第5話


 スタンリーは白い靄に覆われた場所にいた。

「ここは何処だ」

『父上……』

 白い靄の向こうから声をかけて来る者がいる。そちらを見ても靄しかない。

「誰だ」

『初めまして、僕はあなたのまだ生まれていない子供だよ』

「私の子供?」

『そう、あなたの所為でなかなか生まれられないんだ』

「私の所為……?」

『そう、だから事情を聴きに来た』

「私の話を聞いて、何が分かるというのだ」

『……』


「私の母親は私を産んで死んだ。愛したら死んだ。父は閉じ籠って、誰も愛さなくなった。愛したら心も死ぬんだ」

 閉じ籠って、誰も見なくなった父。

 最低限の夜会をこなしたら、罠に嵌められた父。一体何の因果があってそんなことになるのだ。

 誰も、誰も愛さなければいいのか。


「ケネスは薬を盛られて出来た子だと聞いた。父は別邸に置いて養育だけして愛さなかった。お陰でケネスの母は長生きして、他の男と一緒になった」

 ケネスとその母親は好きなように生きた。

 どうしてそれがスタンリーには許されない。


「可愛いイヴリン。私が愛さなければ死んだりしない筈だ」

 それなのにイヴリンは目の前で死んでしまった。


「イヴリンが、イヴリンが死んでしまった。何で、何で死んでしまうんだ。イヴリン、イヴリン。どうして──」


 愛なんか、愛なんかなくてもいいと思った。愛し合わなくても、ずっと一緒に生きていければ、それだけでいいと思った。どうして──。


『大丈夫』

「大丈夫?」


『母上は死なない。僕のほかにも子供が生まれるから』

「そんな事が──」

『大丈夫』

「大丈夫?」


『母上を幸せにしてあげて──』


『大丈夫……』


 白い靄が押し寄せて来て、スタンリーは目を覚ます。



  終


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初夜に「私が君を愛することはない」と言われた伯爵令嬢の話 綾南みか @398Konohana

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