第9話

「…フシャアッ!いつまでなでまわしてんだっ!」

 会話の蚊帳の外に置かれ、坊太郎にされるがままになっていた大猫が、抗議の声とともに桃太郎の手を噛んだ。小人との会話に意識がいき、撫でる手が疎かになったのだ。

 噛まれた坊太郎はと言えば、傷ひとつ負うことも無く「そういえばタマもあんまり構い過ぎると急に機嫌を悪くしたなぁ」などと愛猫のことを思い出し、笑みさえ浮かべているのだった。


 しかし、小人たちにとっては脅威の復活と見えるらしく、素晴らしい速さで蜘蛛の子を散らすように建物の影に隠れてしまった。

 さすがに代表と思われる坊太郎と会話をした小人だけは、数歩下がっただけで踏み留まっている。逃げるのは、彼らにとっての神(坊太郎)の力を軽んじることと考えているのかもしれない。


「や、すまないね猫ちゃん。ただ君が小人を襲うようであれば、このまま開放するわけにはいかない。君…えーと、なんて呼べばいいんだろうか」

 坊太郎は、膝の上で丸くなってうなり声をあげている大猫に問いかけた。

「ダイタボウとか言ったな、おまえ。カミか何だか知らないが、おまえみたいなのはここいらで今まで見たことがない。ぽっと出がえらそうにするんじゃないぞ。…フン、まぁいい。おまえはしんざんものみたいだから教えてやる。おれさまは西の森をすべる、力あるけもの、ヒャッコさまだ!」

猫背を精一杯反らせて、大猫もといヒャッコは宣う。


「ヒャッコくん、か。いい名前だね。それで、ヒャッコ君はどうしてこんなに小さな彼らをいじめていたんだい?もしかして君は彼らを食べるのか?」

 坊太郎は重要な事をヒャッコに問いただした。情によって小人たちを助けたが、そもそもヒャッコと小人たちが捕食・被捕食の関係にあるのならば、自分がやった事はこの世界のルールを破ることであると坊太郎は考えたのだ。


「…は?」

 ヒャッコは、驚きと憤慨がちょうど半々混ざった顔で、坊太郎を見上げた。一呼吸のあと、ヒャッコは烈火のごとく坊太郎に抗議しだした。

「お、お前、俺をなんだと思ってるんだ。そんな気持ちの悪いことができるか!美食家なんだぞ俺は!!」

「じゃあ、なんで小人たちを襲っていたんだい?」

「あれは単に戯れていただけだ。小さくてわちゃわちゃ動くものを見ると、どうも手で転がしてみたくなる。いや、理知的な俺様にも弱点はあると言うことだな」


 ヒャッコは坊太郎が思った以上に、猫だったらしい。小人たちにとって最悪とも言える巨大な獣の攻撃が、実は猫が“たま”をとっていただけだったとは。

 怖ろしい獣が自分たちを襲う理由を聞いて、実に複雑な表情をしながら互いに顔を見合わせている小人たちに、坊太郎は声をかけた。

「君たち、この子に襲われて命を失ったものはいるのかい?そこまでいかずとも大怪我をしたとか」

「いいえ、死んだものはおりません。また、怪我をしたとしても、せいぜい転んで打撲や擦り傷を作る程度でして。ただ、やはり力の差が大きいものですから…」

 小人たちの表情を見るに、ヒャッコの言っていることは事実なのだろう。


 しかし、捕食する、襲うのではなく遊んでいるのだとしても、強者が弱者を嬲っていることに変わりはない。

「ヒャッコ君、もう小人たちを弄ぶのはやめてくれないだろうか。命を失ったり大怪我をしたりする事はなかったとしても、みんな怖がっているし、痛い思いもしている。食べるためと言うなら、それは生きる上で必要なことだから僕には何も言う資格はないけれども、ただ遊びたいだけなら、僕が代わりに相手をしてあげるよ」


「なん、だと…?」

 坊太郎は、訝しがるヒャッコをそっと地面に下ろし立ち上がると、ズボンからベルトを引き抜いた。地面に垂らし小刻みに揺らすと、まるで生きている蛇であるかのように動く。

 それを目にした瞬間、ヒャッコの目は見開き瞳孔が拡大した。前足を揃え、頭を低くして腰を高く上げ、飛びかかる姿勢をとる。ベルトの動きに合わせて腰をフリフリしているのがなんとも愛らしい。


 飛びかかるヒャッコに、その爪をすり抜けるベルト。一瞬の攻防だ。

 ヒャッコはムキになっていっそう激しくベルトを捕まえようとするが、坊太郎の熟練のベルトさばきに翻弄される。惜しい場面はあるのだが、それすら坊太郎の猫じゃらしテクニックなのであった。

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ダイタボウとケモノたち コトノハザマ @kotonohazama

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