9. 食事

「心、ご飯にでも行かない?」


 紀夫たちと次の撮影の企画について話していると、紀夫に言われた。行く気が起きないので、断ろうとも思ったが、大人な対応をした方が良いと思い、お茶を濁す。


「うーん。考えておく」


「そっか。いや、何か、最近お疲れに見えるからさ。ご飯にでも行けば、気分転換になるかなって」


「ありがとう」


 正直、チャンネルを大きくすることに興味は無かった。佐助の気を引くことが目的で、それ以上のことをこのチャンネルに求めていない。


「おいしい焼肉の店とか知ってるよ」


「焼肉か……」


 そこで心は佐助のことを思い出す。地元にいたときは、佐助とよく焼肉に行っていたが、最近は行っていない。しかし、おいしい焼肉屋とかに出会ったら、ダンジョンよりもグルメに興味を持ち、おいしいお店巡りが趣味になるかもしれない。それは、心にとって望ましいことだった。


「阿久夜や猿吉もいるし。なぁ?」


「うん。私もおいしい肉を食べたい」


 紀夫の彼女の阿久夜がニコニコした表情で答え、カメラマンの猿吉が頷く。


「まぁ、阿久夜さんも一緒なら」


「よし! なら、日程とかも決めちゃおうよ」


 そして当日。最低限の身支度で心は指定された店に向かう。口コミの点数が高かったので、味は信頼できるのだろう。店にはすでに紀夫がいて、個室へ案内される。薄暗い個室に2人。心は居心地の悪さを覚えた。


「阿久夜さんは?」


「ああ、それなんだけど、急用で来れなくなったみたい。猿吉も」


「……なるほど」


 心は紀夫の狙いを察し、ため息を吐きそうになった。紀夫の下心に付き合うほど、無駄な時間は無い。さっさと帰ろうかとも思ったが、奢ってくれるらしいので、食べるだけ食べてから、帰ることにした。未成年なので酒は飲まず、高い肉ばかり頼んだ。紀夫の話を適当に聞き流しながら、肉を味わう。高級な肉なだけあって、美味しかった。


(佐助も好きそうだけど、値段がネックかな。誘った時点で断られそう。でも、誕生日とかだったらいいかな)


 そんな感じで1時間30分ほど紀夫と過ごし、お礼を言ってから別れた。


 帰り道。心は紀夫との話を思い返す。


(なんか、つまんない男になってたな)


 昔はもう少し、可愛げがあったと思う。しかし今の紀夫からは、純朴さみたいなものは感じず、庇護欲みたいなものがそそられない。


(でも、紀夫みたいな男の方がモテるんだろうね)


 だから、わざわざ自分が相手をする必要はない。むしろ自分には、世話すべき男がいる。モテない大きな赤ちゃんのことを思い出して、にやつく。が、すぐに大きなため息を吐いた。まだ関係を修復できていない。仲直りするタイミングを完全に見失っていた。


公園の前を過ぎようとして、ブランコが目に入る。誘われるようにブランコに座り、軽く漕いでみる。


(懐かしいな)


 小さな頃は、よく佐助と一緒にブランコを漕いでいた。しかし、時間が経つにつれ、バトミントンやバスケなんかで遊ぶようになり、ダンジョンが出現してからは、佐助が作ったアトラクションで汗を流し、カフェや図書館で勉強する時間も増えた。そして今は、一緒にダンジョン探索をしている……はずだったのに、どうしてこうなった。


「はぁ、何をしているんだろ」


 心はスマホを取り出して、佐助の初回配信を開く。シークバーを操作して、終わりの方まで移動する。


「あ、ココアさん、すみません。今日の配信はここで終了したいと思います。いきなり始めたので、見てくれる人がいるか心配でしたけど、ココアさんのおかげで頑張ることができました。ありがとうございます!」


 佐助の感謝の言葉でにやにや笑う。シークバーを何度も戻し、佐助の言葉で、デトックスを行う。


 そして心は、通知が来ていることに気づく。佐助が配信を行っていた。


「え、何それ、聞いていないんだけど」


 心は焦った顔でチャンネルを開き、確認する。佐助がライブ配信を行っていた。タイトルは『10万人突破記念、雑談配信!』。佐助が、そんな気の利いた配信をするとは思っていなかったから、完全に油断していた。慌てて配信をクリックする。『雑談配信!』と書かれた画面が表示された。現在の視聴者数は1222人。最初から聞き直したいところではあるが、衝動的にコメントする。


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ココア:◇10000円 え、雑談配信? どうしての、急に?

キラキラスマイル:ココアさん、こんにちはw

くのー:ココアさん、こんにちは!

ぶつ切りマッチョ:こんばんマッチョ

ねこまる:ココアさん、こんにちは!


====================


「ココアさん、こんにちは。ヒシスパチャありがとうございます! まぁ、10万人突破したので、雑談配信くらいやろうかなと思いまして」


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ココア:事前に告知してくれたらいいのに

くのー:私もさっき気づきました


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「いや、ほら、あんまり人を呼びたくないので」


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キラキラスマイル:なら、配信しなきゃいいのにw

ぽち:なら、配信しない方がいいのでは?

ココア:じゃあ、何で配信してんの?


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「まぁ、でも、こういうのはしておいた方がいいのかなと思いまして」


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くのー:事前に連絡欲しかったです!

ニンコ:さすにん

ココア:相談してくれたらいいのに

キラキラスマイル:ココアさん、お母さんみたいw


====================


「んー。今度からは気を付けます」


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キラキラスマイル:それより、さっきの質問に答えてよw

ココア:質問?

キラキラスマイル:サスケさんって、彼女いるんですかw


====================


 低俗すぎる質問に、心は肩をすくめる。恋愛よりもダンジョンが好きなこの男に彼女なんているはずがない。


「彼女はいませんよ」


 ほらね、と心は胸を張る。そもそも、佐助が彼女を作る場合、幼馴染として、その彼女候補と面会する契約になっているから、佐助に彼女がいないことは把握済みだった。


「……まぁ、でも、強いて言うなら、ダンジョンが恋人ですかね」


 心の手からスマホが滑り落ちた。その顔は絶望で満ちている。恐れていることが起きてしまった。自分の重要性を理解してもらうつもりが、最悪の事態に。このままでは、佐助がダンジョンと結婚してしまう。


(意地を張っている場合じゃない!)


 心は覚悟を決めた顔で立ち上がる。取り返しがつかないことになる前に、佐助との仲を修復することにした。

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