8. 応援

「あ、ありがとうございます。今から、B2階のRTAを行うところでした」


 見慣れた佐助の姿が映し出され、心は微笑む。うまく顔バレを防いでいるようだが、心には通用しない。いつもの癖で、佐助にエールを送る。


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ココア:がんばれ


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 コメントしてから失態に気づく。これでは、佐助がダンジョン配信に自信を持ちかねない。


「ココアさん。ありがとうございます!」


 が、佐助の元気な声を聞いたら、助けたい気持ちが強くなってきた。軽く画面を見て、情報を拾う。RTAについてあまり詳しくないが、佐助と一緒に観た動画では、レベルなんかが表示されていた気がするので、コメントする。


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ココア:レベルは?


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「あ、はい」


 画面に佐助のレベルが表示され、心は首をかしげる。佐助のレベルはもっと高いはずだったが、5になっていた。もしかしたら、何か意図があるのかもしれない。佐助と観てきた動画を思い返し、瞬時に思いつく。


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ココア:低レベルクリアも目指しているんだ


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「ええ、まぁ」


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ココア:がんばれ


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 多分、RTAだけではコンセプトとしては弱いと思ったのだろう。低レベルクリアを追加することで、より幅広い層を獲得しようとしているのかもしれない。


(ふーん。なるほど)


 チャンネルのコンセプトを企画できるところに佐助の成長を感じ、誇らしく思った。


「……ありがとうございます」


 しかし、表示されているレベルは、佐助の本当のレベルではないから、バレたときに炎上するリスクがある。佐助はそのリスクについてちゃんと考えているのだろうか。また、炎上した場合の対応もあらかじめ考えておいた方が良いと思うが、佐助にはその考えがあるのだろうか。


(やれやれ、やっぱりまだまだ私の力が必要ね)


 心がにやにやしていると、佐助から画面越しに話しかけられた。


「えっと、それじゃあ、ストップウォッチは見えていますか?」


 心はすぐに返信する。


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ココア:はい


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「それじゃあ、早速、始めましょうかね」


 佐助の足元が映し出され、深呼吸を繰り返す音に、見ている心まで緊張してきた。


(大丈夫、佐助ならできるよ!)


 心の念が届いたのか、佐助は「行きます!」と言って、駆け出した。


 そして佐助は、3分02秒の記録をたたき出す。


 心は素直に感心し、流れるようにヒシスパチャを送っていた。


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ココア:はや

ココア:◇10,000円

ココア:おめでとう


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「あ、ヒシスパチャありがとうございます!」


 佐助の記録更新を喜びたいところではあるが、困ったことが起きた。この配信、下手したらバズるかもしれない。RTA界隈で話題になるのは当然だと思うが、それ以外の層にもウケる可能性がある。画面酔いするほどのブレが無く、編集による余計な加工もないため、ダンジョン探索を追体験できるコンテンツとしての価値があった。景色の流れるスピードは気になるが。


(佐助は、この配信で何がしたいんだろう?)


 まさか、アイドルにでもなるつもりか。心はすぐにコメントする。


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ココア:顔出しはしないの?


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「あ、すみません。するつもりはないです」


 良かった。では、何の目的が。もしかしたら、いわゆるオフ〇コってやつを狙っているのか。


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ココア:オフ会は?


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「オフ会ができるほどのチャンネルじゃないですよ。仮にできたとしてもやりませんし」


 ですよね、と心は安どする。佐助はそんな軟派な男ではない。


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ココア:なら、どうしてこの配信をしているの?


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「まぁ、RTAに興味があったというのもありますけど、自立のためでもありますかね。最近、仲の良い友達とうまくいってなくて、その原因というのが、つまるところ、俺がその友達に甘えすぎていたのが原因でした。だから、こうやって1人で配信することで、少しずつ、自立していこうかなと思ったんでした」


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ココア:なるほど


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 心は呆れたようにため息を吐く。友達扱いも気になったが、佐助の配信を始めた理由に落胆した。自立なんて必要ない。佐助に必要なのは、理解ある幼馴染ちゃんだ。


「あ、ココアさん、すみません。今日の配信はここで終了したいと思います。いきなり始めたので、見てくれる人がいるか心配でしたけど、ココアさんのおかげで頑張ることができました。ありがとうございます! またRTA配信を行うので、良かったら見てください」


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ココア:うん。絶対見る


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「それでは、また」


 画面が切れる。心はシークバーを動かして、佐助の感謝の言葉を聞き直す。


「今日の配信はここで終了したいと思います。いきなり始めたので、見てくれる人がいるか心配でしたけど、ココアさんのおかげで頑張ることができました。ありがとうございます!」


 何度も聞き直し、心はにやつく。自立するなんて言っていたが、やはり佐助には自分が必要。さっさと泣きつけばいいのに、と思う。


(あ、っていうか、これ、普通に応援しちゃってるじゃん!)


心は頭を抱える。これでは、佐助が自信を得てしまう。


(ま、まぁ、大丈夫。これが人気にならない可能性だってあるし。というか、そうであってくれ!)


 しかし、心の願いとは裏腹に、佐助の配信は人気が出た。佐助が人気になるのは嬉しい反面、佐助が世間にバレることは好ましくなかった。自分の知る佐助が他の誰かの佐助になる気がして、気が揉める。それに、人気になればなるほど、佐助は自分を必要としなくなるのではないかと不安になり、そんなことはないと意地を張ってしまう。


 そうやって、素直になれないまま時間だけが過ぎていったある日のこと、紀夫にご飯に誘われた。

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