第16話 男となる

 あたし様、美帆さまがおっしゃるところの、街ブランチを堪能した後に……


「わぁ~、これも可愛い♪」


 宣言通り、俺は荷物持ちをさせられていた。


「あの、美帆さん。その辺にしておいた方が……」


「何よ、それくらいの荷物持ちでへこたれているの? そんな調子じゃ、あたしの旦那さまは務まらないぞ☆」


「嫌だ、こんな結婚生活と鬼嫁なんて……」


「誰が鬼嫁ですって?」


「すみません……」


 あー、こわっ。


 マジでこいつ、悠奈はるなさんの娘かよ。


 うっ、まずい。


 ちょっと名前を出しただけで、胸がズキッ、股がギンッ、となってしまう。


 さすがだよ、全く。


「もう、仕方ないわね。じゃあ、ちょっと休憩する?」


 美帆はショッピングモール内にある、カフェレストランを親指で示す。


「ああ、そうしよう」


「ふん、次のデートまでには、もっと体を鍛えておきなさい」


「えぇ~……」


 嫌だ、こんなデートがまた来るだなんて。


 冗談抜きでそう思いながら、ワガママ女さんと店内へ。


「ふぅ~、暑い、暑い」


「何でお前が暑がるんだよ。さっきまで、涼しそうな顔をしていたくせに」


「冷たいミルクティーでも飲もうかしら」


「無視かよ……」


 こいつ、本当に俺のことが……好きなのかよ。


 何かもう、こいつなりの盛大なドッキリに思えて来た。


 だとすれば、こんなエセデートなんてさっさと切り上げて帰りたい。


 母の温もりに帰りたい。


 ああ、うちのハイスペ性欲モンスターじゃなくて。


 誰よりも素敵で理想な、彼女の下へ……


『いっくん』


 ズギンッ!


 またしても、胸と股が同時にうずいた。


「悪い、俺ちょっとトイレ」


「んっ。てか、注文は?」


「ああ……じゃあ、オレンジジュースで」


「ふっ、お子ちゃまね」


「うるせーよ」


 ったく、いちいち他人ひとをディスらなければ気が済まないのだろうか。


 俺はそんな性悪女から一時的にでも距離を置けることに癒しと安堵を覚える。


 だが直後、目の端に引っかかる不快な光景。


「お姉さん、可愛いっすね~」


「てか、美人だわ」


「お、お姉さんって……私はもう、おばさんなので」


 つば広の帽子とサングラスをかけた女性。


 普段と少し雰囲気は違えど、俺はその柔らかな声と溢れ出る母性に気が付く。


「……悠奈はるなさん?」


 と、俺が呼ぶと、その女性ひとはハッと顔を上げた。


「……いっくん」


 俺たちは、束の間、見つめ合う。


「えっ、君だれ?」


 と、ナンパ男が言う。


「いや、俺は……」


「あのさ、知り合いかどうか知らんけど、いま大事なお話中だからさ」


「言っておくけど、ナンパじゃないから」


「そうそう、スカウトだから。お姉さん、お金ほしくない?」


「お金……?」


「お姉さんなら、しこたま稼げるよ~? 今の時代、熟女ブームだからさぁ」


「こんな美人で、爆乳とくれば……ねっ?」


 ゲスな男たちの笑みに囲まれて、悠奈さんはすっかり萎縮いしゅくしていた。


 俺はそんな彼女を目の当たりにして……


「……失せろ」


「あっ?」


「その女性ひとは、俺の彼女だ」


「い、いっくん……」


「ああ、そうなの? じゃあ、君にとっても美味しい話じゃん。彼女のカラダで、金儲けしちゃえば?」


「てか、歳の差エグくね? 君、まだ高校生くらいでしょ?」


「もしかして、ママ活? マジメそうでいて、やることやってんじゃ~ん」


「あんたらみたいなクズと一緒にすんな」


「「あっ?」」


 普段なら、年上のやからに睨まれると、足がすくんでしまうだろう。


 けど、今の俺は、大切な人を守りたい意志で、強くなれていた。


「悠奈さん、行こう」


 俺が触れたそのしとやかな手は、汗ばんでいた。


 きっと、怖く怯えていたんだろう。


 許せない、俺の大切な悠奈さんを。


 本当なら、こいつらぶん殴ってやりたいけど。


「おい、待てよ!」


 と、輩が追いかけようとして来るけど、


「お客様、どうされましたか?」


「ちっ……」


 俺たちは脇目もふらずに、店外へと出た。


 そのまま、ショッピングモールからも出る。


 賑わう街並みも、歩き過ぎて行く。


「……ごめんなさい、いっくん」


「謝ることはないですよ、悠奈さん」


「ううん、そうじゃなくて……私、あなた達のこと……尾行していたの」


「えっ?」


「いっくんと美帆のデートを……」


「……あっ、美帆のこと、忘れていた」


 鬼女のキレ顔を想像し、血の気が引いてしまう。


 ま、まあ、後で謝れば良いだろう……たぶん。


 それよりも、今は……


「……嬉しいです」


「えっ? だって、良い歳して、こんなストーカーする、変態おばさんだよ?」


「だって、俺も変態ですから。今日も美帆とデートしている最中、ずっと悠奈さんのことを思い出して……ボッ◯していたので」


「い、いっくん……」


「……ほら、今も」


 ギンギン!


「すごい……ズボン越しでも」


 人混みがなくなったところで、お互いに見つめ合う。


「……やっぱり俺、悠奈さんの温もりが忘れられなくて」


「私も……いっくんのこと、忘れられない。あきらめたくないの」


「悠奈さん……」


 お互いの吐息を間近に感じる。


「……今日は、俺の家に来ませんか?」


「えっ?」


「両親が不在なので……ダメですか?」


「ううん、ダメじゃない……いっぱい、抱きしめて欲しい」


「悠奈さん……そんな可愛いこと言われたら、メチャクチャにしちゃいますよ?」


「うん、シて……私を……いっくんだけのメスに……して?」


「……はい」


 そして、俺はオスとなる。







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