第13話

 アフラムが目を覚ましたのは、朝日が昇り始めたのとほとんど同時であった。国境付近の安宿のベッドは変な弾力があり、おまけに寝返りを打つ度にギシギシと音が鳴った。


 神経質なアフラムはそれで何度も起こされる。ベッドに入ってから寝ては覚めての繰り返しをして、もう何度目かの起床であった。


 それでも久しぶりのちゃんとした就寝は、地下牢獄に収容されていた時よりもずっとマシであるようだ。昨夜に思わず吐き出した夕食の味も、もう綺麗になくなっている。



 カーテンの隙間から日光が漏れ出ていた。アフラムは身を起こし、隣で寝息を立てている三人を起こさないように、静かに洗面台へと向かう。洗面台には排水溝と、桶に入った井戸水が用意されてあった。


 一室に四人が宿泊するなど正気の沙汰じゃない。しかしあの真面目な衛兵隊長が、アフラムとディジャールの別室での行動を許さなかった。


「俺はお前たちの見張りとして同行している。お前たちが自由に出歩けるのは国の危機を救うためであって、罪が許されたわけではない」


 そんな言葉を思い出し、水に濡れたアフラムの顔が苛立ちに歪んだ。



 (何が正義だ、卑怯者め)



 手荒に顔を拭いてしまうと、そのまま部屋の外へ出て行った。朝の空気を吸うのも久しい。ここから長いイファニオンへの道のりであるから、少しでもストレスを軽減しておかなければならなかった。少しの散歩である。




 ソリバがベッドから身を起こしたのは、それから少し経過したときだった。彼は重そうに上半身を持ち上げると、そのまま俯いて硬直した。ぼやけた意識を必死に戻そうとするも、霧のかかった頭はすぐに働こうとしない。


 上半身が前へ倒れようとする。こらえようと努めるも、夢の混じった思考が邪魔をして、再び意識が朦朧としてくる。頭をもたげることも難しく、しばらくはこうしていないと活動が出来なかった。


「君にも苦手なものがあったんだな」


 自身の右斜め後方から、飄々とした声がかけられる。ソリバがぼんやりとした目でそちらを見ると、ディジャールが横になって目をつむっていた。


「朝は苦手だ」


 軽くなった口が答える。右手で枕元の眼鏡を探すも、触れられるのは硬いシーツだけだった。


「奇遇だね。私も朝は嫌いだ……」


 横になったまま、ディジャールが恐る恐る目を開く。長いまつげが揺れ、灰色に濁った瞳が現れる。その瞬間、彼は一瞬眉を寄せてかすかに溜息を洩らし、そしてそれを隠すように上半身を起こした。ソリバとは対照的に、すぐにベッドから降りて、クローゼットに収納した着替えを取り出す。


 一番端のベッドで眠った若い衛兵は、その後アフラムが戻ってくるまで目を覚まさなかった。意識のハッキリしたソリバに小言を言われていたが、無断で外出をしたアフラムよりも叱られていたのは、本人は納得していない様子だった。

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