こわいものの話


20██年5月██日 22:26


何か、こわいものってありますか。


大概の人はそんなことを聞かれても、と困った顔をします。

そして考えを巡らし話を始めるのです。






居酒屋で友人と呑んでいて、こんな話を聞かされました。


「○○大学の近くにあるビルにはお化けがでる」


彼は心底嬉しそうな顔をしながら言うんです。


「なあ、行くだろ?」


こわいのが好きなもので、つい、乗り気になってしまいました。

お酒の力もあったのだと思います。良い大人が、こんなにも胸躍ってしまっていたのですから。


そのビルは借り手もおらず、放置されている五階建ての古びた建物で、雰囲気は文句なしの最高な物件でありました。


ただ、周辺は普通の、ごく普通のオフィスが並んだ街でして。会社帰りの人々が往来しており、車の明かりや人々の騒めきで全く怖いものがでそうな感じなどありません。


本当は中に入りたかったんです。

私も友人も。

せっかくここまで来たのですから。


しかしこんなに人の目が多い中、空きビルに侵入するなんてことは当然出来ません。



残念だーってビルを見上げていると、ビルの一番上、五階の窓に何かが見えたんです。

それは、ちかちかと光りながら隣の窓へ移動していました。


警備員が見回りでもしているのだろうと思ったのですが、どうも違和感を感じるんですよ。

下手な合成のような、何と言いますかその空間に合っていないような感じなんです。


その光は端の窓まで移動したあと、すうっと消えた、と思ったら次の瞬間にはその下、四階の窓に移動していたんです。




人ならあんな速さで移動できる訳、ありません。そう思って隣の友人に目をやったんです。

あれ、多分やばいやつだよな、って。


友人は首を上に向けたまま、言ったんですよ。


「やばい、目が合った」


目?何言っているんだこいつ、って思いました。見えているのはただの光だろう?って。


そう、思ったんです。

でも、私も怪談だったり怖いのが好きなものですから。


一気に色んな想像が頭を巡りまして。


ただの光だと思っているあれ、自分にだけそう見えているけれど本当は顔なんじゃないかって、そう思ったんですよ。


それに気が付いた瞬間何だか怖くなりました。

もう、ビルを見上げることが出来ないんですよ。


顔を上げたまま固まっている友人をひたすら眺め続けていました。



「え、なにあれ」

いつの間にか、隣に会社帰り風の男性と女性がいて、同じようにビルを見上げていました。



「やばい、くる、くる、くる」

そんな中、友人が焦った声で言うんですよ。

ビルを見ていなくても、なんとなくあの光がどんどん下に降りてきているんだと分かりました。


狂ったように「くる、くる」言い続けている友人は、焦りと怯えを感じる声と裏腹に 満面の笑みを浮かべていました。




嬉しくてたまらない、こみ上げてあふれ出てしまっているような、とても嬉しそうな顔。


あぁ、待ちきれなくなっているんだ、

と、そう感じました。


「あ」


友人がそう呟いたとき、友人の顔の横に、何かがいました。

長い髪の生えた、ボールのような、丸い何か。

それは私に人の頭を想像させるものでした。


その丸いものは友人の顔に擦りつくようにうねって、まるで紙めまわすような、そんな動きをしていたんです。


友人は恍惚な表情を浮かべ、とても幸せそうに微笑んでいるんです。とても、とても嬉しそうに。


次、そのボールはこちらにくる、そう思うと、目が離せなくて、じいっとその姿を見続けていました。


そして気になったんですね。今の自分の状態が。


怖いんです。とても怖いんですよ。でも、もしかしてって。

今、自分はどんな顔しているんだろうって。


それで、自分の顔を触ろうとしたときに




ばああああん!




重い本とか、そんなものを落としたときに鳴るような、物凄い大きな音が響き渡ったんです。

その音を聞いて、現実に引き戻されたような、そんな感覚を覚えました。


「今の何?」


一緒にビルを見上げていた男女が騒いでいました。友人は、ぼうっと、腑抜けたような顔をして立ち尽くしていました。


何だか夢でも見ていたような、嫌な気持ちになったんです。

それで、一緒にビルを見上げていた二人に聞いたんですよ。「何があったんですか?」って。


「真っ赤な火の玉みたいなものがビルの中を動き回っていて、爆発した」

そう、言っていました。


もうこれが怪異なのか、酒に酔っての幻覚なのか、なんなのか分からなくて、たまらなく怖くなってしまったんです。


一刻も早くこの場を去ろうと、ぼうっとしている友人の手を引っ張って歩き出したとき




「あ」




「くるくるくるくる」




って、声が後ろから声が聞こえて。




もう、振り返らずにひたすら急いでその場を離れました。


そんな、私の話です。




あのビルは未だに存在しています。噂も未だに流れ続けています。聞いたことある人もいるんじゃないですかね。


『○○大学の近くにあるビルにはお化けがでる』


あの日私の見ていたチカチカした光なのか、一緒にいた男女が見た火の玉なのか、友人の見た顔なのか、なにがお化けなのか、なんなのかは分かりませんけれど。


後日、特に何かがあったわけではありません。家に帰っても怖いことなんておきなかったし、別れ際までぼうっとしていた友人も、翌日には普通に言っていました。

「なんというか、ただぼーっとしたいときあるだろ。あんな感じだったんだよ」


それ以降、あの日のことを友人と話すことはありません。なんだか、言葉にするのも嫌で、怖くて。

あの日みたあの顔。髪の生えたボールみたいな、まあるい顔。

この話をすると、脳裏に浮かんでくるんですよ。思い出したくないんですね。


そう、思うんですけれど。


あの日以降、友人が時折恍惚な表情を浮かべて笑っていることがあるんですよ。

本人は気が付いていないのですが、幸せそうに、とても嬉しそうに。

それは曰くつきの場所とか、事故があった場所とか、そんなんじゃなく、ただの道であったり、コンビニの一角であったり、公園のベンチであったり。


そんなとき、なんとなく感じるんですね。いやぁなものを。

あのときのような不安感を。


その原因があの顔なのか、違うものなのかなんてことも、知らないし知りたくも無いんですけどね。










喫茶店でそう語る彼の顔は、とても嬉しそうで幸せそうでした。

私はお礼を伝え、すぐに席を立ちました。

こんな場合、関わらないのが良いので。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイト【こわいはなしあつめました】について 猫科狸 @nekokatanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