第4話 Noche de carnicería

 バティスタ政府の中枢である国会議事堂エル・カピトリオはハバナのまさに中心部に鎮座し、過密な旧市街の外縁に位置しながら広大な幹線道路であるマルティ通りに面し、非常事態にあっても政府要人の退避は迅速に行う事が出来た。殆どの政府要人は防備の施された軍施設か憲兵隊基地へと退避していたが、散発的な銃声が響く中でアンブロシオ・カルデナス共和国大統領だけは議事堂に留まり、海を越えてやってきた戦士たちが民主共和制の敵を駆逐するさまを見届けようとしていた。


「閣下、窓際に居ては危険かと」


「窓際に居なくては様子が見えないだろう?」


 腕を組みながら旧市街の様子を眺める大統領を気づかい、窓から離れるようにドロテオは具申する。しかし大統領は視線を動かさずに鼻を鳴らすとそれを一蹴、ブランデーのグラスを目の高さに掲げてから一口呷った。


「それより君は、こんな状況で本来の仕事よりもあの旅行者の方が気になっていたのかね」


「いえ、別に女にうつつを抜かしていた訳ではありません。仕事です。あの女の事は『海外の友人』が知っていたらしく、彼に少しだけ調べて貰ったんです。返事はすぐに来ました。ただの傭兵ですが返答が早いという事は注意すべきかと思いまして。個人的に探りを入れただけです」


 大統領親衛隊はホテルのテロが発生してからすぐ議事堂周辺の防備を固めていたが、ドロテオはヨハンナ達と夕食を終えてから議事堂に現れ、聞けばヨハンナと食事をしていたというのだから職務怠慢を疑われても致し方ない。しかしドロテオ本人は職務には忠実だが、大統領にも忠実で妄信的なしもべと言うつもりはなく、一歩引いた立ち位置から大統領親衛隊大佐という立場で職務を遂行していた。

 ドロテオは民主革命以前は情報総局の一員として国内外での諜報活動に従事したが、その際もドロテオは建前としては党に忠誠を尽くしていたが、共産党の主義主張や理想など心底どうでも良かったのだ。あくまでも与えられた職務をこなす事に終始し、周囲を俯瞰して観る事の出来たドロテオは民主共和革命以降、職こそ追われはしたが彼の事をよく知る現大統領はドロテオを親衛隊大佐の地位を与え、信頼できる部下として扱った。それ故に今回のドロテオの行動も、何か意味があった事なのだろうと深くは追及しなかった。


「何か収穫はあったのか。ただの傭兵なら気にする事も無いだろう。そういった輩は君に任せている海外の連中もそうだし、テロリスト共にも混じっている」


「ただの傭兵とは言いましたが、それなりにやり手ではあります。ですがもう良いんです。ただの観光客でした」


 不運な観光客、と大統領はそれに付け加える。ドロテオも理由なくヨハンナ達を持て成した訳では無い。本人のプレイボーイ気質は元々ではあるが、それを武器にできる事はドロテオ自身がよく知っている。

 共産圏から鞍替えしたバティスタ共和国は当然国内外に敵は多く、大統領を狙う者も多い。ヨハンナ達が大統領の首を撥ねる為、諸外国の敵から送り込まれた刺客である恐れは当然無視はできなかった。そこでドロテオは一計を案じた。軍事顧問として手元に置くことで動向の監視を容易にしようとしたのがそれであるが、それを拒否されるのは織り込み済みであった。

 ヨハンナ達が宿泊したハバナ・ヒルトン・ホテルに内務省次官が会合の為に滞在している事や、それを反政府勢力が狙っている事もドロテオは知っていた。そこにヨハンナ達を宿泊させることで何某かの動きを見せる事を期待したが、結果として旅行者二人組は敵対行為に及ぶどころか国軍よりも素晴らしい働きをして見せた。思慮の浅い者ならヨハンナ達を好意的に見るだろうし、バティスタ政府に取り入るのならばまたとないチャンスで、そこを更に監視して馬脚を現すのを待つ腹積もりであったが、ドロテオの予想に反してヨハンナは国の中央から離れて旅行者としてふるまう事を選んだ。


