第5話 出自 二

 福岡行きの列車は、既になく、湯田はやむを得ず、駅前の寂しい旅館に泊まることとした。夕食を終え、することもなく、ぼんやりとしていると、手紙を届けに来た者がいるとのことだった。

 ここに宿泊しているのを知っているのは、母だけだが、いまさら、何の用事があるんだ。手紙を見ると、この旅館から、そう遠くない旅館で待っているとの内容だった。

 話とは、一体何なのか、湯田が聞くほどの内密の話があるのか、そう思いながら、指定された時間に、そこにでかけた。

 そこは、旅館というより、男女の密会に使われている場所らしく、秘密の打ち合わせにも使われているようだった。母が、待っていた。夫が、寄り合いで出かけたので、外出できる時間が取れたらしい。

 昼間、何も言えなかったのは、あの家では、人に聞かれると困る話はできなかったからだと母は、湯田に謝った。

 母が、語った湯田の誕生にまつわる話は、おぞましいものだった。もともと、母を嫁にしたいと言い出したのは、やり手で、当時いくつもの会社を経営していた義父の湯田正道で、婚姻はつつがなく行われた。

 湯田正道将来は、第一線を弾きつつあり、将来は、息子に、その座を譲ろうと考えていた。息子も、父の血を引き継いだのか、会社の経営には熱心で、又、新しく会社を買収しようと家を留守にすることが多かった。

 悲劇は、その息子の留守中に起きた。義母が外出し、義父と嫁は差し向かいで夕食を食べていた。義父は、いつものように、ウイスキーを飲みながら、嫁に自慢話をしていた。義父の話は、若かりし頃、よく女にもてたというものであり、嫁は、適当に聞き流していた。

 嫁も義母や夫がいないので、つい油断したのか、勧められるまま、義父のウイスキーを飲んだ。だが、強い酒とわかり、すぐに、飲むのではなかったと思い出したが、酔いが回り始めていた。

 その様子を見ていた義父が、突然、嫁の体に手を伸ばした。事が終わり、二人が着物の乱れを直していると、義母が帰宅した。嫁は、台所に立ち、義父は、書斎に向かっていた。

 義母は、雰囲気がおかしいことに気がついたが、何も言わずにいた。

 嫁は、誰に言うこともできないでいたが、その内、妊娠したことがわかり、一家は、慶びに包まれた。だが、産まれた子供が、自分ではなく義父に似ていたことから、息子は、父を疑いはじめた。会社でも、生まれた子の父親が誰かという噂が、密かに囁かれた。

 酔った息子が、帰宅すると、父に、

「本当のことを言え。あの子は、誰の子だ」

 と難詰しても、父は、馬耳東風で、

「お前の子だろうが」

 と、相手にしなかった。

 このような口論が毎日のように続き、ある日、息子は、義父の猟銃を持ち出し、それを義父に向けた。

 義父は、

「あれは、お前の子だ。だが、どうしても疑わしいなら、撃ってみろ」

と銃口の前に立った。

うすうす真相を知っている母が、二人の間に入った。母と息子がもみ合っていると、猟銃が暴発し息子が膝を折って崩れた。母は、自分の子を銃で撃ったことに、愕然として泣き崩れた。

 警察が呼ばれ、義父が、猟銃の手入れをしていたときに、暴発したと義父が、駆けつけた警察官に説明し事故という形で処理されることとなったというのが、母の説明だった。

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