第15話
技術の国と呼ばれるだけはある。町に並べられている商品はどれも質が良く、しかもそれが普通であるかのような値段が設定されていた。
ディジャールたち以外にも外国人は訪れているが、その多くは旅商人のようであった。もっとも、ドワネスフは商人にとって最も人気の高い国である。加工品はもちろんのこと、豊富な鉱山から採掘される宝石は希少なものばかりであり、普通の市場では出回らないような高級品が多く存在しているのだ。
しかも、ドワネスフの職人は他の国とは質が段違いである。修行を十分に積んだ本業の者はもちろんのこと、見習い職人ですらも、他国の職人には引けを取らないほどであった。ドワネスフ産の物と言えばまず信頼が置けるほどに、そこは工業に秀でたところであった。
ディジャールが何の気なしに入った小さな鍛冶屋にでさえ、王国の衛兵が使うような品質の刀剣や短刀が置いてあった。高級品なのかと問うと、そうではないと店の主人は言う。
「これはいわゆる普通のモンだわ。うちの見習いが作ったやつでよ。本職人が作ったやつは、もう少しばかり値が張る」
「なるほど……。強度はどのくらいで?」
「そうさなぁ、まあざっと見積もって、普通に使えば十年は持つかな」
店の主人は砕けた口調でそう言いながら、棚から商品を掴み上げ、まじまじと見つめる。鼻眼鏡を付けた中年の男であったが、その風格から、この稼業が長いことが見て取れる。
「もっと強度が高いものはありますか?」
ディジャールが問うと、主人はううむと唸って、首をかしげた。短刀を見ているフリをしながら、目の前に立つディジャールとソリバの様子を探っているようである。
「うちに置いてあるのはこれより三つ上のランクのものだけだ。どれも修行中の若造が作ったものだが。本職人が作ったのはここに並べられねぇでよ」
そう話しながらも、店主はしげしげとディジャールの方を見つめている。その視線に気づいたソリバが、何か隠し立てでもしているのかと、ディジャールの方に注意を向けるも、特にこれと言って変わった様子はなかった。
ディジャール自身も、見られていることに気づいているのであろう。少し首をかしげて、口角を上げて見せる。
「私の顔に何か?」
「いや、大したことじゃねえ」
しかしその主人の様子は明らかによそよそしく、何か考え込むかのような迷いの表情を醸し出していた。そのことに気づきながらも、ディジャールはあえて、そうですかと呟くだけにとどめておく。
すると、しばらくして耐えきれなくなったかのように、主人は切り出した。
「あんまり客を疑うのもよくねえがな。だが、その……。あんたら、何者なんでぇ?」
突然かけられた意外な問いに、一瞬どう返せばいいのか分からなくなる。だが、ディジャールが答える前に、ソリバがハッキリとした口調で返した。
「俺たちはただの旅の者だ。それがどうかしたか」
急に、主人の顔つきが変わる。驚いたような、安心したような表情だ。
「旅人かい? 商人じゃなく?」
「ああ。この国の先を目指している旅人だ。それが何か?」
ソリバがそう言い切る前に、主人はほっとしたように肩の力を抜いて、大きくため息を吐いた。傍らに置いてある木製の椅子にどっかりと腰を落とし、前掛けで額の油をぬぐう。
「何だい、旅の人かい! それならそうと早く言ってくれや、まったく……」
「……どういうことだ?」
主人は椅子に座ったまま、辺りを憚るように声を落として言う。視線は店の窓と、扉の方に注がれていた。
「……本当は言っちゃいけねえんだけどな。実は最近は、外国の商人には良い品質のモンを売らねえようにしているんだ」
これは秘密なんだがな、と言いながらも、発言をやめるような様子はない。先ほどの落ち着きのない動向と言い、この男は嘘がつけないのであろう。
「それはまた、何故?」
「詐欺が頻発してっからだよ。俺らの国の商品に莫大な値段を付けて売るような輩が出てきたのさ。並の商品を並べながら、高級品みてえな値を付けやがる。しまいには俺らの国のモンじゃねえ商品にまで、ドワネスフ産の札を付けやがるんだぜ。やってられっか、なぁ? おかげでこっちは商売上がったりだ。他の連中は俺らの商品を疑ってくるし、詐欺野郎はどんどん増えるし、あったまくるぜ、くそ!」
主人は我慢がならなくなったようにまくし立て、最初は小さく話していた声がだんだんと大きくなってきた。それだけ鬱憤が溜まっていたということなのだろう。主人は一息ついて、落ち着きを取り戻したかのように、また小声で話し始めた。
「……ってことだからよ。この前の議会で、しばらくは外国人に品を出さねえように決めたんさ。外国からの弟子入りも断っている。売上もお得意様も減っちまったが、ドワネスフの名前に傷はつけられんからよ」
「なるほど……そんなことが」
「まあ、あんたらが商人じゃねえと分かったんなら、話は変わる。本当は商人以外にも売るのは原則禁止なんだが、俺の信条に合わねえからよ……。奥に本職人の作ったモンがあるんだ。あれなら戦闘漬けの毎日でも、十五年は軽く使える。値は多少上がるが、どうだい?」
愚痴をこぼし終えてスッキリしたのか、主人はパッと明るい顔を見せて、意気揚々と店の奥の方へ進んで行った。
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