第18話 新学期の約束

 朝起きると隣でうつ伏せになっている瑠伊が居た。


(息できてるのかな?)


 そんな事を思いながら瑠伊を眺める。


「大丈夫だよ瑠伊。可愛いかったから」


「翔利君の……いえ、翔利君は悪くありません。私の自爆です」


 瑠伊が思い切り顔を上げて言うが、また元に戻る。


「やっぱり寝る前にカフェインを摂取して翔利君を先に寝かせるのがいいんでしょうか?」


 瑠伊が翔利の方を見て、そんな事を聞く。


「可愛い瑠伊を見たいから却下」


「いつもは可愛くなくてすいません」


「揚げ足取らないの。そこも可愛いんだけど!」


 あえて最後を強く言ってから起き上がる。


「翔利君に怒られました」


「怒ってないし」


「怒ると拗ねるの間で可愛いです」


「今度は録画しよ」


「理不尽ですよ!」


 瑠伊がそう言って反対側を向いてしまった。


「虐められたから虐め返したら怒られた。ごめんなさい」


 どっちのせいなのか分からない時はとりあえず謝っておく。


 そうすれば。


「私もごめんなさい」


 瑠伊も謝ってくれて解決する。


「では仲直りのハグを」


「そんなルール知らないんだけど」


「え? 今作りましたから」


(『えっ?』って何?)


 あたかも前に約束でもしたかのように言うが、瑠伊の言う通りそんなの知らない。


「それともほっぺにキスの方が?」


「最近の瑠伊って欲望に忠実だよね。欲求がすごいって言うのかな?」


「それはつまり私が欲求不満だと?」


「そうだね。不満なままにして爆発しないようにどんどん言っていこう」


 瑠伊に何かを求められるのは好きだ。


 だから瑠伊が何かを溜め込まないように全てを受け止める所存だ。


「じゃあ仲直りのハグを」


「俺は瑠伊と仲違いしてたの?」


「翔利君のバ……」


 瑠伊の言葉の途中で翔利が優しく抱きしめた。


「俺の事嫌い?」


「意地悪な翔利君には教えません!」


 瑠伊は顔を真っ赤にして翔利の背中に腕を回した。


 瑠伊はその後めちゃくちゃ華にしごかれた。




「翔利君に問題です」


 登校中に瑠伊がいきなりそう言うので翔利は繋いでいない右手でとりあえず頭を撫でておいた。


「むぅ」


「あってた?」


「あってますけど!」


 朝から華にしごかれた瑠伊が慰めて欲しそうにしていたから頭を撫でたが、どうやら正解のようだった。


「瑠伊の要求って可愛いよね」


「翔利君も頭撫でられるの好きですよね?」


「好きだけど、俺は自分から求めてるんじゃなくて瑠伊がからかう意味でやってるじゃん」


「でも好きなんですよね?」


「これからもお願いします」


 瑠伊にされるからなのか、それともその経験が少ないからなのか、頭を撫でられると素直に嬉しい。


 華にされる事はあったけど、それは最近の事で慰めの気持ちが強く、嬉しさよりも申し訳なさが強かった。


「そうだ、翔利君」


 瑠伊が何かを思い出したようで、両手を合わせてこちらを向いてきた。


「何?」


「もしクラスが違かったら逃避行してくださいね」


「話飛んだね。貯蓄はあるからばあちゃんが許したらいいよ」


 高校生の逃避行なんて普通に成功しない。


 だから冗談なのは分かっているけど、それで瑠伊が納得するならと翔利も同意する。


「私は本気ですからね」


「だから一緒なんだって。もう着くから、一緒だったら瑠伊が眠気に負けてるところ動画に撮るからね」


「……全部無かった事には?」


「しない。瑠伊が信じてくれないのが悪いんだもん」


 そう言って翔利はそっぽを向く。


 瑠伊は瑠伊で「可愛い」と言って喜んでいる。


 結果的に翔利と瑠伊は同じクラスだった。




「今日の夜が楽しみだね」


「……」


 翔利が右隣に座る瑠伊に言うと瑠伊が泣き出しそうな顔で翔利を見る。


「無しにはしないからね」


「一つだけ確認させてください」


「多分想像通り」


「ですよね……」


 翔利と瑠伊のクラスが一緒になったのは偶然ではない。


 華が校長に話を通した結果だ。


 理由もちゃんとある。


 瑠伊が屋上から落ちた事は周知の事実で、それは飛び降りという事になっている。


 校長は華からの説明で真実を知っているが、瑠伊がまた屋上に向かうかもしれないからと見張り役兼気持ちのコントロール役として翔利を同じクラスにした。


「だから言ったじゃん。俺がばあちゃんの孫だから一緒のクラスになるって」


「そうですよね。華さんと校長先生はお知り合いなんですもんね」


 そう、たまたま華と校長が知り合いで、瑠伊が心配だったから翔利と同じクラスにしたのだ。


(職権乱用じゃないよ)


