第11話 艶めかしいSっ子

「佐伯君、おはよ」


 今日も今日とて霧島が話しかけてきた。


 今日は翔利の方も用があったからちょうどいいが、霧島が来ると瑠伊が虚無になってしまうのが気にかかる。


「霧島さんだっけ? おはよ」


 瑠伊と話す時よりも淡白に挨拶をする。


 だけど霧島には瑠伊と話している時の翔利は分からないから、驚いた顔をしている。


「初めて挨拶してくれたね」


「昨日が初めてでしょ?」


「えっと、前にも挨拶してたんだけど……」


 翔利にはもちろんそんな記憶はない。


 隣に居る美少女にも気づかなかったぐらいに他人への興味がなかったのだから。


「それはごめん」


「ううん、いいの。話してくれた事が嬉しいから」


 霧島は嬉しそうにそう言う。


 対して翔利は真顔でめんどくさいのを表に出さないように頑張っている。


「なんで俺に話しかけくるの?」


「え?」


「俺に話しかけても面白くないでしょ」


 それは翔利の本心だ。


 翔利は昨日から気になっていた。


 霧島がなんで翔利に話しかけてくるのかを。


 もしかしたらそれが瑠伊の違和感に繋がっているのかもしれない。


「私は楽しいよ。佐伯君はかっこいいから話せるだけで嬉しいんだよ」


(要は顔って事ね)


 翔利はそれを口に出さなかった事を内心で褒めた。


 翔利も瑠伊を初めて見た時に顔立ちを綺麗だと思ったから人の事を言えないが。


「佐伯君?」


「なんでもない。それでなんで話しかけてくるの?」


「佐伯君と仲良くなりたくて」


「そうなんだ」


 翔利は仲良くなる気がないから話しかけてきても意味はないのだが。


「入院大変じゃなかった?」


「そうでもないかな。楽しかったし」


 翔利が入院中の事を思い出して小さく笑う。


「なになに、看護師さんに恋でもした?」


「別にそういうのではない。ただ仲良くなった子がいただけ」


 瑠伊にお世話して貰っていた事は隠す事にした。


「その子に恋したんだ」


「恋ではないかな。一緒に居ると楽しいってだけ」


「それを恋って言うんだよ」


 霧島が「ライバルか……」と小さい声で言った。


 翔利が瑠伊に抱いているのは恋ではなく、愛が近い。


 一生を持って守りたい相手。


 瑠伊を下に見てる訳ではないが、瑠伊は庇護欲をそそられる。


「どんな子?」


「綺麗な子だよ。見た目も心も」


 翔利が霧島と話していて初めての優しい声で言う。


「そうなんだ。ち、ちなみに私の事はどう思う?」


(興味ない)


 霧島が恥じらいながら聞いてきたが、即答でそう口に出そうとしたのを心でギリギリ止めた。


「まだよく分からないかな」


 嘘は言っていない。


 まぁと言いつつ分かろうとは思っていないが。


「そっか、これからって事ね」


「それよりも、さっき入院の話出たけど、俺の入院ってみんな知ってるの?」


 さりげなく「お前の事はどうでもいい」と伝えて本題に入る。


「あぁ、知ってるよ。なんで怪我をしたのかも」


 霧島が隣の瑠伊をちらっと見た。


 瑠伊は教科書に顔が付くのではないかというぐらいに顔を伏せている。


「みんな俺の事なんか興味ないでしょ」


「そんな事ないよ。少なくとも女子はみんな佐伯君の事気にしてるよ」


「ふーん」


 霧島がずっと黙っている取り巻きに「ねぇ?」と聞くと「そ、そうですね」「はい」と社交辞令のような言葉が返ってきた。


「でも私が一番心配してましたよ。佐伯君とはクラスで一番仲が良かったですから」


(……ん?)


