第11話 家政婦【使用人のアナスタシア】


〈SSSギルド『アース・オブ・ファミリー』〉


「はい……はい、緊急要請ですね、わかりました。『封印から目覚めた巨大生物の破壊』ですね。姉の【殲風】を向かわせます。周囲に誰も近寄らせないようにだけ周知をお願いします。姉が全力で向かえば15分ほどで到着すると思いますので……はい、ここから距離が150kmほどある? はい、だから15分ほどです。馬車? いえ、走ってです。……はい、はい。それでは」


カチャッ


「ふぅ」


 僕は通話を終え一息つく。

 最近は他所の国やギルドからうちに応援依頼がひっきりなしにかかってくる、そのせいもあってか家族全員が揃う事がほとんどなかった。

 勿論、通話手段はスマホじゃない。

 この世界では魔法の力を込めた魔導器なるものが存在する。その中には通信手段となるものもあり広く出回っている。

 ギルドの事務室にも当然備わっている、光魔導器【星の呼応】という名称で見た目はアンティークな置物みたいだけどきちんと電話としての役割を果たしている。原理なんかは全くわからないけど。

 魔法を使えない者でも魔法が使えるみたいな触れ込みで人気を博してはいるんだけど……地球から転移してきた僕にとっては携帯の方がずっと良かった。単なる通信手段しか用途の無い物だからだ、当たり前だけどね。


 ここは僕の部屋兼事務所。

 まるで高級ホテルのVIPルームみたいにきらびやかでだだっ広い。

 五階建ての家の最上階に位置しているので窓には幻想世界の景色の一部が切り取られて見える。

 蒼い空、『天界』と呼ばれる浮遊大陸、連なる白い山脈、広大な緑の草原。

 ここにいるとまるで自分がこの世界の支配者だと勘違いしそうになる錯覚に陥りそうだ。

 父さん達が『ギルドマスターはシンなのだから頂点に住むべき』と強引にこの部屋どころか最上階にある全てのフロアーを僕の部屋にしてしまったのだ。


 確かに間違ってはいない。

 セリカの提案とはいえ名義上でのギルドマスターは僕だし……実際に創設から諸々手続きの全て事務的な処理を担ってきたのは僕だ。


 だけど……僕がしているのはただそれだけだ。

 依頼を全て片付けてきたのは家族みんな。僕が一人で達成した依頼なんか一つもない。

 だからこそ余計に引け目を感じてしまう。


ガチャ


「失礼致します、シン様。お呼びでしょうか?」

「あ、うん。アナスタシア、姉さんに急いでアルドレッド大瀑布に向かうよう伝えてくれる? 緊急要請って。現地で怪獣と人間が交戦してるはずだからそこの隊長に力を貸すようにって。僕はまだ書類整理が終わってないんだ」

「かしこまりました、シン様。直ぐにお伝えいたします」


 こうやって偉そうに指示するだけなのも心苦しい、それに慣れてしまった自分も。

 こういうのは実績を積んで上に伸し上がった者のする事だ、僕は家族の功績でここにいるだけなのに何故何もしていない僕がこんな偉そうな位置にいるんだろうか。


「…………」

「……? どうしたのアナスタシア?」


 うちの専属メイド兼、僕の雑務サポートである【アナスタシア・ブルー】(17)と目が合う。

 彼女は国の命令によりうちに住み込みで働くメイドさん。綺麗な銀髪に透き通るような白い肌、蒼い瞳。

 仕事もそつなくこなし、うちではメイド長.料理長に次いで仕事の出来る人物として高い評価を得ている。淡々としていて何を考えているかはよくわからないんだけど。


「いえ、お疲れのようでしたので。よろしければ私めがマッサージなどをしてさしあげましょうか?」

「え? あぁ……大丈夫だよ、ありがとう」


 いけない、顔に疲れが出ていたらしい。

 確かに最近は忙しすぎたり悩み事があったりであまり寝れてもいなかった。

 この世界では信じられないほどの数の争い事が世界各地で起きているーーというのも以前述べた通り、この異世界は地球と較べて全てが桁違い。

 世界人口、国の数、大きさ…そのどれもが地球の10倍近い。把握されている総人口は1200億近く、5000以上もの国が存在する。

 分母が多いと当然、争いの火種となる数も地球の倍では済まない。種族間の違い、貧困格差、主張の相違……些細な事で戦争にまで発展してしまう。

 それに加えてモンスターや魔物、怪人、怪物などの無条件で人に敵対する者も存在するため世界は荒れまくっている。

 しかも今述べたものですら『インフィニティグランデのわかっている部分』だと言うのだから驚きだ。

 未開の地──未だに人類が踏破できていない【欄外の世界】もこの世界には存在しており、人類はインフィニティグランデの半分以下しか知らないのだ。


(スケールが大きすぎるよ……改めてなんなのこの世界)


