第10話
昼寝を終えたノアは食器を片付け、武器をメンテナンスした後に仕事に取り掛かった。
ノアはランタンフォレストの中を探索する。
彼女はウィルドボアの痕跡を辿りながら、森の中を進んでいく。道中食用キノコや薬草などを採取しつつ森の隅々にまで目を光らせた。
彼女の目は鋭く、地面の微細な変化や草むらの乱れに敏感に反応している。
ウィルドボアは普通の猪よりも一回り体が大きい為、力強い足跡を残す。
地面に残った痕跡はこの地域にウィルドボアの群れが生息していることを示していた。
ウィルドボアは繁殖期になると依頼が沢山発生する。数を増やす時期になると、餌を求めて農地を荒らしたり、植物の群生地を潰してしまうからだ。
森を進んで行くにつれて、ノアはウィルドボアの行動パターンを読み解いていく。
彼らは主に夜間に活動し、昼間は休息を取る傾向がある。また、特に雨上がりの水溜まりや湿った地面が好きで、泥濘のある場所を頻繁に利用することを理解している。
ノアはこの知識を武器に、ウィルドボアの潜む可能性の高い場所を予測し、細かく目星を付けていく。
「みつけた」
そして、ノアの予測は的中した。
大きな水溜まりにたどり着いた彼女は、そこでウィルドボアの痕跡を大量に見つけた。糞、足跡、抜け毛の全てが新しいもので、つい数時間前までこの水溜まりを利用していた事が分かる。
ウィルドボアが定期的にこの水溜まりを利用してあることを物語っていた。
ノアは水浴び場から更に進むと、草むらの中に何かが光っているのを見つけた。興味津々で近づいてみると、ウィルドボアが残した泥や汚れでできた足跡の罠だと気づいた。
「魔力が込められた糞……」
ウィルドボアは自身の痕跡を活かし、他の動物や敵から身を守るために罠を仕掛けることがある。自分の糞に魔力を込め、踏んだ対象にウィルドボアにしか分からない臭いを付ける。
「罠に利用するか」
ウィルドボアの習性を利用した罠は伝統的だ。
この魔獣は糞を踏みつけた対象を嗅ぎ分け、追跡し、狩ったり逃亡したりする。
もしも自分よりも体が小さく弱いものであれば彼らは迷わず標的にする為、その習性を逆手に罠をしかけるのだ。
ノアは自然の材料を巧みに使い、ウィルドボアの足に絡みつくような仕掛けを作り上げていく。
仕掛けが完成すると、ノアは罠の周辺に足跡や泥の痕跡を隠すため、細心の注意を払って地面を整えていった。
最後にパンに糞を塗り付け、罠のある場所に吊るす。ウィルドボアは好戦的である為人の痕跡に敏感だ。パンに糞を塗り付ければ、これが誘引剤になる為罠へ誘い込む成功率が上がる。
「ふう……罠はこれでいいかな」
一通りの準備を終えた彼女は一度野営地へと戻って行った。
☆
夕刻となり日が沈み始めた頃合い。森を美しい夕日が照らしていた。
武具の手入れも済ませ、持ち物の確認も終わり、ノアが退屈を弄んでいた頃だ。
彼女は背筋を伸ばしながら立ち上がり、罠を仕掛けた場所まで歩いて行った。
そして、待望の瞬間が訪れた。
ウィルドボアは大きな体躯を持ち、がっしりとした筋肉で覆われている。
体のサイズは一般的には成獣で体高は約1メートル、体長は2メートルほどで時にはより大きな個体も存在している。一般的な猪よりも一回り大きく、赤茶色い毛をしているのが特徴的だ。
その全身は太く堅牢な骨や皮で覆われており、頑強な外装を持ってる。
罠に掛かったウィルドボアが、全身に蔦を絡ませて藻掻いていた。
ノアの確かな手練れさが相まって、罠はウィルドボアの足と首に絡みつき確実に締め上げていた。
ウィルドボアが苦しそうな声を出し、藻掻けば藻掻くほどに蔦が締まっていった。口の端から泡を吐きながら暴れ続けるが、編み込まれた蔦はワイヤーのように丈夫である為千切れる事はない。
