22. カフェにて

 佐助は移動しながら、自分が小次郎というキャラを演じている理由について話した。カフェにつく頃にはだいたい話し終え、席に着いたとき、胡桃は納得したように頷く。


「わかった。なら、このことは誰にも話さないし、ダンジョンにいるときは、佐助君とは小次郎さんとして接するね」


「そうしてもらえると助かります」


「ふふっ、でも不思議な感じだね。私と佐助君がこんな形で再会するなんて」


「そうですね。でも、俺のチャンネルを指名したんですよね?」


「そうだけど。ってかさ、何でそんな畏まった喋り方をしてんの? 昔からそんな喋り方だっけ?」


「確か、そうだったと思いますが」


「ふーん。なら、今からはタメ口で良いよ。同い年だしね」


「……了解」


「ね、佐助君ってあの女とまだ続いてんの?」


「あの女って心のこと? なら、続いているけど」


「うん。よくあんなやつと続いているね」


「悪い意味で互いに依存しているし」


「何それ。付き合ってるの?」


「恋人と言う意味なら、ノーかな。でも、アパートの部屋は隣同士で毎日ご飯とか作ってもらっている」


「それで付き合っていないは無理あるでしょ。むしろ、何でそれで付き合わないの?」


「何で、っていうと難しいな。まぁ、今の関係が、一番、心の魅力を引き出せていると思うからかな」


「……どういうこと?」


「うまく言えないんだけど、女の子って恋をすると可愛くなるみたいな話があるじゃん?」


「まぁ、聞くね」


「つまり、俺が今、心に感じている魅力って、心が恋をしているからこそ生まれている魅力なんじゃないかなって思うわけ。でも、その魅力が、付き合うことで消えちゃうかもしれないから、今の関係が一番良いと思うんだ」


「なるほど。あの女はそれで良いの?」


「……それなんだよね。結局、俺は心を都合の良いように利用しているだけなんじゃないかって、最近思い始めている。だから、俺の代わりに心の気持ちを聞いてくれない?」


「嫌よ。あの女が私に言ったこと、未だに許してないから」


「だよね」と佐助は苦笑する。


「少しだけあの女に同情するわ。近くにいる男がこれじゃあ、あんなのになっちゃう」


「でも、胡桃さんはそんな男に告白したわけだけど」


「うっ、それは、その、仕方なくだから!」


「ふーん。今度は胡桃さんの話を聞かせてよ。あれから、胡桃さんが歩んだ物語を」


「あんまり面白い話じゃないけど」と前置きして、胡桃は中学校を卒業してからのことを話した。上京して中堅の芸能事務所に入ったこと。でも、中々うまくいかなかったこと。そして、辞めようと思っていた時に、カベツヨからダンジョン配信の提案を受けたことなど。それらの全てに、心の影がちらついていたのだが、そのことは佐助に話さなかった。「――というわけで、新しいことに挑戦すれば、何か女優としての幅も広がるんじゃないかなと思って、ダンジョン配信をすることにしたの」


「なるほど。いろいろと大変なんだね。女優というのも」


「そうね」


「でも、すごいな。心にあれだけ言われて、その反骨心でちゃんと女優になって、さらに上まで目指そうとしているんだから」


「あ、あの女は関係ない」


「え、違うの? あのとき、心を見返すと言っていたから、それが理由なんじゃないかなって思っていたんだけど、それが理由じゃないんだとしたら、何で女優になろうと思ったの?」


「それは、その、好きな女優さんがいて――」と言い訳しようとするも、佐助の探るような視線で言葉が詰まり、「そうよ」とそっぽを向く。「あの女を見返したいから、女優になったの」


「そうなんだ」


「……笑わないの?」


「何で笑うの? 人が何かをやる理由なんていろいろあるでしょ。その度に笑っていたら、腹が砕け散るよ。むしろ、理由を聞けて良かった。ってことは、ダンジョン配信を始めた理由も?」


「そうだけど」


「そっか。なら、心の配信を超えられるように頑張ろうか」


「佐助君は、あの女の味方なんじゃないの?」


「味方だけど、べつに胡桃さんの敵でもないしね。それに、ダンジョン配信に関しては、心からやる気を感じられなかったから、より頑張ろうと思っている胡桃さんを応援したいかな」


「……ふーん。そっか。ちゃんと私の応援をしてくれるんだ」


 胡桃は顔を伏せ、ゆるんだ口元を隠す。あの女を見返すことができるかもしれないのはもちろんのこと、佐助と一緒に配信の仕事ができるのが嬉しかった。


「よし!」と胡桃は気合の入った顔を上げる。「頑張ろうね、佐助君!」


「あ、でも」


「何?」


「まだ心に言ってないから、それが、ちょっとね。不安材料ではある」


 苦笑する佐助を見て、またあの女か! と胡桃は目を怒らせた。

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