 そしてうちのギルドにはそんな問題解決の依頼が多数寄せられる。

 僕の希望に沿って家族みんなは文句の一つも言わず動いてくれているのだ。例えとんでもなく無茶な依頼であろうと嫌な顔一つしないで依頼を受けてくれる。

 そして、人々を救ってくれている。

 家族みんなは、何もできない僕の希望を叶えてくれているんだ。そこにも僕は自分の非力さを感じ、同時に申し訳なさも感じている。


もみもみ……すりすり……


「ん……? え?」

「どうされましたかシン様? 痛かったでしょうか?」


 大丈夫って言ったのにいつの間にかアナスタシアが僕の肩を揉んでいた。いけない、そんなに疲れを見せていたのだろうか。だけどせっかくの好意を無下にするのも忍びない。

 どうせならマッサージしてもらおう。


「あ、でも姉さんに伝えないと…」

「もう既にお伝えしました、【殲風】様は張り切って全力疾走していかれました」


(いつの間に!? さすが……仕事が早い)


 彼女は慣れた手つきでマッサージを続ける、凄く気持ちいい。


「そういえばアナスタシア、セリカは今日は来てないの? いつもなら部屋に来る時間帯だけど」

「…………そういえば先ほどお見かけしましたが、なにやら本業の方が忙しいらしくあわただしく出ていかれました」

「そうなんだ、珍しいね。いつもなら忙しくても絶対僕に声かけてくるのに」

「……本当はシン様は数日帰らないと嘘言ったんですけどね」

「え? アナスタシアなにか言った?」

「いえ」

「それにしても心配だなぁ……騎士の仕事で何かあったのかな?」

「……シン様はいつも周囲を気遣ってくださいますが……それで充分なのではないでしょうか?」

「え?」

「シン様はいつも何かを背負おうとしたり気を張ったり落ち込まれる様子が見受けられますが……人一人ができる事などどうしても限界があります。いささか無理をしすぎのように感じられます」

「………」

「シン様は御家族を率いてギルドを運営し、更には我々執事共にまで良くしてくださっています。それはシン様にしかできないこと……つまりはシン様だけの『お力』なのです。御家族の皆様にとっても私め達にとっても力になっておられます。シン様はそのお力で世界と既に戦っておられるのです。それだけで充分なのではないでしょうか?」

「………アナスタシア」


 確かに僕は家族への引け目と自分の非力さに悩みすぎていたようだ。もしかしたらアナスタシアはそんな僕に気付いてこうして話をするために残っていてくれたのかもしれない。


(僕の力……そして戦い方……か)


「……ありがとうアナスタシア。少し気が楽になったよ、君がいてくれて良かった」

「…………」


 いつまでも非力な自分といつまでも最強すぎる家族。いつまでもそれに悩んできたけれど……アナスタシアのおかげで少しわかった気がする。

 僕には僕の戦い方がある──それを探してみるのもいいかもしれない。

 もちろんトレーニングや依頼は欠かさずに。

 いつか絶対的な家族を守る絶対的な力を得る事を夢見て。


「お話は変わりますが………現在この階には私めとシン様しかおられません」

「……? そうなんだ」

「そして現在、御家族の皆様も依頼のため遠方におります。すぐには戻りません」

「……? それがどうかしたの?」

「………執事達は私め以外の者はシン様の許可なくこの階に立ち入る事はできません、つまりは、邪魔は入らないという事です」

「……? ごめんね、アナスタシア。何が言いたいのかよくわからないんだけど……」

「……良いのですよ? 多少の間違いを犯しましても私めは口を閉ざします。強いシン様の前には私めは為す術もありません、きっと抵抗もできないでしょう。……抵抗する気はありませんが」

「……?? 何の話??」

「………………シン様を冷たい眼で見下し前時代的なツンデレと称したモラハラできつく当たる騎士なぞよりも従順なるメイドである私めをシン様の正当なヒロインに迎えて頂きたく策を練り作ったこのお時間を有効に使って頂きたいと強く申しているのです」

「ごめん、早口すぎてわからなかったんだけど……」

「……何でもありません、鈍感難聴朴念仁様。いえ、シン様。では私めはこれで失礼致します」


バタン


 悲しそうな表情をして出て行ったけど、何かしたのかな僕。モラハラとかヒロインとか地球ならではの単語が聞こえた気がしたけど一体どこで覚えたのだろうか。

 やっぱりアナスタシアは何を考えてるのかよく分からなかった。


----------------------------

 現在までに判明しているステータス

◇【アナスタシア・ブルー】 LEVEL ???

 ・種族【ヒューマン】・年齢17歳

 ・クラス【メイド副長】

 ギルド【アース・オブ・ファミリー】家政婦の一人。マスターである樹山シンのお付きをして以来、優しいシンの事を好きになった。正室としての地位を狙い、シンに近づく家族以外の女性を排除しようとしている。銀髪セミロングに葵眼、無口で天然。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る