 翔利にはそんな記憶はない。


 確かに霧島が挨拶をしてたのは聞いたけど、翔利はそれに気づいていない。


 ちゃんとそれも伝えたのに仲が良かったとはどういう事なのか。


「まぁいいや。うちの担任ってどういう人か分かる?」


 考えるのがめんどくさくなったので、他の聞きたい事を先に済ませる。


「えっと、偽善者かな」


「偽善者?」


「形だけはいい事言ってるから」


「どんな?」


「『人を虐めたら自分に返ってくるぞ』みたいな? 虐めなんてないのにねぇ」


 そう言って霧島は憎たらしい笑みを浮かべながら瑠伊を見た。


「形だけってのは、何もしないって事?」


「そ。言うだけ言って後は放置。言ってる自分がかっこいいとか思ってるんだよ」


「そうなんだ。虐めってなんでするんだろうね」


「楽しいからじゃない? 自分より下の人間が悶えてる姿を見るのが」


 霧島が汚い笑みを浮かべながら瑠伊を見た。


「そんな幼稚な事を考える人がいるんだね。義務教育を受けてないのかな?」


「そ、そうだね」


 霧島が顔を引き攣らせる。


「人を虐めたってあるのは安い優越感だけなのにね。虐めをしてる人って将来絶対に後悔するよ、自分に何かしらの形で返ってくるから」


 さっき言われた担任の言葉みたいになるが、翔利もそう思う。


「佐伯君はどこまで知ってるの?」


「なにが?」


「なんでもない。ホームルーム始まるから帰るね」


 霧島はそう言って取り巻きと一緒に帰って行った。


 霧島は少し複雑な顔をしていたが、取り巻きが俺に頭を下げてから帰って行った。


「だいたい分かった」


 霧島から聞いた話を整理して華と相談する事にした。


 ちなみに後の一日で霧島が声をかけてくる事はなかった。




「ばあちゃん、答え合わせしよ」


「分かったのかい?」


「一個だけ」


 今日も瑠伊がお風呂に入ったタイミングで華に話しかけた。


「その前に、翔利と瑠伊さんの関係って学校ではどうなってるんだい?」


「今は特にこうだって言ってないよ」


「教室で普通に話してるのかい?」


「えっとね、瑠伊が『話すなら場所を変えましょう』って言うから人気の無い階段で話してる」


 なんでそんな事をするのか翔利には分からないが、瑠伊がそうしたいのなら翔利は従う。


 ちなみに今日学校で話してた時の瑠伊は少しぎこちなかった。


「まだそれがいいかもね。それでなにが分かったんだい?」


「問題の一つは事だよね」


 さすがに翔利でも気づく。


 霧島と話してる時は流していたけど、霧島が瑠伊を虐めている事は確実だ。


「そうだろうね。後腐れなく終わらせたかい?」


「うん。俺は何も知らない事にして虐める奴は屑って事を伝えたら帰って行って話しかけて来なかった」


「相当怒ってたろ」


「顔と口に出さなかった俺を褒めて」


 華が翔利の頭を優しく撫でた。


「今でもされてたのかな?」


「翔利のでしてただろうね」


「見てないじゃなくて?」


「本当は言いたいんだけど、瑠伊さんに口止めされちゃったんだよね」


「瑠伊に?」


 口止めする意味が分からない。


「虐めってのは何かされると悪化するだろ? だからそれで翔利に矛先が向くのが嫌なんだと思うよ」


「それは俺が嫌だよ」


 つまりは瑠伊一人が我慢して済ませるという事。


 そんなの許せない。


「だから翔利が自分で気づきなさい。それでもし翔利も虐められたのなら一緒に乗り越えるか、私がなんとかするから」


 華に頼めば大抵の事は丸く収まる。


 だけど。


「最初はそのつもりだったけど、俺がなんとかする。たとえ俺も虐められたとしても、瑠伊と一緒なら苦じゃないよ」


「翔利ならそう言うだろうね。頑張りな。困ったら私がなんとかするから自分の出来る事を最後まで」


「うん」


「なにをですか?」


 翔利が決意を決めたところに、全身しっとりとした瑠伊がお風呂場から出てきた。


「綺麗」


「だからやめてくださいよ!」


「ごめん、可愛い」


「変わってないです!」


 どうしてもお風呂上がりの瑠伊を見るとそう口に出てしまう翔利だ。


