デフォルト編

 唐櫃からと越えした左馬之助の部隊のほうが早かったようである。明智光秀が手勢を引き連れ、桂川の畔に達するやいなや左馬之助の使いが駆け寄ってきた。

「気取られた様子はありませぬ。本能寺は静まり返っております」

「万事手はずどおりにと左馬之助に伝えよ」

 新月の夜である。左馬之助の陣へと戻る使いの姿は、すぐに闇に溶けた。

 決行を払暁まで待つのは、その為である。信長に身を隠す闇を与えはしない。

 ときを待つ間、気が急くのではないかと光秀は不安に思っていたが、杞憂だったようである。不思議なまでにも光秀の心は静謐を湛えていた。信長の首級をあげたもの同然であるこの状況が光秀を穏やかな心持ちにさせるのかもしれない。確信があるからこそ、万に一つも焦る必要がないのである。

 空の際が白み始めたのを見て、光秀は頃合いかと軍配を掲げた。

「敵は本能寺にあり」

 これから天下の半分を手にしている男を討つというのに、これほどまでに落ち着き払っていても良いのかとさえ思うほどに、光秀の声には興奮も恐怖も混じらなかった。

 桂川を渡渉する最中、光秀が考えていたのは、信長を討った後のことであった。


                * AI *


 京での戦いが終われば、まず第一にすべきことは、主立った家臣たちを召集し、今後のことを打ち明けることであろう。そして、それが終わったら、再び諸国を巡る旅に出ようと思っている。

 今度の旅の目的は、天下人となった自分が何をなせば良いかという答えを探すためであった。その答えを見つけられるかどうか分からないが、見つけねばならないと思う。それが天下人として果たさねばならぬ責務であり、また自分の望みでもあるのだ。

 だが、それは同時に新たな苦悩の始まりを意味することになるだろう。光秀はそのことに思いを巡らせると暗然とした気持ちになるのだが、その一方で胸の奥底では期待感のようなものも感じている自分に気づいた。

(わしは何を望んでいるのか……)

 天下布武の名のもと、自分は一体何をなすべきか? この問いに対する答えを自分は知っているはずだという思いがあった。だからこそ、これまで信長に仕えてこれたのである。

 その思いの正体が何なのかは分からない。ただ、何かしら大きなうねりが自分の中に芽生えつつあるような予感だけはあった。そのうねりこそが、己が求めてやまなかったものであることを光秀は悟っていた。

 しかし、それを言葉にして表現することができない。そんな自分の不甲斐なさを感じながら、光秀は軍配を振り下ろした。

「進め!」

 本能寺の正門の前に広がる林の中に潜んでいた明智軍が一斉に動き出した。

 一万五千の兵たちが無言のまま粛々と行軍していく様は、まるで精巧に作られた絡繰り人形のように統率が取れていた。整然と隊列を組んで進む兵士たちの顔には表情というものがなく、どこか作り物めいた印象を見る者に与える。

 やがて、本能寺を囲む塀が見えてきた。

「放てっ!!」

 光秀の命令とともに矢が一斉に放たれた。弓弦が鳴る音に続き、塀の向こう側から悲鳴が上がった。

 塀の上に備えられていた火縄銃によって応戦してきたものの、光秀が率いる軍勢の数に比べれば微々たるものだった。塀の上に置かれていた火薬筒や火皿が爆発すると炎が噴き出し、たちまちのうちに塀の一部を覆っていった。

