第5話 庭園の来訪者

 あのお互いの寝相事件を終え、わたくしは屋敷の案内も兼ねて、クラウディオを連れて庭園に向かった。「それでね、此処の薔薇ローゼが本当に綺麗なの。赤い薔薇も美しいけれど白い薔薇の奥ゆかしさが私は好きよ。」かつての私は取り敢えず華やかな、というより豪奢な物が好みだった。今も華やかな物は好きではある。だが、寧ろ瀟洒な物の方がいいと思うように成った。それをこの、薔薇の色の好みが表している様にも思えた。「白い薔薇・・・ならあれがいいかな・・・」彼が何かを呟いた。「(・・・?もしかして何かを贈ってくれるのかしら・・・)」こう考えるのは少し図々しい気がするが、そう思うしかなかった。そんな事を考えながら散策していると、ふいに背後から声を掛けられた。「其方は此処の者であるか?」「・・・?そうですが・・・?えっと・・・何か誤用ですの?」声の主は、皇族の様な口調も身なりも立派な美少年だった。「いやその・・・公爵に用事があったのだが・・・いや、別に迷い込んだとかそういうのでは・・・‼︎えと、その・・・散歩!そう、庭園の散歩だ‼︎だがその前に公爵家の者にも断って置く必要があると思って・・・」「そうね。散歩は楽しいですよね!そうだ!お父様に用が有ると仰っていましたがもう用は済みました?」彼は何故か罰が悪そうに答えた。「えっと・・・それがだな、そのっ、此処も城みたいに広くて・・・中々着かないんだ・・・」実は彼は方向音痴なのではないか、と今更ながら気付いた。彼は私の同類だ、と——。「分かりますわ。私もよく迷ってしまいますし。」「だ、だからその、迷った訳では・・・なく・・・ない。そ、そのっ・・・案内してくれると助かる・・・。」彼の、偶に見せる素直な姿を見て私は思わず呟いてしまった。「可愛い・・・」「な——⁉︎」「・・・?あ——‼︎つい口が‼︎本当にごめんなさいっ!口を慎みます。」彼は困惑したように言った。「あ、いや・・・そ、それは・・・初めて言われた、だけ・・・で・・・ご、誤解するな。嫌ではないから」てっきり、傷付けてしまったり、嫌な思いをさせてしまったかも知れないと思っていた。「もう、独りで何処行ってたの」クラウディオがいつの間にか横に来ていた。恐らく私は独りで散策している時と同じ様に行動して居たのだろう。「コンスタンツェ、その人誰?親しいみたいだけど知り合い?それと、あんたは何しに来たの」言葉自体は普通(?)だが、彼の言い方にはどこか棘があった。私が答えるより先に、先程の少年が、彼の質問に答えた。しかし、彼の雰囲気には、先程の可愛らしさは微塵も残って居なかった。「私はロウランディール帝国第二皇子アルフォンス・ルイーゼ・ド=ロウランディールだ。シュヴァルツベルク公爵に用事が有ったから来ただけだけど。」何故か二人の間で冷戦が始まっていた。此処は敢えて空気を読まずに皇族への形式的な挨拶するべかなのか——私は心を決めた。「シュヴァルツベルク公爵家長女コンスタンツェ・アーダ・フォン=シュヴァルツベルク、我が母国ロウランディール帝国第二皇子殿下にご挨拶申し上げます。皇族に永遠とわの栄光のあらん事を。」「未だこの挨拶をしてくれる者が居るのだな。ジュッシツのやつだと公爵家の方が強い筈だしあとこの挨拶を知ってる人の方が少ない。」「(ジュッシツのやつ——?ジュッシツ・・・実質的?よく分からずに使っているのかしら)そうですね。けれど皇室の方が上の位ですわ。国民として皇室への挨拶は必要ですもの。」私は彼の言葉に答えはしたが、正直、恐らく言い間違えたであろう『ジュッシツ』の方に気を取られていた。「さっきこうしゃ・・・父さんの方に用があるとか言ってたけど行かなくていいの?」クラウディオは明らかにアルフォンス殿下を睨み付けていた。「だから彼女に案内してもらおうと思っているのだが。」「そうでしたわ!ご案内いたしますね。クラウディオ、行きましょう?」正直言って私はこの場を早く離れたかった。「コ・・・姉さん、案内終わったらまた庭園戻れる?」「ええ、そうしましょう?」「シュヴァルツベルクはこの屋敷で迷うことは無いのか?」「よく迷います。」やはり二人ともお互いと会話する気はさらさら無いらしい。「(うーん・・・ここは二人を繋ぐべき?いえ、けれど私の知らない過去に何かあったとすれば余計なお世話よね・・・)」私は少し考えた後、思い切ってこう続けた。「そういえば殿下は下町ってお出掛けになった事は御座いますか?」「いや、父上には行くなと言われておる。」「そうですか。それならクラウディオ、殿下にお話しして差し上げるのはどうかしら。」「え——あ、いや、うん。分かった。」一瞬だけ彼の顔が引き攣った気がした。やはりお節介だったのだろうか。けれどお節介をしてしまった以上、後にも引けない。「あ、下町、か——。あまり良い思い出が無くてな。」殿下も彼と同じ反応だった。「そ、それなら別のお話をしましょう‼︎」——とは言ってみたものの、何も思いつかない。永劫の様に感じられる沈黙が続いた後、お父様の執務室に着いた。「すまないな、案内助かった。」殿下と別れて庭園に戻った後も、クラウディオとは沈黙が続いたままだった。私は先程の白薔薇の木の前で、かつての記憶を思い起こしてみた。



       -回帰前と幼少期編 おわり-

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