「直ぐに終わらせてあげるね」
ノアは短剣を取り出し、ウィルドボアに近づいていった。
サクッと胸を一突きすると、ウィルドボアが悲痛な悲鳴を上げて身震いし――直ぐに絶命した。
彼女は喜びを感じながら、ウィルドボアの身体を丁寧に処理し、食料として保存するために準備を始めた。毛皮、肉、内臓――ウィルドボアから採れた素材は全て魔法のバッグに詰め込んでいく。
用意した魔法のバッグは2つだが、あっという間に満載となった。片方には毛皮や牙を入れ、片方には解体した肉を入れた。
魔法のバッグは中に入れた食材の腐敗を止め、鮮度を保つ魔法が込められてある。
中に入れた食材等は全て半冷凍の状態で保存されるのだ。
最も重宝されるべき点は、中に入れたあらゆるものをほんのわずかに圧縮縮小してくれる機能だろう。
「内臓は後で再処理するとして……肉は全部燻製と塩漬け肉にしよっと」
処理を終えたノアはそそくさとその場から立ち去った。
☆
ノアはミルカの背に騎乗し、街へと戻っていく。
荷物が増えたミルカの背中にはウィスプのランタンやウィルドボアの素材が入った鞄が下げられていた。
一時間もすればランタンフォレストを抜けて街道に出る。
ノアとアランが愛用している馬は、一般的な馬よりも一回り大きく力強い。荷物は沢山持てるし暑さにも強く持久力がある。
毛並みも艶やかで美しく、流れるような体躯は優美な馬なのだ。
魔獣に分類される馬であるが、温厚で手懐けやすい事で人気が高い。
その分高価ではあるが、旅のお供として大いに役立ってくれるのだ。
門番に通行証を見せ、セントリアの街中に入ると停留所に自分の愛馬を止める。
荷物を手に取りその足でギルドの建物まで向かっていった。
街の中心地にある大きな建物。
ノアはギルドの扉を開けて中に入った。
扉の内側には、冒険者たちの活気溢れる声が響き渡っていた。
相変わらず騒がしい場所だな……。
ノアは周りの冒険者等気にも留めず、カウンターへと歩んでいく。
受付係の若い女性のスタッフはノアの姿を見るなり、笑顔で迎えます。
「お帰りなさいノアさん。そのお荷物は?
「ウィスプとウィルドボアを討伐したよ」
「さようでございますか。大変だと思いますのでお預かり致しますよ」
「ありがとう助かる!」
鞄をカウンターに置くと、男性スタッフがカウンターの内側に荷物を下す。
「これがウィルドボアの依頼書で、こっちがウィスプの依頼書ね」
「受け溜まりました。討伐の確認の為に一度お荷物を確認させていただきます」
「いいよー」
スタッフの声にノアは微笑む。
スタッフはノアから受け取った鞄の中から素材をカウンターに置き、スタッフがそれを確認する間、ギルドの中を見渡す。殆どの冒険者は4人以上のパーティーを組んでいる事を不思議そうに見ていると、ギルドのスタッフが声を掛ける。
「確認いたしましたウィスプのランタンが三つとウィルドボアの牙の確認が取れました。魔物の討伐お疲れ様です。ちなみにこれは……もしかしてシャドウウィスプのランタンでしょうか?」
「そうだぞ! 倒すのめちゃくちゃ苦労したんだ!」
「強力な魔物ですからね。素材を売却していただけるのであれば買い取り致しますが如何致しますか?」
「だいたいいくらぐらいになる?」
「そうですねぇ……シャドウウィスプは確かに非常に危険な魔物で常に討伐依頼がでているのですが、今回の場合ですと依頼外による討伐となりますので査定と見積に少々お時間を頂きますがよろしいですか?」
「うん、任せる」
「承知いたしました。では、完了しましたらお呼び致しますので少々お待ちくださいませ」
