第2-1話 沼地。

ノアの顔には疲労が見られる。ミルカに跨り、途中休憩を挟みつつ片道半日が経過。彼女は、次の任務を達成するべくグロームスワンプへと向かっていた。


危険地帯故に、街道は途中で失われていて悪路だけが続いている。

彼女の身に纏わる黒い外套は泥濘に汚れ、長い旅の疲れが彼女の体を襲っていた。


グロームスワンプへの道はただただ険しい。


「本当に……ここは嫌なところだよ」


泥濘に足を取られて何度か転倒しそうになったが、それよりも沼地に蔓延る濃い霧の方が不安だ。

グロームスワンプは、瘴気と言われる魔力を含んだ霧に日夜覆われていて視界が悪い。一刻も早く拠点となる場所を見つけなければ、夜には最悪な事が待ち受けているだろう。


周囲からは不気味な鳥のさえずりや、草むらから立ち上る異臭が漂ってきた。ノアは身構え、心の中で警戒を強める。グロームスワンプは大陸屈指と名高い危険なエリアであり、数多くの冒険者が命を落としてきた場所だ。


足元は腐った樹木や湿った泥に覆われており、進むたびに足を取られるような感触がノアを襲う。背の高い草むらや水辺には巨大なワニや毒蛇が潜んでおり、いつ襲撃されるか分からない緊張感が彼女を支配していた。


遠くからは不気味な鳴き声が聞こえ、ノアの髪の毛は背筋に寒気を走らせた。彼女は剣に手を置き、一歩一歩を慎重に進んでいく。この地の闇と闘いながら、彼女は目的地である場所まで歩むのだ。


時折、目に映る光景は忌まわしいものばかりだった。

腐敗した生物の死骸が水面に浮かび、草地には不気味な光を放つ菌糸が広がっていた。

ノアはそれらに不快感を抱きつつも、意志を固めて進み続ける。


時間は経ち、日が沈んでいく。

ノアの服は泥で重くなり、顔には汗と泥が混じり合っていた。目的地に近づくたびに期待と緊張が高まっていく。


「あと少し……」


苦労に苦労を重ねて見つけた場所は洞穴だ。

過去にアランと共にグロームスワンプを訪れた際に拠点にしていた場所。

洞穴の中に入ると、未だに魔物払いの護符や魔法陣がそこにはあった。経年劣化しているものの、まだ効果を発揮しているようでノアは安心した。

洞穴は広々としていて、体の大きいミルカも楽々入る事が出来る程。生活がしやすいように簡素な家具や調理器具が整えられていた。

古くなって所々穴が開いているが、床には干した葦が敷き詰められていて割と居心地のいい空間となっている。


「やった、昔のままだね。ミルカ、中に入って休もう」


ノアはミルカと共に洞穴に入って野営の準備を進めていく。

焚火をし、魔物払いの魔法陣や護符を新しい物にする。

荷物の中身をチェックし、軽食の準備やミルカの餌を用意する。


「流石に今日は旅疲れもあるし……休もう」


ノアの独り言にミルカが頷いて答えた。

準備を進めていくにつれてどんどんと日は落ちていき、すっかり夜になった。

ノアは体を横にし、体を休めるのであった。





翌日。

ノアはグロームスワンプの奥深くに足を踏み入れると、そこは奇妙な生物たちと不気味な植物が繁茂する荒涼とした場所だった。彼女は慎重に足を踏みしめながら、目を凝らして周囲を探索していった。


「見つけた!」


まず彼女が見つけたのは、湿地帯の水辺に生える薬草だった。

その葉は濃い緑色をしており、背の高い植物である。

ノアは上部の数センチだけを摘み取り、ポーチに入れる。


「グリーンエレガント……入手完了」


ノアが呟いた薬草はグリーンエレガントと言う名前の植物だ。水辺に生える背の高い植物であり、葉には治癒力を高め、痛みを和らげる効果がある。

水辺の近くでよく見かける薬草だが、グロームスワンプで手に入るものは一味違う。

濃い瘴気の影響なのか、効能が非常に高く大きく育つ特徴がある。


「グロームスワンプで薬草の栽培でもできたら一儲けできそうなんだけど環境が環境だからねえ……」


こうした有用な薬草の栽培を夢見るも、何をすればいいのか分からない。ぼんやりと夢を見つつ、作業を進める。


グリーンエレガントの他にもブラッドブルームという深紅色の花を咲かせる植物も採取する。

ブラッドブルームから得られるエキスは、血液の循環を促進し、疲労回復や体力増強に効果がある。旅疲れがまだ残っているノアには必須だろう。


次にノアが進んで行ったのは、巨大なキノコの群生地だった。これらのキノコは斑点模様が特徴であり、その一部には毒性のあるものもあるため、ノアは注意深く選びながら採取した。

彼女は旅の途中で負った傷や病気に効果のあるキノコを見つける為にキノコの群生地を歩んでいく。


「えーと……たしか……これだっ!」


毒々しい紫と白い斑点模様が特徴的な、ひと際大きなキノコを見つけた。

その大きさたるやノアの小顔をすっぽりと覆いつくす程である。


「シャドウブルーム……毒キノコだけど免疫力を高める効果とかいろんな病気に効く効能があるからもっていこう」


彼女が採取したシャドウベインは有毒であり、そのまま摂取すると中毒症状を引き起こす代物。

多くの生物は近寄りもしない程の猛毒を持っている為、非常に危険なキノコだ。


しかし、シャドウベインには免疫力を高めたり、解熱作用、風邪の予防及び治療をする効果がある。


特に虫刺されによる痒みや解毒力には強い効果を示す。

湿地帯は、怪我や虫刺されが原因で病気を発症する危険性を孕んでいる場所だ。


こうした環境下では、シャドウベインは必須のアイテムとなろう。ちなみにシャドウベインは丸一日水に漬けて置くと毒素を完全に抜く事ができる。


「大きいしかさばるけど……3つは欲しいなあ」


ノアはシャドウベインを追加で採取し、縄で縛って背負う。鞄の中に収納しない理由は、シャドウブルームのカサには、ぬるぬるとした粘り気のある猛毒がある為他のモノと同時に収納する事ができないのだ。


「もう少し奥に行けたらもっと珍しいものが手に入ると思うけど……。キノコの群生地は迷宮ダンジョンと変わらないぐらい危険だから止めておこうか……」


ノアはキノコの群生地の奥を眺めながら言った。

キノコの群生地の奥地は猛毒の胞子を常に放出し続ける危険なキノコや、キノコの影響を受けて狂暴化していたり、通常個体よりもさらに強化されていたり、変異している魔物がいる。


キノコの群生地のような自然的迷宮や地下迷宮といったものは、あまりにも危険である為探索が全くと言っていい程進んでいない。情報が断片的なものばかりで殆どないのだ。


唯一ギルド内での共通認識として広まっているものが――キノコの群生地を進んで行った者は二度と帰って来ないという事だ。

このキノコの群生地がどこまで続いていて、どこが最終地点なのかは誰も分かっていない。


ノアは群生地に背を向け、次の素材を集めに行った。

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