十二.
生徒会執行部 一学期末臨時調査
〜二日目・七月十四日日曜日〜
【対象団体】サッカー部、ソフトボール部、ダンス部、パソコン部、新聞部
【調査理由】日曜が活動日に含まれているとの記載が活動報告書にあるため
【調査内容】活動報告書の内容と実際の活動状況の照らし合わせ、夏期休暇中の活動費用の増額の是非(特に増額の事前要請があったサッカー部、新聞部に対して)
× × ×
さて。
昨日に引き続き朝出勤となった僕は、校舎に入ってしまうより前にグラウンドの様子をのぞいてみる。
一日目があんな惨状だったからどうせ二日目も期待できないが、せめてサッカー部には取り決め通りの曜日と場所で健全な部活動に取り組んでいて欲しいところだ。
「あちゃー……」
現実はそう上手くはいかない。
テスト最終日に目撃したことですでに嫌な予感はあったけれど、かろうじて登校はしていたサッカー部の面々はまたしても第一グラウンドでアップを始めていた。
今から抜き打ち調査があるから第二に戻れと、先手を打ってしまうのも不正スレスレだという自覚はある。でも、お偉いさんとのゴルフとはしごしてまで生徒会を執行しようという、一周回ってお人好しなりえか会長をこれ以上がっかりさせるわけにはいかない。
なんで誰も文句を言わないんだ? ただでさえサッカーは場所を取るスポーツだ。第一グラウンドで練習して良いのはソフトボール部だったはず。今日もがっつり活動が被っているはずで……。
どうせなら新聞部もろとも、昨日のうちにチャットしておけば良かったなあと要らぬ後悔をしていた時。
「りえか会長?」
遠目でもくっきりとグラウンドに浮かび上がってくる茶髪に目を疑う。どうもこんな場面で珍しく考えが一致してしまったらしく、彼女はいち早く現地に赴いていた。
なぜか体操服に着替えていて、アップを済ませたサッカー部にグローブを持たせ、ホームベースに君臨すると部員たちへ握りしめたバットを掲げ、
「ノック百周ー、ファイトー!」
と発破をかけるなり、本当に自らノックを打ち始めた。
「ファイトー!」
「ファイトー!」
「ファイ、オー!」
……は? いや、いやいや。いやいやいやいや。
「なにやってるんですか⁉︎」
信じがたい光景に駆け付ければ、やはり間違いなくグラウンドを走り回っていたのはサッカー部だった。涼平が上手に球を拾えず、わたわたと屈みながら小走りして自分がはじいた球を追いかけている。
「あら、早かったじゃない淘汰。見ればわかるでしょう、ソフトボールよ」
「見ればわかるから意味わかんねーって話です!」
「意味はこいつらに聞きなさい。どうせ同じ日曜に練習してるんだから、同じグラウンドでサッカーもソフトボールも一緒に練習すれば良いじゃないっていう理屈らしいわよ」
まるで理屈が通ってねえ。なんで違うスポーツなのに別々で練習しないんだ。
改めて面子を確かめれば、グラウンドにはちゃんと正規のソフトボール部員も集まっていた。両部活動いわく、午前はソフトボール、午後はサッカーの練習にそれぞれ付き合うという取引をテスト期間中に交わしたらしい。
そういえばソフトボールも男女混合で、ギリギリ一チームが組める部員数しかいないんだった。なるほど、お互いに人数合わせとしてはそんなに悪くない取引だったわけか。
僕もつくづく杞憂だった。彼らはグラウンドを取り合って喧嘩するような余裕すらなかったのだ。
「じゃあ……来週の練習試合もソフトボール部に出場を頼んだんだな?」
「残念ながら、来週はあっちも社会人チームに練習混ぜてもらう約束があるんだってさ」
ようやく球をファーストに返し、汗だくで帰ってきた涼平にたずねると達成感に満ちた表情で答える。
「でも人数揃ってればそこそこ楽しめるもんだね。バット振るのだって、まぐれ当たりでも遠くまで飛んでいったら面白いし。淘汰もたまには混ざらない?」
「お前は球技だったらなんでも良いのかよ」
苦笑い混じりにツッコんでみたけれど、まあ本人たちが楽しんでいるなら別に問題ないか。スポーツにちゃんと興じているだけ、他の部活動よりはいくらか健全に見える。
「せっかく一緒にやるなら、近いうちにキックベースもどうって話になってるよ。そっちなら淘汰も興味あるだろ?」
「気が向いたらな」
「なんで淘汰ばっかり誘うの? あたしも誘え」
涼平と話していると、横からりえか会長がバットでふくらはぎを軽くつついてくる。一丁前にプロ野球の帽子を被り込んでいる彼女も、彼らのささやかな青春に水を差すほど野暮な生徒会長じゃなかったみたいだ。
……なんだ。案外サマになってるじゃん。
サッカー部にはもう、これ以上の部費は必要ないのかもしれない。この僕自身も。
× × ×
グラウンドで合流してしまったので、僕とりえか会長は生徒会室に寄らずそのまま体育館に直行する。体育館ではダンス部の女子生徒たちが音楽をかけながら、文化祭のステージで披露する新曲の振り付けを練っていた。