スタッフは資料を片手に作業を進めていく。
その間ノアは、カウンターに頬杖をついてスタッフの仕事ぶりを見る。
「ウィルドボア一匹の討伐が5,000フェイリンで追加討伐は無し。ウィスプの討伐が……三匹の討伐で合計6,000フェイリンですね。こちらも追加討伐は無し。シャドウウィスプは強力な魔物ですが……えーと……。ふむふむ、どうやらギルドの規定では、危険な魔物であれば通常報酬を渡すようにと書かれているので報酬は支払われますね」
「いくらになりそうかな?」
「シャドウウィスプは危険度がCランクですので、一匹の討伐で10,000フェイリンの報酬が発生致します」
「わーお。それはいい額だね~」
ノアはにやりと微笑んだ。
「素材の買い取りは如何致しますか?」
「売れるモノを買い取ってくれれば嬉しいな」
「となると、現在のレートですとシャドウウィスプのランタンの買い取りが一つ800フェイリンとなります。そしてウィルドボアの毛皮と牙が合計150フェイリン。ウィスプのランタンが一つ100フェイリンですので、三つで300フェイリンとなります。素材の買い取り額が合計で1,250フェイリンとなります」
結構いい額いったじゃん!
パァーっと使うのもいいんだけど……そういう事するとアランに後でちくちく言われそうだしなあ。
道具はこの間補充したばかりだからまだまだ在庫はある。
食料は……ウィルドボア一頭分のお肉があるな……。補充した分も考えると流石に多すぎる。
美味しい部分だけ残して売ってしまおうかな。
「ねえねえギルドのお姉さん。ウィルドボアを狩った際に手持ちに内臓と肉がたくさんあるんだけど買い取れる?」
「食肉の買い取り……ですか? 確認致しますので少々お待ちください」
スタッフが資料のページをめくり、文字を指で確認する。
「ウィルドボアですと、一頭分の食肉の買い取りが約40フェインでして、肝臓と心臓であれば5フェイリン程度で買い取れます。ですが他の部位ですと市場での人気があまりないので買い取りはできませんが、納品自体は可能になります」
「やすいなぁ……」
「ウィルドボアは雑食性ですので当たりはずれがあるようでして……どうしても肉ばかり食べている固体ですと、獣臭くて市場だとなかなか好まれないんですよね。肝臓と心臓はお薬やポーションの原料になるので比較的売れやすい傾向がありますが、代用品があるので安価になってしまっています」
「そっかぁ……」
「ご協力できなくてすみませんね……」
「いやいや! そんなことないよ! いろいろと調べてくれてありがとう!」
「ウィルドボアの納品は諦めますか?」
「そうだね。お肉は自家消費するから内臓だけお願い」
「であれば肝臓と心臓の買い取りで10フェイリンを追加となります」
ノアは再び頭を下げながら、スタッフのお世話になることに感謝を伝える。
「それでは最後になりました、討伐報酬と素材の買い取りの両方を合計し――22,260フェイリンをお受け取りください」
「ありがとうね」
報酬の手続きが完了するまでの間、彼女はゆっくりと周囲を眺めながら、冒険者たちの声や活気に身を委ねた。
それからしばらくして、スタッフがノアに報酬を手渡した。
まだ手持ちが残っているノアは今回の報酬は全て貯蓄する事に決めた。その旨を伝えると、職員は優しく微笑んで要望を受け付けた。
「ありがとうございます。これからも冒険者として頑張ります」
「はい。ギルドもノアさんの活動を応援しております」
ノアは受付のスタッフに手を振り、ギルドの建物から去っていった。
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