第5話 内包《イツェルメ》

 頬を鎖骨を首筋を、指や掌で撫でられる感覚がくすぐったくて、チャクルは身動ぎした。濃密な魔力ギュチ玉胎晶精ターシュ・ラヒムに注ぐときのやり方だ。


(カランクラル様……?)


 綺麗な貴石の子たちみたいに、愛しげに触っていただけるなら、嬉しい。屑石チャクルにも、御心を向けてくださったなら。


(あれ、でも──)


 闇の御方の指先は、どこまでも繊細で滑らかなはず。なのに、今、チャクルに触れる手はどうも硬い気がする。それに──


 災厄フェラケト。みんなの欠片。とても綺麗で──眩しい金色。光。真っ黒なのに輝く金剛石エルマシュ。闇と金の交錯。


(私……!)


 エルマシュを庇ってカランクラル様の刃を受けた。心臓に抱いた水晶が砕ける音を、確かに聞いた。玉胎晶精ターシュ・ラヒムにとって、それは死を意味するはずなのに。


 なぜ、と。驚いた勢いで目が開いた。つまり、チャクルはまだ生きている。どこかの洞窟に寝かされて。金剛石の眩い目に見下ろされて、褐色の指で撫でまわされている。


「……確かに水晶は内包物イツェルメが多い石だが──」


 瞬きするチャクルに悪戯っぽく微笑んで、エルマシュは囁いた。


金剛石おれの欠片が馴染むとは、思ってもなかった。駄目元だったんだが」

「──え?」


 慌てて胸もとに視線をやると、チャクルの水晶には、やはり無数のひびが入っていた。ただし、漆黒の輝きが罅割れを埋めて、透明な石をひとつの結晶としてどうにか繋ぎ止めている。黒い──稲妻、蜘蛛の巣、幾何学文様アラベスク。見る角度を変えるごとに、黒金剛石が描く模様も表情を変えて、自分の石ではないかのように綺麗。


「助けて、くれたの? なんで?」

「こっちの台詞だぞ。あいつを慕ってたんだろうに」


 意識を失う前にも、なぜ、と聞かれたような。でも、そんなことはチャクルにだってわからない。


「さあ……いけないって、思ったから」


 水晶に魔力ギュチを注ぐためだろう、胸もとをはだけられているのが急に恥ずかしくなって、チャクルはもぞもぞと起き上がると服を直した。


(あれ、いつから……っていうか、どれくらい!?)


 チャクルの水晶が金剛石に馴染むのに、どれだけかかったのだろう。どれだけ、彼女はエルマシュに肌を晒していたのだろう。やけに頬が熱いし、胸が痛い。心臓の石がおかしいのかと、胸を押さえて俯くと──


「気の迷いだ」


 眩しい目が、真剣な色を浮かべて彼女を覗き込んでいた。


玉胎晶精ターシュ・ラヒムは、魔力ギュチをくれる相手に懐く。まして、俺のはそもそもカランクラルのだった訳だし。……だから、気にするな」

「無理!」


 気遣われた気配は感じつつ、チャクルは間髪入れずに叫んだ。抱き締められた。魔力ギュチを注がれた。心臓と一体化した石に、彼の欠片を受け入れた。心臓が動く度に、金剛石エルマシュが彼女の中で煌めくのだ。耐えられそうにない。


「……無理でも我慢してくれ。しばらく同行するんだから」

「なんで!?」


 よりいっそうの大声で叫ぶと、エルマシュは顔をぎゅっと顰めた。


「なんでって……根暗野郎カランクラルは執念深いぞ。小魔ペリに裏切られて放っておくと思うか? 魔神シェイタンが、あれで滅びるとでも?」


 チャクルが黙り込んだのは、エルマシュと一緒に過ごすという想像が恥ずかしかったからだ。カランクラル様を遠くから見つめるだけでも胸が苦しかったのに。この太陽みたいな存在と、ふたりきりだなんて。

 でも、エルマシュのほうは恐怖や不安のせいだ、と思ったのかもしれない。ぽん、と。大きな掌がチャクルの頭をそっと撫でる。


魔力ギュチの使い方も教えてやるよ。でも、生きられるように」


 はっきり言って止めて欲しかった。心臓がどきどきして、くっついたばかりの水晶がはじけ飛んでしまいそうだから。でも──外、と聞けば心が浮き立つのも止められない。


「うん……よろしく」


 だからチャクルは顔を上げて微笑んだ。エルマシュの顔を間近に見ると、太陽に目が焼かれる思いだけど──いつかは慣れるだろうか。


 漆黒の金剛石エルマシュと罅割れた水晶チャクルの旅路は、まだ始まったばかりだった。

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屑石は金剛石を抱く 悠井すみれ @Veilchen

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