第6話 さ、ちょっと休もうか

 教子のりこさんがシンプルな白シャツと黒のスカートという清楚せいそな姿でお土産を持ってあいさつに来たこともあって、教子さんに家庭教師になってもらう話はあっさりと決まった。

 数学を含む四教科以外に、大学共通のテストに必要な理科まで教えてもらうことになったので、お月謝げっしゃは前の先生の三倍以上になったけど、春陽しゅんよう大の学生に家庭教師をやってもらうなんて、そうあるチャンスではない。

 それに、お母さんも、週の半分以上、夜遅くまで菜津子なつこが出かけていてくれたほうが好きに浮気ができるから都合がいいのだろう。

 別居しているお父さんが送ってくるお金を、惜しげもなく家庭教師代につぎ込んでくれる。

 ここは感謝するところだ。

 「うん」

 教子さん、いや、教子先生は、菜津子が解いてきた数学の解答に朱を入れている。

 解きかたは正しくても、菜津子はまだ「数学のことば」が不正確だと指摘された。

 でも、その欠点は少しずつ治ってきた。

 「うん。一か月でここまで来たらたいしたものだ」

 教子先生はノートを菜津子に返しながら言った。

 「問題から解法を直感するかんも身について来てるよ。さ、ちょっと休もうか」

 そのことばとともに、菜津子には緊張が走る。

 「休もう」と言われているのに。

 「はいっ」

 菜津子の返事はうわずっていた。

 「じゃあ、そっちのソファに座ってぇ」

 猫なで声というほどではないけど。

 先に座って目線の位置が低くなった菜津子は、教子先生を見上げる。

 クールなミント色のTシャツに。

 穿いているのは、短いレザーのフレアスカートだ。

 黒い革の光沢に、菜津子は、ごくっとつばを飲む。

 菜津子がそのレザーのスカートから目を離さないのを見て、教子先生は笑った。

 初々ういういしい笑い。

 たぶん、そう見えるのだろう。

 教子先生に初めて会ったひとには。

 「これね。わたしが畜産体験で殺したラムの革から作ったんだ」

 「殺したっ?」

 上目づかい。

 あの寄った目で。

 たぶん、柳の下の幽霊のように見える、不安な上目づかい。

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