「あの二人は明日にもバラデロに発ちます。監視の必要も無いでしょう」


 ドロテオは大統領の脇に立ち、差し出されるグラスを受け取ると、目の高さに掲げて褐色の液体を見つめる。グラスに注がれたその量だけで旧市街に暮らす住民の平均月収を軽く超える事を思うと、つくづくこの世という物は不公平で成り立っている物だと実感する。ブランデーを一口呷り、味わいながら「こちら側」で良かったと、ドロテオは銃声鳴り響く旧市街を眺めて思う。


「あのバスは」


 大統領が眼下のマルティ通りで親衛隊に止められているバスを指して問う。ハバナ一帯は封鎖されており、既に公共交通機関は全て止められているのだが、どういう訳か三台のバスが議事堂前を通過してハバナを抜けて行こうとしていた。


「あれは観光局のバスです。旧市街に残っていた外国人観光客を退避させる為のバスでしょう」


「今更か」


「観光局は仕事が遅いですから」


 実際は観光局の仕事が遅いわけではなく、バティスタ共和国では軍事や治安維持が優先され、特に首都ハバナではその毛色が強い為関係する省庁以外の業務は軽視される傾向にあった。そのため例え政府機関だとしても治安業務の皺寄せを食い、このように業務の遅れが出る事はざらにある事であった。

 観光産業はバティスタ共和国の主要産業の一つであり、決して軽視される物ではなく、政府も少なくない資金を投入して力を入れてはいるが現行の情勢下では軍隊や憲兵隊に比べれば優先度はかなり下がっている。その結果として観光局を主導とした観光客の退避は憲兵隊や軍の検問を素通りする事が出来ず、夜半にまでずれ込んでしまっていた。

 しかし当の憲兵隊などの治安維持部隊からしてみれば、不平分子が観光客に紛れて首都を脱出する可能性は容易に想像でき、観光客と言えど厳重なチェックは必要不可欠であった。




「何で止まった?外国人観光客は通行禁止の対象外でしょ」


「外を見ろ、議事堂の目の前だぞ」


 ナナカ・オリヒラはバスの車窓から議事堂を見上げる。白色の壁面が美しい巨大なドームが特徴的な新古典主義建築は、ワシントンDCはキャピトル・ヒルに鎮座するアメリカ合衆国議会議事堂に触発され、その生き写しと言って良い風貌をしていた。そして議事堂周辺は白色の建物とは対照的な、黒と赤色を基調とした装具を身に纏った大統領親衛隊の中でも最精鋭の兵士たちが守りを固めていた。全身を覆う防弾装備と重厚なバイザー付き防弾ヘルメット、見る者に威圧感を与える彼らは模範的一般市民や観光客からしてみれば頼もしく見える。しかし、そうでない物には抑圧の象徴と言えた。そしてナナカや、その隣に座るフェリペには恐怖の対象であった。

 先頭のバスから順に乗客が降ろされ、パスポートや身分証明書のチェックに始まり所持品検査やボディチェックがなされ、済んだ者から順にバスへと戻されていく。旧市街からの銃声鳴り響く中で行われるそれは物々しい雰囲気を醸し出し、穏やかなバケーションを楽しんでいた観光客たちにとっては悪い意味で忘れられない夜になる事は間違いなかった。


「大丈夫なんだろうね」


「パスポートも今までバレた事は無い。だけど親衛隊連中を騙せるかどうかは…」

 

