第9話

シャドウウィスプを倒し終えたノアが、剣を地面に突き刺し蹌踉よろめく。

強烈な吐き気と目眩により、空っぽの胃の中を吐き出さんと体が反射する。

耳鳴りのように金切声が耳に残り、顔をしかめる程の頭痛を誘う。

視界はボヤケて天地が逆転しているかのようにぐるぐると回転している。


「クソっ……耳栓……」


目は酷く充血し、血の涙が滲む。

シャドウウィスプと戦う際は金切声による強烈な精神攻撃を防ぐ必要がある。

精神攻撃を受けなくとも、金切声の影響は凄まじいものだ。


奇襲を受けたが故に耳栓をするのが間に合わず、こうしてノアは苦しめられていた。幸いにも、戦闘中の彼女は精神攻撃に耐える程集中し、目の前にいる敵を倒さんと必死になっていた。

故に精神攻撃による影響は出なかったものの、身体への負荷が強烈である。

一息ついた途端にこの有様だ。


今の彼女をアランが見たら「半人前」と一蹴されていただろう。

激しい頭痛、目眩、吐き気、幻聴が一斉にノアを襲うが、今気絶でもすれば夜を徘徊する怪物の餌となってしまう。


今にも気を失いかねないような状態で必死に耐えるしかない。奥歯を噛み締め、自分の髪の毛と血を生贄に簡易的な魔除けの術を唱える。いつでも敵が現れてもいいように銀の剣を握ったまま、ただただ無心で耐えていたが──いつしか気を失ってしまった。





ノアは目を覚ましたと同時に身体中に激痛が走る。

前日の戦闘で受けた傷が痛み出し、彼女は苦痛に顔を歪めた。

自分の体を確認するために腕を動かす。


「うっ…」


ノアは痛みに顔を歪めながら体を起こし、怪我を確認した。腕や足には擦り傷や打撲跡があり、特に左腕には深い傷が赤く輝いていた。


「これじゃまずいな…」


ノアが指笛を吹くと、愛馬であるミルカが何処からともなく走り寄って来た。

痛みに耐えながら何とか馬に跨り、野営地を目指す。

到着した彼女は直ぐに焚き火の準備をし、火打ち石で火を起こした。


彼女はまず川へ行くと服を脱ぎ、傷がある場所を確認する。

綺麗な布に川の水を湿らせ、体や傷口に付着している汚れを拭き取っていく。

次に応急治療キットを取り出し、傷口に消毒液をかけた。


「くぅぅぅっ!!」


傷口にアルコールが沁みる。

彼女は激痛に身悶えしながらも手は止めない。

開いた傷口を縫い、洗浄し、治療用軟膏を塗る。


痛みが走るたびに彼女は歯を食いしばり、傷口に包帯を巻いていく。

幸いな事に骨はどこも折れていない。幸運だ。


一人旅。側にアランはいない。誰かにやってもらえるような環境ではない為、ノアは懸命に自己治療に取り組んでいくしかない。


水を浄水する魔法が込められたガラスの水筒を手に取る。ノアはポーチから緑色をした玉を取り出し、それを口の中に放り込み水で流すようにして飲み込む。

彼女が苦虫を噛み潰したような顔をして飲み込んだものは、様々な薬草をすり潰し団子状にした苦玉にがだまだ。


効能は様々だが怪我の治癒力、解毒力、免疫力を高める効果がある。翠嵐華の霊薬を使わないのは、単に高価であるから。


ノアは一通り怪我の治療を終えると焚火の前に座った。

包帯の具合を確認しつつ休息する。

痛みはまだ残っていたが、少しずつ和らいでいくのを感じることができた。


「これで少しは楽になるかな…」


彼女は自分自身に励ましの言葉をかけながら食事の準備を進める。

セントリアの街で買った野菜、塩漬け肉などの食材を用意し、丁寧に切り揃えていく。切った食材を鍋に入れ、焚き火で炊いていくと、香り豊かな料理の匂いが立ち込め始める。瞬く間に香りは森の中に広がりました。


「飯は体を作る……食べたものは全て自分を生かす糧となり力をくれる。だから料理は手を抜くなっ……だっけか」


ノアは過去の修行でアランから教わったことを思い出す。


「香辛料って言ったかな……入れたら美味しくなるって聞いたから高かったけどこのミスティックハーブってやつを入れてみようかな」


すり潰したミスティックハーブの粉を料理に入れると、豊かな香りが漂い始める。その匂いを嗅いだだけで体が反応してしまう程で、腹の虫が一斉に騒ぎ始めた。


「んー……良い香り」


出来上がったのは簡単な野菜とお肉のスープ。ミスティックハーブが食材の香りを引き立たせ、豊かな香りを漂わせる。


ノアは自分の作り上げたスープをお椀に注ぎ一口飲む。

薄っすらと効いた塩味。お野菜の優しい甘味と肉の旨味が口の中に広がる。

ミスティックハーブの豊かな香りが、簡単な料理のレベルを引き上げているのが分かった。


質素な食事だが美味しい。

ノアはゆっくりとこの一時を楽しんだ。


体力を回復させるための栄養たっぷりの食事は、彼女にとって至福の時間だ。


「はあー美味しかったー」


鍋いっぱいにあったスープはあっという間に無くなった。

一仕事終え、食事を済ませたノアはその場に寝転んだ。


「ウィスプは討伐完了っと……次はウィルドボアかな。怪我が気になるし……ウィルドボアは罠を設置して倒そうか……」


獣種の魔物や魔獣は単調な攻撃をしてくるが、素早い動きと力任せな攻撃が非常に厄介。それに危険を察知したら全力で逃げてしまう。

中には死ぬまで暴れ続けるものもいて、狩り逃せば近隣の村に出没したり二次災害を招く。

可能な限り短時間の間に狩る。それが獣種を相手にする心構えだ。


『少しだけ昼寝して、その後で罠を仕掛けるとしよう』


横になったノアは眠りについた。

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