 それでも、塀の内側からは無数の鉄砲玉が撃ちかけられてくる。

「怯むな! 続け!!」

 光秀自身も馬上から射撃を行いつつ、兵たちに檄を飛ばす。

 敵の反撃が激しくなるにつれ、次第に味方の兵士の数も減っていく。塀を乗り越えるまでもなく、弓矢の餌食となって倒れる者が出始めていた。

「ここは某に任せてくだされ」

 そう言うと、木下藤吉郎が進み出てきた。

「承知いたしました」

「お任せしますぞ」

 光秀が肯くと、藤吉郎はにやりと笑って見せた。

「見ておれよ。織田家の出世頭と呼ばれた男の力を」

 藤吉郎は懐から手裏剣を取り出すと、素早く印を結んだ。手裏剣に念を送るように目を瞑ると、次の瞬間、手裏剣を投げ放った。

 風を切る音が響き、続いて鈍い破裂音が響いたかと思うと、敵兵の叫び声が上がるのが聞こえた。

「あれは?」

「南蛮渡りの手裏剣ですじゃ」

「ほう」

「投げれば、刀でも槍でも斬れぬものを貫いてみせましょう」

「そのようなものがあるとは……」

 光秀は感嘆の声を上げた。

「ご覧の通り、わしには忍びの才がありましてな」

「見事な腕前でございます」

「では、行ってくると致しましょう」

「頼みましたぞ」

 藤吉郎は身を翻すと、塀に向かって駆けだした。

 塀に近づくと跳躍してその上に飛び乗る。そのまま、するりと壁を乗り越えていく姿は猿を思わせる軽業ぶりだった。

「おのれ! 曲者めが!」

 藤吉郎の姿を認めるなり、敵兵が叫んだ。

「貴殿らに恨みはないが、これも主命でのう。悪く思わんでくれよ」

 言い終わるが早いか、藤吉郎は手にしていた苦無を投げた。

 手裏剣と同じ要領で投げるのだと聞いていたが、手裏剣に比べて遥かに射程距離が長いため、命中精度はそれほど高くないらしい。

 しかし、的が大きい上に、密集している集団に対してならば効果は絶大である。

 狙い過たず、苦無は一人の兵士の肩口に突き刺さった。苦痛の声を上げ、兵士が地面に倒れ伏す。

 その様子を目の当たりにした他の兵士たちの間に動揺が走った。

「皆のもの、落ち着け!」

 指揮官らしき男が叫ぶが、その声も虚しく兵士らは浮き足立っていた。

「信長の首級を挙げろ!」

「おお!」

 光秀の命を受け、明智軍の兵たちは雄たけびを上げると塀へと殺到した。

 塀に取りついた兵たちが梯子をかけ、次々と登っていく。塀の上に取りつくと、そこから一気に塀の外に飛び下りた。

 飛び降りた勢いを殺すことなく、そのまま地面を走り抜けると本能寺の敷地の中へ雪崩れ込んだ。

 塀の内側では、まだ混乱が続いているらしく、あちこちから悲鳴が上がっている。

「者ども、進めぇ!」

 光秀が号令をかけると、明智軍は本能寺の境内へ向かって走り出した。

 境内に突入すると、そこは既に戦場と化しており、至る所で激しい戦いが繰り広げられていた。

 敵兵は十名ほどの一団で行動していたが、味方の兵は少ないため、乱戦に持ち込まれると数に勝る敵兵のほうが圧倒的に有利になる。

 そのため、明智軍も二組に分かれて戦うという戦術を取った。

「信長はどこだ!?」

「探せ! 信長を討てば戦は終わりなのだ!!」

 兵たちの怒号が響く中、信長を探し求めるが見つからない。

 本能寺は巨大な建物であるため、隠れ場所も多い。また、本堂以外にも多くの建物が建ち並んでいるため、捜索は困難を極めた。

 しかし、それでも本能寺に立てこもっている敵兵の数は少なく、やがて信長の姿を捉えることができた。

「信長ぁ!」

 光秀は信長の名を呼ぶと、馬上から太刀を抜き放って斬りかかった。

 信長は本能寺の庭を眺められる縁側に腰かけていた。その傍らには小姓と思われる少年が控えている。

「信長様!」

 信長の危機を悟ったのか、傍にいた蘭丸が咄嵯に駆け寄ろうとするが、それを信長が制した。「よい。下がれ」

「はっ!」

 蘭丸は恭しく頭を下げると、後ろに下がった。それを見て、光秀が言った。

「お前が織田信長か?」

「如何にも。余が第六天魔王・織田信長じゃ」

 光秀が馬上から見下ろすようにして訊ねると、信長は口元に笑みを浮かべて答えた。

「お初にお目にかかる。わしは明智光秀。丹波一国を支配する国持ち大名となった者じゃ」

「知っておるわ」

「わしがここに来た理由は分かっていような?」

「無論じゃ。この信長を誅するためであろう?」

「何故、天下人にならぬ?」

「何?」

「わしはな、お前こそが真の日の本一の覇者に相応しい男だと思っているのだ」

「……」

「わしはな、かつて京の都にて、あの三好長慶に仕えていたことがある。その時、わしは思ったのじゃ。いずれ、日ノ本の全てを治めるべき男は、かの英傑たる足利義輝公を除いて他におらぬ、とな」

「……」

「だが、義輝公は討たれ、幕府は滅びた。そして、次に日の本を治めたのは、足利将軍家の血を引くとは言え、所詮は田舎武士に過ぎぬ細川幽斎よ。奴に天与の人としての資格はない」