 フェリペの釈然としない返答にナナカは眉間に皺を寄せる。身分を欺けなければ待っているのは確実な死であり、それも凄惨な拷問を経ての死である。

 ナナカとフェリペは反政府活動に身を投じる、政府から言わせてみれば所謂「テロリスト」の一員であった。二人が身を投じていた活動は非常に小規模で、これまでは政府による捜査の手が及んでいなかった。しかしホテルの襲撃を受けて政府はハバナの草の根に至るまで反体制勢力を一掃する事を決定し、ナナカ達も安全ではなくなっていた。旧市街に拠点を置いていたナナカ達は生き残る為にはハバナ脱出を決意し、観光客に紛れて脱出を図るも例によってバスの到着は日没後、出発は夜半までずれ込み、遂には検問に引っかかってしまった。武器は勿論、証拠に繋がる物は何一つ身に着けてはいないし、偽造パスポートも作成した者曰く完璧との事だが、親衛隊の放つ威圧感は全てを見透かしている様に感じ、二人に焦燥感を募らせる。


「いいか、お前は日本人観光客のミカ・ハヤシダ。俺はメキシコ系アメリカ人のフィデル・アロンソ。間違えるな、堂々としていれば何も問題はない。良いな?」


 フェリペはナナカに言うが、その口調は寧ろ自分自身に言い聞かせているかのようだった。手を揉み、貧乏揺すりをするその様子から焦り、苛立ち、恐怖感を隠し通せていないのは一目瞭然で、このままではたとえ書類に不備がなくとも挙動不審と言う事であらぬ疑いを掛けられてしまう。ナナカはフェリペの手に自分の手を添えて、目を見据える。


「落ち着きなよ、それじゃバレる。深呼吸して」


「ああ、あぁ…、済まない。こういう事は慣れてなくて…俺は、ホテルの偵察だって、アレが一番ヤバい任務だった。だから、こんな危険な状態になるなんて」


 フェリペとナナカは革命運動に参加こそしていたが、実際には政府のプロパガンダポスターや施設外壁への落書き程度で、革命運動とは名ばかりの物であった。その他には革命家の拠点にネット回線を引いたり簡単な電気工事、民間レベルの連絡役などの雑用に徹していた。それ故横の繋がりは広いが武力闘争に身を捧げる革命戦士とは程遠く、顔が割れていないという理由から選ばれたハバナ・ヒルトンの警備状況の偵察任務が一番危険な任務であった。それも近隣の建物内から写真を撮る程度であり、軍隊の偵察隊が行う斥候偵察のような物と比べ危険度は遥かに低かった。


「ナナカ、何でこの国に来た?日本は安全な国だろう。自由だし、わざわざこの国で戦う必要なんて」


「この国が独裁政治で、虐げられる民衆が見ていられなかっただけ」


「嘘だ、この国の現状は外部には発信される事は無い。ネットは検閲されてるし、外国のジャーナリストだって徹底した調査で国の不利益になるような事を書こう物ならテロ容疑で拘束される」


「もしかしてアンタって90年代の人間?今は隠し通せる物なんてネットには存在しないよ」


 00年代初頭ならばアングラなサイトを覗かない限り検閲無しの情報を拾う事は難しく、それをやるのはコアなインターネットマニアぐらいのものであった。しかし現代ではお手製のカスタムメイド高性能PCなど必要とせず、片手間に携帯電話の検索エンジンで調べれば検索結果の三つ目には「隠された真実」が出てくるのだ。しかし「隠された真実」は往々にして事実無根のデタラメであったり出来の良い創作が殆どで、それを真に受けた人間が更に誇張されて収拾のつかなくなった与太話の拡散に狂奔する。00年代前半に比べて鼻で笑ってしまう様な「隠された真実」は倍以上に増加したが、その分「裏の取れた事実」も多く出土していた。

 ナナカは若いデジタルネイティブで、物心ついた頃からネットに触れて所謂真実の拡散に執心していた時代もあった。当然それ等は嘘八百も良い所のどうしようもないデマゴーグだったのだが、ナナカはその時代を思い返すと恥ずかしさに顔を覆いたくなるのだった。そうした苦い経験をネットで積み、真偽の見分け方を会得したナナカはネットでポルトガル人ジャーナリストの記事を見つけ、バティスタの現状を知り、革命に手を貸す事を決意した。