 翔利は胸中でそんな言い訳をする。


「隣同士なのも華さんが?」


「これは多分偶然だと思うけど」


 席順は前から名前の順なので、佐伯と大内で通路側の一番後ろの席になった。


 さすがに華もそこまでは求めなかったはずだから、校長が気を使ったか、本当に偶然かだ。


「運命って事にしとこ」


「そうですね」


「うわ」


 翔利と瑠伊が楽しく話していたら、そこに小さい女子とイケメン男子が教室に入ってきた。


「これとまた同じクラスってだけでうんざりなのに、あんたらまでとか」


「瑠伊の知り合い?」


「翔利君。いくら二週間ぐらい経ってるからって忘れるの早いですよ」


 瑠伊にそう言われて顔を見ると、小さい子は蔑むように睨んで、イケメンの方は小さい子を見て笑いを堪えている。


「私はそんな記憶力の無い奴に負けたの?」


「が、がんちゅ、うに、ない」


 イケメンが笑いながら言うと小さい子がイケメンのみぞおちに思い切り裏拳を入れた。


 イケメンはみぞおちを押さえながらうずくまった。


「あぁ、瑠伊にちょっかい出そうとした奴らね」


「なんでこれで思い出すのよ!」


「印象的だったから」


「ちなみにちょっかい出されてたのは翔利君ですよ」


「なんか逆恨みしてたんだっけ?」


 小さい子、紗良が翔利にテストで一位を取られた逆恨みで、イケメン、新を使って瑠伊にちょっかいをかけて翔利を困らせたかったとかだ。


「回りくど過ぎて忘れてた」


「効率的と言え」


「頭のいい人の考え方は難しくて」


「嫌味か?」


「むしろ他の意味に聞こえた?」


 翔利が首を傾げながら言うと紗良がキレたように翔利を睨む。


「翔利君が他の女の子と仲良くしてます。これは嫉妬するのと、翔利君が他の人と仲良くしてるのを喜ばしく思うののどっちがいいんでしょうか」


「嫉妬は必要ないから喜んでいいんじゃない?」


 新が辛そうにしながら瑠伊に話しかける。


「でもちょっと火種を投下したくなるのは怖いもの見たさなのかな」


「はい?」


「佐伯君、素直な気持ちで答えてね。紗良は可愛い?」


「は?」


 翔利は言われた意味が分からず、とりあえず紗良を見た。


「可愛いだろ?」


「な……」


「良かったね。佐伯君が可愛いって言ってくれたよ」


 新がニコニコと紗良に言う。


 当の紗良は怒っているのか顔が赤くなっている。


「そういえばちゃんと平の事慰めたのか?」


 紗良の謝罪を受ける時に約束した平を慰める約束を不意に思い出した。


「や、やったよ……」


 紗良がいきなりしおらしくなった。


「なに急に可愛くなってんの? どんな慰めしたんだよ」


「可愛い言うなし。普通にこいつがして欲しいって事をしただけだよ」


「あの時の紗良は可愛かった。照れながらもたどたどしく俺の事を慰めてくれて」


「うっさいし!」


 紗良はそう言って立ち去って行った。


「あらら。じゃあ俺も行くね。佐伯君、ごめんね」


 新はそう謝る気のないニコニコとした顔で立ち去って行った。


(なにを謝ったんだよ)


 そんな事を思いながら瑠伊の方を見て察した。


 瑠伊が真顔で翔利の事をガン見していたからだ。


(おこですか)


 どれで怒ったのかは分からないが、今の会話の中に瑠伊を怒らせる何かがあったのは確かだ。


「翔利君」


「はい」


 とりあえず口は聞いてくれるようで安心したが、瑠伊の声はとても冷たい。


「翔利君の事だから本心だけど、勘違いなのは分かります。ですけど私は怒っています」


「どれで怒ったのか聞いてもよろしいでしょうか」


「それが分からないうちはまたやるんでしょうね」


「瑠伊を不快にさせたのならなんでも致します。ですので教えていただいてもよろしいでしょうか」


 瑠伊の怒る姿はめったに見ない。


 だからなのか翔利も無意識に敬語になってしまう。


「不快とまではいかないですけど、モヤモヤしました」


「俺も前したやつ?」


「多分そうです。なのでこれでお互いに無かった事にしましょう」


「つまり俺と伊藤が話していたのが嫌だったと?」


 前に翔利も、瑠伊と新が話しているのにモヤモヤした事がある。


「話してるだけならいいんです。翔利君が私以外の女の子にはきっと興味は無いって……思いたいので」


「俺は瑠伊にしか興味ありません」


「ありがとうございます」


 瑠伊が少し笑顔になった。


「ですけど、伊藤さんの事を可愛いって言うのは違うじゃないですか」


「もしかして伊藤って可愛くないの?」


 紗良は翔利から見て、瑠伊には負けるがとても可愛い子だ。


 だから可愛いかどうかを聞かれたら可愛いと答える。


「可愛いのはそうなんですけど、そうじゃなくてですね」


「可愛いかどうか聞かれたら可愛いって答えるでしょ? 可愛くない訳じゃないんだし」


「えっと、もしかして翔利君は可愛くないって思ったら可愛くないって言うんですか?」


「聞かれたら?」


 瑠伊が呆れたものを見るような顔をする。


「分かりました。可愛い方には可愛いって言ってもいいですけど、可愛くないってたとえ思ってもそこは誤魔化してください」


「嘘は苦手なんだけど」


「大丈夫です。翔利君は天性の嘘つきですから」


 瑠伊に対しては嘘をついた事が無い……のだけど。


「分かりましたね。約束できないのなら今日は一緒に……ね、寝ませんからね」


「瑠伊が嫌がってるじゃん」


「寝ないもん」


 瑠伊の突然のタメ口からの『もん』に翔利の意識が飛びかけた。


「守ります。もう、全てを」


「はい?」


 翔利が瑠伊の全てを守ると決めた何回目かの時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る