「りーえかちゃーん! また一緒に動画撮ろ?」
姿を見つけるなり、部長の
「撮らないわよ。あんたの選曲、いちいち振り付けが重いのよ」
「えー、りえかちゃんなら余裕っしょ? うちらより全然運動神経良いじゃん。そっちの後輩くんもどう?」
「遠慮しておきます」
即答した。本当に遠慮したい。ダンスは中学の時、授業でクラスメイトの女子にからかわれて以来トラウマなんだ。
そもそもダンスをやってるような女子高生は放つオーラからして異次元の住人だ。上手下手とかじゃなく、誰もが等しくきらきらしている。まさにこれぞ青春の代名詞って感じで、まったく憧れないとは言わないけど、彼女らと親しくするのはちょっと気が引けるというか尻込みするというか。
「てか、この前の動画って誰が編集したの? まあまあ凝ってたじゃない」
「あれはパソコン部に外注したんだよ。今、一年に超すんごい子いるんだってさ」
へえ、パソコン部。そんな大物が属しているような部だったろうか。
どこもかしこも部員不足に悩まされている中、時代の流れなのか消去法で選ばれているだけなのか、部員の数という一点に絞れば今やパソコン部が廻谷の最大派閥だ。なんと二十人もいる。
あの狭苦しいコンピュータ室に籠もって、その大所帯でどんな超大作を手掛けようとしているのやら。そもそもなにをする部活なんだ。今日も一応は外からでも部屋の明かりが確認できたけれど。……ふん、見ものじゃないか。
「りえかちゃんたち、日曜なのに生徒会のお仕事? 大変らしいね、いろいろ」
森浦先輩は他人事のような顔で同情してくる。
「夏休みの部費を増やせってどこの部もうるさいんでしょ? ひどいよねー、ちゃんとみんなで相談してテスト前に決めたじゃん」
「まーね。あんたたちも、変な場所で撮影してネットで炎上して職員会議にかけられるようなヘマはくれぐれも起こすんじゃないわよ」
「あっはは、気を付けまーす」
ノリこそ軽いが、ダンス部は誰もが明るく生活態度も真面目で、もとより廻谷のスクールカースト上位勢が集まっているような優良グループだ。めったな問題を引き起こすことはないだろう。
ちょっとほっとした。今日は比較的まともな部が調査対象に固まっている。
新聞部とも連絡が付いたし、今日は早めに帰れそうだと僕が油断していた矢先、森浦先輩は急にテンションを落とし、こそこそと人目を気にするようにりえか会長へ接近した。
「マジな話、大丈夫りえかちゃん? 困ってるんなら相談くらい乗るからね」
「なにが? あんたたちが問題起こさなかったら困らないわよ」
「いや起こしてんじゃん。特に二年。最近教室の雰囲気最悪ってみんな言ってるよ」
りえか会長は怪訝そうに森浦先輩を見下ろす。他のダンス部員も生徒会の参入になにか心当たりがあるのか、いつしか体育館の隅のほうでひそひそ話を始めていた。
「なに? 実はもうやらかしちゃったの?」
「やらかしたっていうか、やらかしそうっていうか。ほらあの子だよ。いつものお騒がせな子。ええと……内藤さん?」
直接口に出すのも憚れるような、およそ森浦先輩の健康的な唇からは聞きたくないような陰湿な噂が炸裂する。
「廻谷大に行った先輩とずっと付き合ってたじゃん? なんかさ、先輩を奪われたとか教室で騒いでるらしいんだよ。奪われたっていうか、ぶっちゃけ寝取られたっていうか」
「あっそ。どうでも良いわ、そんなん。いちいち生徒会が介入するようなことじゃない」
「そうも行かないじゃーん。だって内藤さん、寝取ったのが生徒会の会計の子だって主張してるんだよ? なんて子だっけ? 塚本さん?」
「……………………ふーん」
「あ、やば。もしかして初耳だった系? いやさ、マジで超やばいから、今の二年。このままじゃ二年前の再来になるかも。内藤さんは内藤さんでちゃっかり新しい彼氏作ってるみたいだし。てか、そっちもそっちで超意外なんだけど。うちはてっきり、りえかちゃんが好きなんだと思ってたー」
「あたしがぁ? ……超どうでも良いけど、ちなみに誰よ? その新カレとやらは」
「サバゲー部の子だよ。久山くん。ね、ここだけの話さ、りえかちゃんって一度も久山くんに告られたことなかったわけ? てか、ゲームの大会だっけ? あれってどっちが誘ったんだったっけ。りえかちゃん?」
りえか会長はその場で、ふらりと倒れるように座り込む。あまりのショックでめまいを起こしてしまったのだろうか。
熱中症を心配したダンス部員たちがこぞってタオルや水分を運んでくるのを呆然と眺めながら、この超人をものの数十秒でノックアウトさせた二年の怪物たちに、僕もじわりじわりと頭痛を膨らませていった。
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