第二話 墨田区立吾妻橋小学校 五年二組

「おはよう、あやのん」

「おはよう。さくらちゃん、今朝は甘えん坊の顔してる」

「そんなことないよ!」


 軽く体当りして、抗議する。反撃してくるから、笑いながら体当たり合戦。

 そんな事をしていると、だんだんみんな集まってくる。

 まだランドセルが歩いてるような一年生とか、カッコつけてリュックサック背負ってる六年生とか。

 中学生になると、集団登校じゃなくなるらしい。

 羨ましいよぉ。

 自転車通学もできるし、いいなあ……。


「あ、忘れてた。これ、パパのお土産、あやのんの分」

「わあ、ありがとう。嬉しい」

「お菓子の方は学校に持っていけなから、あとでお婆ちゃんが家に届けるって。……でも、私ならともかく、あやのんもお土産ティーシャツが良いっていうのは意外だよ? いつも女の子ファッションなのに」


 今日もさっそく着てる私や、ラフなファッションのまゆりんはともかく、可愛らしくワンピースを着こなしてるあやのんは……。

 クスクス笑いながら、タネ明かししてくれた。


「剣道のお稽古用にいいの。これから暑くなるでしょ? 道着の中に着るのに、何枚あっても足りないくらいだもの」


 おぉ……もうじき五月だし、真夏の剣道着は考えただけで暑そう。

 ダイエットいらずな、あやのんの秘密が少しわかった気がする。

 だからといって、私もやろうとは絶対に思わないけど!


「よぉし、みんな揃ったね? じゃあ、行こうか」


 班長になったばかりで、まだ張り切ってる六年生の男子が号令をかける。

 ぞろぞろ進む中、私とあやのんは一番うしろ。

 あやのんは道場で子どもたちをお世話してるせいか、下級生の注意の仕方が上手いの。

 まだ集団登校に慣れてない一年生とか、ちゃんと面倒を見てるんだ。

 来年は班長になりそうだね。


 横断歩道で、誰かのお母さんが黄色い旗を持って待っててくれる。

 みんなで元気に挨拶しながら、十分ちょっと歩く。

 広い大通り、裏通りのゴチャゴチャした道。

 同じ集団登校の列が、だんだん増えてきて……。

 私たちの通う墨田区立吾妻橋小学校すみだくりつあずまばししょうがっこうに到着する。

 昔はこんなに子供がいたのかなあ? ってくらい教室が多いの。

 パパはもちろん、お爺ちゃんも通ったらしいから、本当に昔からあるんだよ。

 昭和レトロっていうやつ? ……ちょっと違うか?

 橋を渡れば有名な浅草の雷門だから、よく言われるんだ、このあたり。


 職員駐車場に、うらら先生の黄色い軽自動車発見!

 カワイイ車なんだけど、黄色いと良く虫にたかられるんだって。

 先生なんだから、ちゃんと考えて買えばいいのに……。

 持ち主は、虫もつかない独身なのにね!


「おっはよう!」

「おはよう」


 三階の奥から二つ目。

 私たち五年二組の教室に挨拶と一緒に飛び込む。

 まず男子の目が集まるのは、あやのんと一緒だから仕方がない。

 あやのんは廊下側の前から二番目。私は真ん中の列の四番目。

 それぞれの机にランドセルを下ろして、すぐにまた集合。チャイムが鳴るまで、まだ時間があるもん。

 私は、クルリと後ろの席を振り返る。


「まゆりん、オハヨ。まゆりんの分も、パパお土産あるんだよ」

「見本はさくらちゃんが着てるやつ」


 そう、私の後ろの席はまゆりん。

 コンビニ袋みたいなのに入れっぱなしだったものだから、今朝慌てて、良さげな紙袋に入れ替えたんだよ!

 そういう所は、デリカシーのないパパです。

 モノは『HOLLYWOOD』の有名な、山に大きな看板のイラスト入り。私が黄色、あやのん白、まゆりんピンクの色違い。意外にカッコいい!


「お、おはよう。私……もらっちゃっていいの?」

「このクラスに、他に誰か『まゆりん』がいるなら教えて」


 いつになくノリの悪いまゆりんに、ふざけてポーズを決めて言ってやる。

 まあ……ね。

 仲良くなってから、お土産とかは初めてだからなぁ。

 普通は遠慮がちになるかな?

