おしまい はじめの一歩

「プロジェクターはそこで……スクリーンはそこに立てかけておいて。ありがとうね」


 道徳の授業を終えて、昨日サボった不良娘三人は罰として機材の後片付けと荷物持ちを申し付けられた。

 重たい荷物を機材室に運んで、ホッと一息。

 私たち三人は、改めて一列に並んで、うらら先生に頭を下げた。


「先生……昨日は学校をサボってごめんなさい。そして……ありがとうございました!」

「どういたしまして……。今回は、香坂さんのお父様に助けられちゃったなぁ」


 悪びれることもなく、うらら先生は伸びをする。

 あんな突拍子もない事、学校関係者や子どもたちはもちろん、普通の大人なら絶対にしないよね。

 あんなに悩んでいた子を、悩むことすらバカバカしく思える状況にしちゃうなんて。


「いやぁ……ファン冥利に尽きるわね。ドラマ並みのカッコよさでお仕事の悩みをサラッと解決してもらえちゃうなんて、普通はないわよ」

「先生……パパのファンって冗談で言ってたんじゃないんですか?」

「何ひとつ作り事はしてません。ちゃんと私は香坂誠也のファンで、弟は折原ほのかのファンを未だにやってます」


 当たり前の顔で言う先生に、私達は呆れるばかり。

 そう言えば、事務所は解散させたのにファンが勝手に、ママのファンクラブをそのまま運営してるって聞いたことがあるな……先生の弟さんも参加してたりするのかな?

 ママのファンはかなり根強いって噂は本当なのか……。


「やっぱり、私……弟さんに謝りに行った方が良いのかな?」

「ダメよ。さくらちゃんを見たら、狂喜乱舞してファンクラブの会報の表紙にしちゃうから!」


 うわぁ……本当にファンクラブ関係の人なのか。

 なるべく近寄らないようにしなくちゃ。


「さくらちゃんって、本当にお母さん似なんだ」

「口の悪い人は、縮小コピーとか言ってるくらい。今度まゆりんにもさくらちゃんママのビデオを見せてあげよう。それはカワイイんだから……」

「見たい見たい!」


 はしゃぐまゆりんに目を細めて、うらら先生はまゆりんの髪を撫でた。


「鈴本さんは……もう大丈夫みたいね」

「はい、ご心配をおかけしました」

「じゃあ、あとは香坂さんの心配だけね……」

「私ですか?」


 サラッと言われて、目を丸くする。

 私……夕べもお婆ちゃんに「誠也が絡む時はそんな感じ」なんて言われちゃったし、ひょっとして不良娘になってる?

 ワタワタしながら、あやのんに縋ろうとしたら、先生に笑われた。


「何か勘違いしてる顔ね……。夕べ、お父様から言われなかった? ちゃんと女子ともつき合うようにって!」

「ああっ……言われてみれば、そんなメッセージが……」

「四年生までずっと、香坂さんは大川さんとしか一緒にいなくて……。本人はまったく気にしてないから、問題に思われなかったけど、見方を変えれば……ずっとクラスで浮いていたのよ、香坂さんは」

「え……私だけ? あやのんは?」

「大川さんは、深くつき合うのは香坂さんだけでも、他の子ともちゃんと付き合えてるでしょう?」


 お澄まし顔で、あやのんはニコニコ笑ってる。

 そうなんだよねぇ。あやのんは世渡り上手。あやのんが仕入れてくれる女子情報で、いろいろ助かったこともある。


「だからね……五年生になって、そこに鈴本さんが加わったことを、私だけじゃなく、香坂さんのお父様も、とても喜んでらしたのよ」

「そうなの?」


 きょとんとしてるのは、私とまゆりん。

 あやのんは、保護者の顔でうんうんと頷いてる。


「それもあったから、昨日もお父様は、鈴本さんのために動いてくれたのかもしれないわ。忙しい人なんだから」


 昨日は、ロスから持ってきた洗濯物を、お婆ちゃんがちゃんと洗ってアイロンかけて、それを回収しに来ただけだよ、きっと。……言わないけど。


「まあね……子供とはいえ、女の子はグループ作って動く生き物だから、みんなと仲良くなんてことまでは望まない。でもね、もっと香坂さんからも積極的に女子の中に飛び込んで、気の合う人を見つけて欲しいと思うんだ」

「あ……さくらちゃんが、面倒くさいって顔してる」

「まゆりんの裏切り者ぉ……」


 なんとか笑いに変えてみる。

 ダメだ、先生の目を見る限り、ごまかされてはくれないみたいだ。

 お互いの出方を伺うような先生と私の間に割って入って、あやのんが花のように微笑んだ。


「大丈夫ですよ、先生。さくらちゃんも急には変われないけど、それでも一歩ずつ……」


 ちらっと、用具室の扉に目を向ける。

 それで察したまゆりんが、タタタッと走って、ドアを開いた。


「キャッ……」


 急に支えを無くしてよろめいたヒラヒラワンピの女の子。守谷さん?

 その守谷さんに抱きつくようにして、まゆりんが連れてくる。


「ちょっと、何よ、まゆちゃん! どうなってるの?」

「なるほど……大人がとやかく言うまでもないか」


 状況が分からずに慌てる守谷さんを、うらら先生が嬉しそうに見ている。

 そっか……今朝、新しい友達が一人増えたんだっけ!


「とりあえず……あやのん、まゆりんだから……『ひめかん』って呼ぼうか……?」

「香坂さん! 人を『豆かん』みたいに美味しそうに呼ばないでよ!」


 香坂さん……姫香ちゃんの一言に、みんなで笑い転げた。

 ちなみに『豆かん』っていうのは、あんみつからアンコとフルーツを抜いたような冷たい和菓子。お豆と寒天だけのみつ豆って言った方がわかりやすいかな?

 浅草に美味しいお店があるの。


「じゃあ、お話と生活指導はこれでおしまい。教室に戻って、次の授業の準備をなさい」


 笑顔の先生に送られて、今度は四人で用具室を出る。

 何だか楽しくなって、駆け足になってしまう。

 とたん!


「こら! 廊下を走るんじゃない!」


 と、オジサン先生に怒られちゃった。

 仕方なく、お淑やかに歩いて帰る。

 でも、心はもう五年二組の教室に駆け出しているんだよ!



【終わり】

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パパはスーパースター! ミストーン @lufia

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