第36話
厳しい訓練に耐えてきたソリバといえども、致死量に近い出血をすれば、体力が激減してしまう。袋がようやくいっぱいになった時、彼の顔色は青くなり、机に伏せるようにグッタリとしてしまっていた。
ラニは急いで止血の処置をして、包帯をきつく巻いた。もはや圧迫止血で良いのかという不安もあったが、かといって縫合など出来るはずもない。できるだけきつく圧迫し、急いで出血を止める必要があった。
「意外と無茶するタイプなんだね……」
ギチギチと鳴る包帯を結んで、ようやく息を吐きながらラニは言った。疲れたように椅子に座って、底の方に残っていたホットミルクを飲み干す。
「まあ、これで契約成立。銃はディジャールって人に渡さない。でもどうする? これだけの対価貰っちゃったし、旅人さんに渡してもいいんだけど」
ソリバはクラクラとする頭を必死に保ち、息切れを抑えるように深く呼吸をしていた。それでも酸素が全身に回っていないような感じがし、バクバクと心拍数が上がる。
彼は咄嗟に椅子から降り、片膝をついてしゃがむ姿勢を取った。床に片手を置いて体のバランスを取り、目を閉じる。
「ちょっと、マジで大丈夫……?」
ソリバは答えず、ジッとして症状が治まるのを待った。腰のベルトを緩め、宝剣を床に置くと、体の倦怠感が軽減されるのを感じた。
彼のこの行動は、医療大国、クリミズイ王国の教育の賜物である。ソリバをはじめとする衛兵は、あらゆる身体の異常に対処できるよう訓練されていた。極度の貧血にどう対処するかも、彼にはすでに身についている。
「えーと、確か置き薬があったはず……。クリミズイ王国の置き薬を契約してあるんだよね」
しゃがみ込むソリバを横目に、ラニは話しながら、本棚の隣に設置してあるガラス戸付きの棚を漁る。いろいろな物をどかしながら、奥から大きな置き薬箱を引っ張り出すと、中の薬をまじまじと見ながら独り言を呟いていた。
「これは傷薬、これは……胃腸薬か。漢方に、塗り薬、頭痛薬……」
小瓶を次々と取り出しては、傍らに置いていく。もう大半が薬箱から出されると、ふと、ラニは小瓶を手にして声を上げた。
「あった! 造血剤」
ラニは戸棚のグラスを手に取り、足早に外の井戸へ向かう。開きっぱなしにされた扉から外気が入り込み、冷たい風がソリバの短髪を揺らした。外は夜が深まって一層気温を落とし、夜風を拭き荒らしているらしい。
しばらくすると、ラニがグラスに水を抱えて戻ってきた。うわぁ、寒い、と独り言を呟きながら、急いで扉を閉める。そしてラニは造血剤をいくつか取り出して、ソリバに水と共に差し出した。
「はい。クリミズイ王国の薬だからよく効くと思うよ。本当は、もっと適切な処置がいいんだろうけど……」
ソリバは無言でそれを受け取り、ゆっくりと飲みこむ。水分補給は控えなさい、という教官の声が脳裏で蘇り、最低限の水を口にして薬を流した。
「もういいの?」
その言葉にソリバが頷くと、ラニは安心したように立ち上がって、散らかした薬を元に戻していく。小瓶同士が時々ぶつかって、金属の高い音が弾けた。その甲高い音が、やけにソリバの耳についていた。
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