「でも瑠伊も悪いよ」


「なにがです?」


「髪を完全に乾かさないで、滴る程じゃないけどしっとりした髪させてるとこ」


 瑠伊はドライヤーを使わない。


 髪が短いから使わなくてもいいのかもしれないけど、女の子なのだから少しは気にして欲しい。


「髪がしっとりしてると何か変わるんですか?」


「艶めかしい」


「よく分からないです」


 瑠伊は自分が綺麗な事を分かっていない。


 いくら翔利が瑠伊の綺麗なところを伝えても理解してくれない。


「瑠伊さん。翔利がお風呂から出てきた時、髪を見て何か思わないかい?」


「……」


 瑠伊が顔を赤く染めた。


「どしたの?」


「い、いえ。少し理解しました」


 瑠伊が自分の頬を両手で押さえながらちらちらと翔利を見ている。


「翔利君、学校で聞けなかった事を聞いてもいいですか?」


 瑠伊が顔を押さえながら恥ずかしそうに聞いてくる。


「何?」


「霧島さんと仲良しなんですか?」


「えっと、どこを見てそう思ったの?」


 確かに色々と聞き出す為に好意的に接しているように見せてたけど、瑠伊と話している時はもう少し楽しそうにしている。


 だから瑠伊から見たら全然楽しそうでは無かったはずだ。


「分かってます。私や華さんと話してる時と雰囲気が違ったのは。ですけど仲良しって」


「言ってたね。俺も驚いた」


 何せ初めて話した相手に「仲が良かった」なんて言われたのだから。


「多分あれ俺が覚えてないと思って事実を捻じ曲げてるだけだよ」


「そうなんですか?」


「だってあの人、俺が女子から気にされてるって言ってたでしょ? あれって自分が心配してる事が変じゃないって言いたいんだと思うんだよね」


「私もそう思います」


「それでその後に自分が一番俺を心配してるってやつね。心配するのは変ではないけど、自分は一番気にしてるって言いたい訳でしょ?」


 瑠伊が頷いて答える。


「要はさ、俺の事を心配してるフリして周りに優しい人アピールしたいだけでしょ」


「多分違います」


 瑠伊が呆れた様子で即答する。


「翔利君は頭は良いのにおバカですよね」


「瑠伊のおバカって可愛いから好き」


「そういうところがおバカなんです!」


 瑠伊が頬を膨らませながら言う。


 そういうところも可愛いのだけど、これ以上言うと口を聞いて貰えなくなるので言わないでおく。


「後ですね」


「終わっちゃった」


 瑠伊のむぅ顔が終わった事を悲しんでいたら、瑠伊にジト目を向けられた。


「翔利君には後で罰を与えます」


「ご褒美だね」


「明日はお話してあげません」


 翔利は無言で土下座した。


「なんですか?」


「俺の生きる糧を奪わないでください」


「そこまでですか?」


「瑠伊と話せない授業中は死と隣り合わせなんです」


 大袈裟ではあるが、翔利に取っては瑠伊と話せない事は死活問題である。


「仕方ないですね。私の方が耐えられないのでお話はします。ですけど言いたい事はありますよ」


「なんでしょうか」


「霧島さんと話さないでくださいとは言いませんけど、濁してるとはいえ、私の事をその……とか言わないでください」


 瑠伊が大事なところを小声で言うので聞き取れなかった。


「すいません聞き取れませんでした」


「だ、だから。き、綺麗とか言わないでください」


「安心していいですよ。霧島とは二度と話す気ないので」


「あんなに楽しそうにお話してたのにですか?」


「瑠伊も冗談が上手くなって。いや、皮肉か」


 翔利が少し嬉しそうに立ち上がる。


「あれ? 土下座終了ですか?」


「俺、S瑠伊結構好き。これで変な性癖に目覚めたら責任取ってね」


 翔利はそう言ってまた土下座をした。


 瑠伊が「冗談ですよ!」と慌てて翔利を起こそうとするが「瑠伊様の仰せの通りに」と翔利がふざけて体制を変えない。


 それを華が「幸せそうな事で」といつの間にか用意していたお茶を飲みながら眺めている。

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