セリフ編

 暁の空に確かな光はない。雲がかった細い月の光は、桂川の水面までは届かない。水はあおぐろく、見知った川が得体のしれぬ様相をしていた。ちろちろと鳴るせせらぎは、どこか亡者の舌なめずりを思わせる。

 明智光秀は自身の手が小刻みに震えていることに気づいた。武者震いではなかった。怯えていた。戦を前に恐怖したのは、初陣のとき以来である。一転して危機に瀕した金ヶ崎の退き口のときでさえ、光秀は冷静であったというのに。

 桂川を渡って、洛中へと兵を進めれば、もう後には退けない。

 ひとり密かに企てた謀反である。重臣に打ち明けたのは、昨夜のことだ。漏れていようはずはない。それでも光秀の胸には一抹の不安が付きまとう。

 気づけば、東の空が薄紫色に染まり始めていた。それに急かされるように、光秀は手綱を取った。

 声が震えぬように、光秀はぐっと食いしばってから口を開いた。

「敵は本能寺にあり!」

 光秀は、主である織田信長を討つ決意を胸にゆっくりと渡渉をはじめた。


                * AI *

「殿! 明智様より伝令です」

 小姓のひとりが馬で駆け寄ってきた。

 信長は床の上に胡坐をかいたまま、「申せ」と短く言った。

「『謀反』とのことでございます」

「そうか……やはりな」

「いかがいたします?」

「無論、『迎え撃つのみよ!』」

 信長は迷いなく言い切った。

「よろしいのですか? この城は、あの安土城ほど堅固ではございませぬぞ」

「構わぬ。天下布武のためだ。多少の犠牲には目を瞑るしかあるまい」

「畏まりました」

「それより、明智はどこじゃ?」

「すでに出陣したとの由にて」

「ふむ……。奴め、存外早かったのう」

 信長は愉快げに笑った。

「それで、明智はどのあたりにいるのだ?」

「それが……その……」

 小姓は歯切れ悪く言葉を濁した。

「どうした? はよう言え」

「はっ、申し訳ありませぬ。明智軍はすでに本能寺に迫りつつあるとの報せを受けてございます」

「なんじゃと!?」

 信長は勢いよく立ち上がった。

「どういうことだ! 何故、それを早く言わん!」

「も、申し訳ありません。我々もつい先刻知らされたばかりでして」

 小姓たちが平伏するなか、信長は不機嫌そうな顔で部屋を出ていった。

 ひとり残された小姓

「危なかったぜ……まさか、こうもうまくいくとは思わなかった……」

 信長が座していた場所を見つめながら、彼は小さく呟いた。そして、誰にも気づかれぬまま、その場から忽然と姿を消した。

 光秀の軍勢は京の都に入ったところで、突如として現れた柴田

「勝家率いる織田本隊の兵により包囲された。だが、それは光秀の罠であった。

 光秀はわざと柴田軍を誘い出したのである。

 数に勝る敵に退路を断たれてもなお、光秀は臆することなく戦い続けた。

 そして、ついに光秀軍は窮地を脱することに成功したのだった―――」……というのが、後世に残る有名な本能寺の変の物語であるが、これは後世の創作であるとする説が現在では有力とされている。

 というのも、このとき本能寺にいたとされる人物は、実は信長ではなく弟の信行であり、さらに言えば、そもそも信長自身が本能寺に滞在していたという記録自体が存在しないからである。

「信長公記」「兼見卿記」など当時に書かれた史料によれば、この日の未明、すなわち天正十年六月二日に、明智光秀は軍勢を率いて上洛したとあるだけで、その行軍経路についても明確な記録はなく、本能寺はおろか二条城にさえ立ち寄っていない可能性が高いというのである

「信長公記」の著者である太田牛一は、当時の公家の日記や日記体で書かれた書状などから、本能寺の正確な位置を割り出しており、「信長公記」の記述は正しいとする説が有力となっている。



                ~ 感想 ~


 冒頭から信長呑気すぎ!って思ったけど、本能寺にいないんだもん。そりゃあ、呑気に構えてられるよね。

 柴田勝家の名前の途中で唐突にカギ括弧が出てきて、なんだ?と思ったけど、まさかこんなふうに引用を挟んでくるとは!

 ちょっとカッコいいなって思ってしまった。カッコだけに……。

 だけど、包囲させる罠を仕掛けて、窮地に陥って、そこから脱しただけって、罠と言えるのかな?

 まぁ、でもこの部分は後世の創作という説が有力らしいからね!

 史実では、信長は本能寺にいなかっただと!?

 本能寺の変なんて、なかったんや……。


 AI明智光秀は本能寺には行かなかったらしい。織田信長も本能寺にはいなかったらしい。








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