を鞭のようにしならせて反撃を試みる。

――が、月影舞の不規則な足取りと敏捷な動きが合わさり攻撃を回避していく。


同時に反撃を繰り出し、触手は次々と切断されていった。


「群れを相手にする時は素早く――」


ノアはディレンブライトの攻撃を見切り、剣術の型を繰り出しながら連続攻撃を行う。

その剣の軌跡は美しく、華麗な瞬歩と合わさりまるで踊り子のようである。

舞い踊る銀の刃はディレンブライトに深い傷を負わせ、触角を的確に切り落とす。


ノアはディレンブライトの弱点が触手であることを知っているのだ。

彼らは触角を鞭のようにしならせて攻撃したり、獲物を捕まえて掌にある光る器官を用いて毒を注入する攻撃をする。つまり触手さえ切り落としてしまえば、背中から毒胞子をだすキノコに成り下がるのだ。


ノアは次々とディレンブライトの触角を切り落としていった。その度に紫色の鮮血が宙を舞う。

ディレンブライトは苦悶の声を上げ、攻撃能力が低下していく。


しかし、他のディレンブライトも彼らの仲間の苦悶に反応し、獰猛な姿勢を見せ始めます。奥の手があるんだと言わんばかりに毒胞子を背中から噴出させ、辺り一面を煙たくする。


赤く煌めく煙が周囲を埋め尽くすが――霊薬を飲んだノアには通用しない。

ディレンブライトが一斉にノアに向かって走りだす。無数の牙がある口を開け、よだれを垂らしながら噛み付かんと突進する。


「三の型――月華一閃」


ノアは力強く踏み込み、一太刀で二匹のディレンブライトの胴体を真っ二つに切った。ノアは一太刀で瞬く間にディレンブライトの後ろに回ったのだ。

そこにいる筈だったノアがいない――ディレンブライトが理解し、振り向くころにはもう遅い。

残り三匹。


「残り三匹――四の型、三日月」


二匹のディレンブライトが切り伏せられ、倒れる。

最後の一匹となったディレンブライトが奇声を発しながらノアに襲いかかり。


「終わりだね」


ノアは真正面から力強い一撃を放ち、最後の一匹を仕留める。

剣に付着した血を振り払い鞘にしまう。


「ふぅ……久しぶりに剣術使った……これは後に響きそうだな……」


ノアは仕留めた獲物の処理に移行した。

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