第7話 出所 女

 もらった一〇万円の内から、五万円を出してかなり使い込まれた軽の中古自動車を買った。これで、寝るところに不自由はしない。少しの距離なら移動することもできる。

 聖児は、夜になってから車を公園の近くに停めることにした。日中から車を停めていたのでは、すぐに駐車禁止違反となり、反則金を支払うこととなりかねない。

 コンビニで買ったパンと珈琲が、その日の夕食だった。やることもないので夕食がすんだら、後は寝るだけだ。棄てられていた毛布をかけて寝ていた聖児は、寒さで目が覚めた。

 時計を見ると、まだ夜の一〇時だった。仕方なく、もう一度寝ようとすると、男女の声がした。男女が諍いをおこしている。

 公園の中を歩き、気がつかれないように、後からこっそりと近づくと、女が男に、

「あんた、責任とって」

と言う声が聞こえた。男は、それを無視していたが、ついに、女が

「やめて、私帰るわ」

と言った。

 女が怒って、男の頬を張り、男は、そのまま駅のほうに歩いて行った。女が一人残っていた。聖児は、周りを見渡した。この暗い公園に、人などがいるはずもない。

 聖児は、後から女の口を塞いだ。

「声を出せば殺す」

「……」

「やらせろ、一度だけでいいんだ」

 女は、少し安心したようだった。

「好きにしたら」

 聖児が、のしかかって、あっという間に果てた。女が、大きな声で笑った。

「さっきの男以下ね。それで、よく女が襲えるわね」

 後は、どうなったのか、もう一度、人を殺せば、死刑だという声が、頭に響いたことだけを覚えている。

 性欲が満たされると、憑きものが落ちたように感じられた。これは、警察沙汰にはならないだろうと踏んでから、湯田は、移動した軽自動車を止めシートを倒した。

 これからどうするのか、金もなく、住むところもない。しかし、強盗などをすれば、臭い飯を食うことになるが、まだ、そこまで落ちるつもりはなかった。

 湯田は、出所の際、戻るところがあるかと尋ねられたことを思い出した。

「まあ、ないことはないですが」

 このとき、湯田は、実家を頼ろうかと考えていた。

「それなら、いいんだが。もし、行くあてがないのなら、更生保護施設があって、そこでしばらくは過ごすことができるが、覚えておいてください」

 湯田は、刑務員の優しさがうれしかった。出所する日時は、知らせておいたが、誰も迎えには来なかった。

「まあ、来るとは思っていなかったが」

 と強がりを言っても、寂しさがつのった。

 湯田は、難しいとは、聞いていたが、市の福祉事務所に生活保護の申請に行った。出所したばかりだと言うと、受付の者は、困ったように顔をゆがめた。

「住まいはどちらですか」

「それが、出てきたばかりで、今は、軽自動車の中に寝ています」

 軽自動車の中という言葉に、少し驚きを感じたようだが、

「それでは、住所はどこになりますか」

 湯田は、この受付の者は、頭が悪いのかと疑った。自動車の中に寝ているのに住所はないだろう。

「今、言ったように自動車に寝ているので、住所はありません」

「すると、住所不定、あるいは居所なしということになりますか」

 湯田は、イライラしてきた。

「ええ、住所がありません」

「残念ながら、住所がないと生活保護は受けられないのですが」

 受付は、このようなやりとりを何度もしてきたのであろう。ただ、機械的に言葉を出していた。

 湯田は、声を大きくして、聞いた。

「それでは、生活保護は受けられないのですか」

「残念ですが、そうなります」

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