 フェリペは日本を平和で自由だと言ったが、ナナカにとってはそうではなかった。戦中、日本は鳥取と千葉に核攻撃を受け、戦後復興の最中に政府はこれまでの事なかれの平和主義と杜撰な平和教育を改め、政治的方向性も国内世論も二次大戦以降の「平和を愛する国民性」とは違った方向性へと転化していった。

 ナナカにはそれが我慢ならなかった。陰謀論者の気質が抜けきらないナナカは、国が着々と先進国同様の軍備や法整備を整える様をファシズムの台頭の様に捉え、内に秘めた思想を隠しつつ自衛隊に入隊、最低限度の技術を身に着けた後は同様の思想を持つ政治結社に身を窶した。

 結論から言えば日本国内での武力闘争など上手く行くはずもなく、公安の捜査の手腕たるや迅速かつ鮮やかで、ナナカ・オリヒラこと織平 七菜香の所属していた政治結社はあっさりと解体され、構成員殆どが破壊活動防止法をはじめ共謀罪や凶器準備集合罪、銃刀法違反、脅迫・恐喝、その他諸々の罪で検挙され、ナナカも国内に居場所を失い、逃げるようにバティスタ共和国へと渡って来たのだ。


「ナナカ、もしヤバくなったら、このバスのちょうど左側、分離帯のマンホールに入るんだ。すぐに外せるようになってる。下水道を通って逃げるんだ」


「形は?」


「四角だ、開けたら飛び込むんだ。マットレスが敷かれてて怪我はしない筈だ。旧市街の都市ゲリラが言ってたよ」


「本当に?嘘だったら恨むよ。それよりも平常心、平常心で検問やり過ごすのが一番ベターでしょ」


 先頭のバスの臨検が終わり、親衛隊の兵士がナナカ達のバスへと近寄ってくる。通路を挟んで右側の席に座っているナナカは左側へと視線を巡らせるが、位置が悪く、外も暗い為にマンホールの位置を特定できずにいた。


「逃げた後、街を出るには誰を頼ればいいか分かってるな」


「腕が確かなのは知ってるけど、賭けの要素が強いね。今となっちゃこのバスも同じだけれど…」


 ナナカは偽造パスポートの顔写真を眺め、写真と同じ出来の悪い笑顔を浮かべて練習をする。もう何年も心から笑っていない。愛想笑いだけが上手になっていくのに嫌気が差していた。

 昇降口が開かれ、バインダーを持った将校が手招きして乗客達を降ろす。ナナカとフェリペを含む三十人が整列させられ、先頭のバスでやったのと同様に身体検査から書類の確認作業が行われる。一人、また一人と検査をパスしてバスへと戻され、半分まで来たところでフェリペの番が回ってきた。


「フィデル・アロンソ、アメリカ合衆国フロリダ在住」


 ベレー帽の将校はフェリペの顔とパスポートを交互に見て、ナナカの顔も一瞥する。


「よくできたパスポートだな、業者にどれだけ金を積んだ?」


 背筋を冷たいナイフで撫でつけられる様な感覚が襲い、手に汗がじっとりと滲む。目が泳ぎそうになるのを必死に抑え、否定の言葉を絞り出そうとするがフェリペもナナカも喉と唇がそれを拒否するように言葉を紡ぐ事が出来なかった。投光器の光を浴び逆光で将校の顔は良く見えないが、その陰の落ちた顔が地獄の獄卒の如く感じた。


「何を、それは国で取得したモノで」


「あぁバティスタ共和国で、だろ?フェリペ・カミノ。顔も変えておくべきだったな、ハバナに監視カメラが無いと思ってたのか?」


 将校はバインダーを裏返してフェリペに見せる。挟まれた要逮捕者リストには顔写真付きで名前が羅列さえ、その中にはフェリペとナナカの名前も記載されていた。罪状は騒乱・国家反逆罪、下される判決は数か月の強制労働の後に死刑、もしくは即日死刑、差し迫った状況であれば逮捕時に略式裁判で死刑執行が許可される。銃声鳴り響く旧市街で行われているのは正にそれだった。