 私は『芸能人の娘』とあって、友だちと言える人は少ないの。

 遠慮しすぎる人とはすぐ距離ができちゃうし、逆に遠慮の無さ過ぎる人だと、こっちが困っちゃう。

 そんな感じで距離を測ってると、よそよそしく思われちゃうし。


「さすが、さくらちゃんパパね。値段はマンガ雑誌くらいだそうだけど、いつもセンスいいの買ってきてくれるの」


 あやのんの宣伝に乗って、グレーのパーカーの前を開いて、ティーシャツをアピールした。

 残念ながら、余計な凹凸が少ないから、イラストがしっかり見える。


「ありがとう。……大切にするね」

「そんな大したものじゃないから、雑に使っちゃって」

「その内にありがたみも薄れちゃうから」


 まわりを気にしながら、やっと受け取ってくれた。

 うーん……内緒で渡した方が良かった?

 あっけらかんとした所のあるまゆりんだから、普通に渡しちゃったけど。

 あやのんも「失敗しちゃったかな?」って顔してる。


「みんな、おはよう。ほら、早く席について~」


 良いタイミングで、パンパンと手を叩きながら、うらら先生登場。

 昨日と違って、上下ジャージにメイクも口紅だけの低女子力なスタイル。


 はぁ……今日も六時間、ガンバリますか。


☆★☆


「う~ん……。家庭科の時間にかぎって、大川さんと香坂さんがペアになるのは禁止します」


 顔をしかめて、うらら先生が酷い事を言い出した。

 五年生になって、家庭科の授業が加わったの。

 去年買ってもらった私のお裁縫セットが、ようやく火を吹くぜ! 

 私がまつり縫いをしてる所をあやのんが、あやのんが縫ってる時は私が、共用タブレットで手元を動画で撮りながら、どっちが速く縫えるか競争してただけなのに……。

 動画で確かめるのは、授業の方針で先生の指示だよ。


「うらら先生、ひど~い!」

「私たちの友情を引き裂くの?」


 あやのんと二人、ひしと抱き合って訴えちゃう。

 でも、顔は笑っちゃってるんだけど。

 あやのんは道場の繕い物とかで慣れてるし、私もお婆ちゃんに教わってるから、ちょっとしたお直しもできる。

 それに……二人とも、お料理の方の腕も先生にバレちゃってるの。


「できる子同士でやってるよりも、初めての子に教えてあげなさい。……まったく私より手付きが良いんだから、二人とも」


 小学校の先生も、毎年教えることが増えて大変だからねぇ……。

 オジサンな先生が、がんばって授業のためにダンスを習ったりしてるもん。

 そうやってまで教える方も、その人に教わる方も大変だ。

 ……では、誰と組んだら良いのか?

 まゆりんは、守谷姫香もりや ひめかさんと組んでる。まゆりんはともかく、守谷さんは上手そうだね。

 表情の差で、すぐにわかっちゃうよ。


「勝手に組むと、また言われそうだから……先生が決めて下さい」


 にっこり笑って、あやのんは先生任せ。

 名案なので、私もそれに乗る。

 友達少ないから、気不味いのは誰と組んでも同じだもん。


「じゃあ……そっちの男子の机に大川さん。こっちの男子の所に香坂さんね」

「ちょっと、うらら先生! 男子と組めっていうの?」


 教室中がどよめいた。

 あやのんは肩を竦めて、机の移動準備。

 男子の歓喜の眼差しが凄いよ……。


「あなたたち二人は、男子と組むのではなくて、お手本。……手つきとか動画で確かめるには、ちょうど良いもの。ついでにコツとかあったら教えてあげて」

「ぜひ、お願いしまーす!」


 おどけた男子が言って、笑いを取る。

 先生も大胆なことを考えるなぁ……。

 ご命令とあらば、仕方がない。荷物を持って、ご指定の席に移動する。


「香坂、良く来てくれた。お前だけが頼りだ」

「ごめんね、あやのんじゃ無くて」


 お調子者の浅井陽太あさい ようたの歓迎に、ニッコリと言い返す。

 うわっ……こっちの机には杉本くんもいるんだ。

 女子があやのんなら、男子はこの杉本圭佑すぎもと けいすけくんが大人気だもんね。

 あとで何やら言われないように、接近し過ぎないよう注意しなくちゃ。

 その杉本くんが、頭をかきつつ苦笑いする。


「いや、マジで……こんなのどうやったら、真っ直ぐ縫えるのかわからないよ」

「真っすぐ均等に、縫えば良いだけだって……」


 当たり前のことを言っただけなのに、みんなに呆れられた。

 間違った事を言ってないよね?