「……だからどうしたというのじゃ?」

「信長よ、お前なら分かるはずだ。真に優れた者が誰なのかということを。今の世は偽りの平和に満ち溢れ、民草はその欺瞞に気づかぬまま、愚かにも自ら進んで戦乱の世を望む始末よ」

「……」

「わしはな、そんな世の中を変えたいのだよ。誰もが等しく平伏し、心から平和を願う世界を創りたいのじゃ。わしはな、そのためには戦による恐怖政治しか道はないと信じる。弱き者は強者に蹂躙されるのが世の理であり、強い者こそが正しい。そうは思わぬか?」

「くだらん」

「ほう」

「そのようなものはただの幻想にすぎん」

「ならば、お前はなぜ今ここにいる?」

「わしはな、お前が憎いのではない。むしろ、好いていると言ってもよいかもしれぬ。お前が望むのであれば、わしはこの身命を捧げても構わんとさえ思っておる」

「それはわしも同じよ」

「ならば、我らは同志だ」

「否」

「では、ここで死んでもらうぞ」

「ふん、やってみるがいい」

 信長は鼻を鳴らすと、手近に置いてあった火縄銃を手に取った。

 そのまま銃身を掴んで構えると、光秀に向けて引き金を引いた。

 信長の手にした鉄砲からは、耳をつんざく轟音と共に弾丸が発射された。

 弾は光秀の身体の寸前で見えない壁にでも阻まれたかのように空中で静止すると、そのまま地面に落下して転がった。

「やはり、貴様が噂に聞く結界師であったか」

「さすがは信長。よく知っているではないか」

「これなるは我が愛刀『へし切長谷部』。その名は、かの剣豪・織田信長が茶坊主を棚ごと圧し切ったことに由来するものなり。切れ味鋭き刃は鉄をも切り裂く。されど、我が魂もまた同じ。あらゆるものを弾き返す障壁となるもの也」

「ほう、それが貴様の力というわけか」

「然り。そして、その力は天下布武を掲げる信長の野望にとって欠かすべからざる力でもある」

「お前は間違っておる」

「黙れ」

「聞け! 信長よ。わしはな、天下人の器とは武力や権力によってのみ得られるものではないと思うておる。確かに、強大な軍事力を持つことは必要だろう。だが、それだけでは真の覇王たり得ぬ。何故なら、真に偉大な王は民を愛し、慈しみ、その安寧のために力を尽くすからだ。わしはな、お前こそが真の天下人になれると信じておる。だからこそ、お前を討たねばならぬのだ」

「……戯言を!」

 信長は吐き捨てるように言うと、光秀に向かって発砲する。

 しかし、光秀は微動だにせず不動のまま佇んでいた。

 銃弾は光秀の手前で全て停止していた。

「信長よ。これが最後通告である。わしと手を組め。共に理想の国を創ろう」

「笑止!」

 信長は怒号を上げると、光秀目掛けて駆け出した。

「残念だ」

 呟いた光秀の手にはいつの間にか太刀が握られていた。

「死ねぃ!」

 信長が太刀を振り上げた瞬間、光秀は太刀を一閃させた。

 次の瞬間には信長の首は宙に舞っていた。

 信長の生首が地面に落ちると、光秀は太刀の血振りをして鞘に収めた。

「……見事」

 蘭丸は光秀の戦いぶりを見て感嘆の声を上げた。

 光秀が信長を討ち取ってから数日後――。

 明智軍は京の都を離れ、美濃へと引き上げていった。

 本能寺を襲撃した信長は討死し、天下統一を目前にして信長は死んだ。

 信長が死んだことで、畿内の情勢は大きく動いた。



               ~ 感想 ~


 ついに信長の首級をあげた!


 途中、いろいろ気になるところがあったけどね。たとえば、秀吉が改名前の木下藤吉郎であるから、おそらく出世しなかったんだろうなとか。忍者だったっていうのはまだありだとしても、南蛮渡りの手裏剣って、一体どんな形状をしているのか、ものすごく気になる。


 信長と問答を始めると、前回のトラウマが蘇る。四の五の言わずに早く斬れ!って思ったよ。それにしても、これまでを振り返ってみても、信長が天下人になろうとしていないっていう設定のものが多かったけど、なんでなんだろう?


 信長が火縄銃を手に取ったところで、あ、また死んだ……って思ったら、弾をはじく結界師光秀!!

 いや、結界師って。

 これはあれかな? 最初から光秀は結界師だったいう設定を盛り込んでいれば、こんなにもこの実験が長引くことはなかったのかな?

 なんにせよ、無事に信長を討つことができた。


 AI明智光秀(結界師)は本能寺で見事に信長を討ち取りました!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る