 フェリペ達の活動は国家に対する反逆その物ではあり、監視カメラの映像から身元は割れてはいたが平素はさして脅威にもならず放置されていた。しかしホテルのテロからハバナ市内の徹底した浄化が開始されるにあたり、フェリペやナナカの様な悪戯程度の活動も徹底的に潰せとの通達がなされていた。

 検査を待つ観光客の驚愕の顔が向けられ、口々に何かを呟くのがナナカの耳に届く。だが今のフェリペには儀礼的に淡々と罪状を読み上げる将校の声も聞こえていないだろう。


「列から出ろ。国家反逆罪で逮捕、連行する。ナナカ・オリヒラ、お前もだ」


 将校の手がフェリペの肩に置かれ、ぐいと引き寄せられたその瞬間、バスのアイドリングと遠くの間延びする銃声に、短く乾いた銃声が混じった。将校の頭部から赤い飛沫が散ってゆっくりと横に体が傾き、硬いアスファルトに頭が強かに打ち付けられ半放射状に血糊が路面に拡がった。一拍置いてエンジン音も遠くの銃声も搔き消す悲鳴が木霊し、兵士の怒号が飛ぶ。

 ナナカは銃声の方向を見ると、列の最後尾の男が拳銃を片手で構えていた。男は硝煙を靡かせる銃口を滑らせ親衛隊兵士達に照準しようとするが、兵士達の銃が先に咆哮をあげてそれを遮った。放たれた弾丸が男の胴や頭を貫き、血飛沫をバスの車体と路面に散らしながら仰向けに倒れ伏す。


「走れ!」


 呆然とするフェリペの手を引きマンホールの逃走経路めがけてナナカは走り出す。それに呼応するかの如くパニックに陥った観光客が蜘蛛の子を散らしたように走り出し、兵士がそれに発砲を開始してその場一帯は混乱に陥った。逃げるナナカとフェリペを狙って放たれた弾丸が逃げ惑い射線を遮った観光客の一人に命中、図らずも身代わりとなった観光客に犠牲が出てしまう。


「とまれ!とまれ!」


 逃げる観光客の行く手を上手く遮った兵士は多少手荒であるが銃床で殴打し抑え込むが、兵士の包囲をすり抜けた観光客は数度の警告を無視した末、逃げる背中に銃弾を浴びて道路に倒れる。その場で伏せた者を除き逃げた者は次々に射撃を浴びて倒れていく中、ナナカとフェリペは設置されたコンクリート製のバリケードの裏へと取りつき、射撃を躱す事に成功していた。

 そして折悪しく三台目のバスにも武装した革命戦士が乗っており、観光客がその場を動かぬよう乗り込んだ兵士に対して銃を抜き発砲。更に車内から外の兵士に対して射撃を加えたのだ。将校を撃たれ混乱に陥ってる状態の兵士たちに射撃統制などという語は存在せず、非武装かつ無関係の観光客もお構いなしにバスに対して応射、ガラスが砕け車体に幾つもの弾痕が穿たれていき、更には軍用四輪駆動車に据えられた重機関銃が向けられ吐き出される曳光弾が車体を一撫でする。重機銃弾は容易に車体外装と座席を貫通し、車内にひしめく乗客と革命戦士を分別なくバラバラに引き裂いた。ものの数秒の内に車内は血の池地獄と変貌し、かろうじて生き残った者も手足をもぎ取られ、酷い出血でその余命は幾ばくも無いだろう。


「これだ、開けるぞ」


 その惨状をよそに脱出路へとたどり着いたフェリペはマンホールを持ち上げ脇へと退かす。瞬間、兵士の放った弾丸がフェリペの背を貫き、血の飛沫がナナカの頬を赤く染める。


「フェリペ!」


「ゴボッ、…い、いけっ」


 右肺を撃たれたフェリペは自身の血で溺れながら最後の力を振り絞り、銃弾の嵐の中ナナカをマンホールへと押し込んだ。仰向けに落下するナナカが最後に見たのは、銃弾を浴びて弾けるフェリペの顔だった。

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