 笑い転げながら、朝井が私の肩を叩いた。


「知ってた。香坂はそういうヤツだった……。しかし、うらら先生もやり方が上手いよなぁ……。やってられるか! って思ってた家庭科も『激モテ・ツートップ』が二手に分かれて、一緒にやるんじゃ男子は誰も手を抜けないだろ?」

「何、その『激モテ・ツートップ』って?」


 聞き慣れない言葉を確かめたら、朝井が慌てて口を押さえた。男子がみんなバツの悪そうに顔を見合わせてる。

 ……隠し事はいけないと思います!

 仕方ないと、杉本くんが教えてくれた。


「……この吾妻橋小では、大川彩乃と、香坂さくらの二人を『激モテ・ツートップ』と呼んでるんだよ。たぶん……香坂はまったく実感してないだろうけど」

「冗談でしょ? あやのんはともかく、何で私?」

「えっと……その……カワイイから……だろ?」


 うそぉ! と、思う。

 でも、よく「そっくりだ」と言われる死んじゃったママは、元アイドル。

 カワイイをお仕事にしていた人なんだよね……。

 そんな事、真面目に意識したことがなかったよ!

 私の中のカワイイは、全部あやのんが基準だもん。


「無意識の優しさで、フラグを立てまくる大川彩乃と、まったく男子を男子と意識せずに、フラグを折りまくる香坂さくら……とも言われてるんだぜ」


 開き直ったのか、朝井がからかうように笑う。

 男子なんて、昼休みにドッジボールする時の人数合わせとしか見てなかったよ?

 それも、あやのんが「今日はバドミントンがしたい」と言えば、ドッジボール組を見捨てるくらいのテキトーな感じで。

 あっ……あやのんは、ドッジボールは見てるだけ。

 しっかり対策してるとはいえ、女の子ワンピでやるのはちょっとね。

 あやのんが身体を動かしたい気分の時に、女子のバドミントンに混ざるの。


「ほら、香坂さんも喋ってばかりいないで、手を動かす」


 話題を知らなから、うらら先生は授業優先。

 こんな状況でキレイに縫えるかー! って思ったけど、すんなり行けた。

 身体が覚えてるっていうのかな?

 チクチク針を動かしてると無心になれる。

 手付きを代わる代わるに撮影されてるのは、ちょっと照れるけど。

 教わってた時にお婆ちゃんに言われたことも、思い出しては付け加える。


「そういう所を見ると、香坂も女の子に見えるよなあ」

「最初から女の子だよ? 他に何に見えるっていうの?」

「……あんまり考えた事が無いかも」


 考えなくても、普通に見ればわかるでしょ?

 朝井は、そんないい加減な事を言う。

 でも、同じ男子でもやっぱり人気のある男子は違う。


「そんな風に、時々女の子っぽい所を見せるから、香坂は人気があるんだろうなあ……」


 さらっと、そんな事を言うのは杉本くん。

 思わずキュンとしてしまう。……モテるわけだよ。

 顔や運動神経だけじゃないんだから、朝井も見習ったら?


 変なこと言われてると意識しちゃうものだから、黙って針を動かしてる方が楽だ。

 見本にある縫い方をひと通りチクチクやって、拍手をもらった所でチャイムが鳴った。


「あやの~ん。男子が変な事を言うよ~」

「気にしない、気にしない。……どうせ、さくらちゃんも給食を食べたら、忘れちゃうだろうし」


 なにげにあやのんも、酷いと思う。

 実際にサバの竜田揚げの給食食べたら、ケロッとしちゃう私も私だけど……。

 あとはドッジボールでなぎ倒せば、スッキリするでしょう!


「まゆりん、ドッジボールやるでしょ? 校庭に行こう!」

「ごめん、今日は図書室で調べものしなきゃ……また今度ね」


 いつもなら、二つ返事のまゆりんなのに……。

 貴重な女子のドッジボール要員が……。


「なんか、まゆりんらしくないね……」


 あやのんも、首を傾げてる。

 でも、昼休みの一分一秒は貴重だ!

 私は校庭に駆け出した。

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