第4話 白い白昼夢

 私は恐れていた。

 かれのあの笑みが、再び私に噛み付くことを。

 翻るコートが私の正気を曇らすのを。

 私は仕事を辞めた。次いで銀行からありったけの所持金を引き出すと、後先考えず生活品を買い漁り、自宅に引き籠もった。

 カーテンを閉め切り、電気を消し、部屋から日光を締め出した。それでも頭の中には、かれの白い姿が揺蕩っていた。

 そして、丸一日が過ぎた。


「..................私は、孤独だ」


 口に出して認めた途端、ドッとあらゆる感情が押し寄せてきた。


 不思議なことである。なぜ私が怯えなくてはならないのか?


 私は、かれにのだ。

 何故ならかれも孤独だったのだから。

 <御友達>とかれは言った。

 そして認めたくないことではあったが.......確かにかれはあの夏、私にとって唯一の友人だった。


 拒む理由が、どこにあるだろう?


 そう考えた瞬間、最前の行動が全て馬鹿らしくなった。

 <御友達>を裏切ることなど出来ようか?


 固く閉ざしていたアパートのドアを開けると、目の前にはかれが立っていた。


「お久ぶりです」


 かれは相変わらずな、親しみのこもった笑みを私に向けた。

 私は初めて、かれに微笑み返した。


「えぇ、久しぶり」


 私はふと、かれのコートが濡れそぼっているのに気が付いた。昨夜は確か大雨で、玄関先の床にも水溜りがまだ残っている。


「......もしかして、昨日からずっと?」

「えぇ、<御友達>ですから」


 私は、喉元までこみあげてくる感激にむせた。 


「......あぁ、私たちは、<御友達>、だ......!」


 そう、一言一言噛みしめるようにつぶやいた。そう言えることが何よりも嬉しかった。


 ――そう、私は気付いていなかったのだ。

 いつの間にか、かれがにまで来ていたという事実に。


「さぁ入ってくれ」


 私はドアを開けると、かれを中へと誘った。


「大したものは無いけれども、温かいスープくらいなら......」

「――あぁ、本当に」


 もしあの時、振り返っていれば。

 恍惚とした顔で、私の背を見つめるかれが見えただろう。


「僕はあなたと<御友達>......」


 そう呟くと、かれは自身の白コートを脱ぎ、それをそっと私の肩に掛けた。


「孤独は、分かち合う相手がいてこそ闇に輝く......」


 私が最後に覚えていたのは、耳元に落とされたかれの吐息と囁きだった。


「......つーかまえた」


□ □ □ □


 それからどうなったのか、って?


 まぁそう急かさなくても良いだろう? 何せ夜は長い。貴方といる今宵は、何だか永遠に続くように錯覚してしまうな。

 私とかれは、その後すぐに別れてしまったよ。悲しかったなぁ、何せせっかく出来た初めての<御友達>だったんだから。

 ん、この格好かい? これは、かれが私に残した唯一の置き土産さ。白いチェスター・コート、今でも随分気に入っているよ。かれの思い出と同様にね。

 でも注意した方がいいよ。人の孤独は、それはそれは深い闇さ。普段は隠れて見えない分、ツンと突いただけで震えだす。溢れ出る感情が抑えられなくなる。

 貴方は孤独かい? そうか、それは良くないなぁ。

 じゃあ、こういうのはどうだろうか? 


 私の長話に付き合ってくれたお礼だ、私と<御友達>にならないかい?


 私だって、まだ孤独なんだから。


 

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