第3話/不幸すぎてラキスケして死にたくなる後輩がいるってマジ??



 そして翌日である、面会時間を前に七海は非常にそわそわしていて。

 然もあらん、未来予知はまたも明確なビジョンを彼に見せたのだ。

 彼女が自称するに相応しい不幸属性でラキスケを見せた後、首吊り自殺をする未来が見えてしまっていて。


(なんでアイツはすぐ死ぬの?? ちょっとメンタル弱すぎじゃない?? え? 佐倉ってそんな奴だったっけ??)


『なんと不幸な少女か……このシステム、涙を禁じ得ないッ!! ご主人を意識して肩だしパーカーを着ていたばっかりに!! そして偶然、子供が…………ッ!! ナーーイス、ラキスケェ!! いやいやいや?? 情緒安定にも程があるぞい!!』


 ベッドの上で胡座をかき、七海はむぅとしかめ面。

 前回は衝動的に抱きしめていたら、死の運命を回避できたが。

 今回はどうやって対処すべきか、彼は先ほどみた未来予知を振り返る。


(俺はベッドに、佐倉は横に座っていたよな)


『そして、小さな男の子が病室に駆け込んできて……』


(転げた拍子に掴んだのが佐倉の服、…………いやそれで何で全裸になるんだよ!?)


『恐ろしい……佐倉紫苑こそラキスケの申し子ッ! だが関わればご主人のメンタルが……ッ、どうして世界はこんな筈じゃなかった事ばかりなのだ!! システムめは素直にラキスケ楽しみたいだけなのに!!』


(ラキスケはともかく一理ありすぎるぅ…………)


 連日で美しく可愛い後輩の死を見せられているのだ、井馬七海の精神は濃い疲弊の予兆があった。

 だが、その疲れは未来予知だけでは、佐倉紫苑という後輩の死の運命についてだけではなく。

 ――――あの日の温もりが頭から離れない。


(そうだ、俺は……)


 強い衝撃、欠けた視界、残りも血に染まって。

 ――ただ、強く安堵した事を覚えている。


(誰かが泣いてたんだ、でも俺は安心してさ)


 ――強く強く、二度と離さないと抱きしめたのを覚えている。

 でも悲痛な声が胸に刺さって、慰めの言葉が出てこなくて。


(あんな顔なんて、させたくなかったのに)


 あんな顔、そうだあんな顔だ、曖昧な言葉でしか表現出来ず、いくら思いだそうとしてもイメージにはノイズが走り非常に不鮮明。

 でも、彼女が悲しんでいた事を確信している。

 そして。


(――――多分、佐倉ちゃんなんだろうね)


 周囲の反応で容易に想像がつく、母が彼女の名前を口にしたときの様子が変だった。

 記憶には異常がない筈なのに、七海の言葉を聞いた医者と両親の様子がおかしかった。

 事故によりスマホは壊れてしまったが、オンラインストレージの中に彼女と親しそうにしているツーショット写真があった。


(俺達は恋人だった? それともただの――?)


 誰かに聞けば答えてくれたかもしれない、でも七海は聞かなかった。

 誰も彼もがその事に言及するのを避けており、七海自身もまたあえて避けていて。

 佐倉紫苑、彼女の事は美しいとも可愛いとも思える。


(俺は……佐倉の事をどう思ってるんだろうね)


 胸にあるのは、体を突き動かす衝動は、彼女の事を守りたいという事。

 きっと事故に遭う前の彼は彼女を、とても大切に思っていただろう。

 今はただ、笑って欲しくて、そして健やかにあればと。

 ――――愛おしいと、愛してると言うには少しばかり遠すぎて。


『むむぅ、難儀よなご主人。このシステムめとしたら? あんな女なんて無視して未来予知でこの世を謳歌しようぜぇ! と提案したいのだが』


(君はどうしてそうなんだい?? つーかマジでどっからその性格出てきたのさ、仮に俺の中にあった何かとしても違いすぎない?)


『安心めされよ、このシステムめの性格は外部由来故に』


(それはそれで怖くない? 外部って何処だよ!?)


『しかしてご主人、未来予知なんて可能になってるのに外部に繋がってないとでも?』


(…………確かに、否定できない)


『外部と言ってもご主人が理解しやすい言葉で言うと世界、ザ・ワールドッ!! しかして情報量で廃人になってしまうからこそっ! 産まれたのが……このシステムめでござい!!』


(中二病は卒業したって思ってたけど……まさか中二病そのものになるなんてなぁ)


 余程、頭の打ち所が悪かったのだろう。

 それとも、もの凄く打ち所が良かったのか。

 ――きっと、佐倉紫苑との思い出が消えてるのは。


(ま、取り戻せないって何故か確信しちゃってるし、手放す方法も、手放して戻ってくるかも分かんないし)


 仕方ないとため息を出したその時だった、病室の入り口から入ってくる者が一人。

 佐倉紫苑だ、彼女は未来予知で見た通りにピンクのオフショルダーパーカーにジーンズの短パン。

 何故か、彼女の趣味ではないと思ってしまったが。


(おおおおおおおおおおッ!? なにアレ?? カワイイ!! 綺麗!! マーベラス!!)


「もー、先輩ったら。そんなに見つめて私に穴が開いたらどーするんです? まあ、私は美少女ですから仕方ないですけど。――こんにちわ、今日も可愛い後輩がお見舞いに来てあげましたよ」


「ありがと佐倉、今日も綺麗だ……お世辞抜きでスゲー可愛いって思う」


「はいはい、……で? どうです今日のコーデ、何か言うことがあるんじゃないです?」


「…………………………あ、もしかして俺の好みを調べて着てきてくれた!? え、ウソ、マジ? サービス精神旺盛すぎて恋しちゃいそうなんだけど??」


「おっ、いい反応。そうでしょお、そうでしょお、しっかり私に感謝して堪能してくださいね。まあ先輩は病人ですし、私もお見舞いに来たんですから軽いお願いぐらいは聞きますよ」


 来た、と七海の目は細まる。

 ここで「座って話し相手になってよ」と言ったから悲劇は起こるのだ。

 違うことを頼まなければならない、そして他にも出来ることは何かないか。


「――――よし、ならカーテン閉めちゃってよ。二人っきりの空間にしたいな」


「ふぅ~~ん? 随分とストレートに言っちゃうんですね。まぁいいですけど」


「それから…………ベッドに座ってさ、膝枕を所望する」


「…………な、なるほどっ!?」


 カーテンを閉じて仮初めの個室を作りながら、紫苑の肩はびくっと跳ねた。

 もしかしたら、それっぽい雰囲気になるのかもと思っていた。

 しかしそれは話の流れで、紫苑自身が誘導しないとそうはならないと考えていて。


「別に、問題なんてないですけどっ。――先輩、普通さぁ恋人じゃない女の子にそんな事を頼みます?」


「他の女の子には頼まないよ、不思議と佐倉なら頼みを聞いてくれるんじゃないかって思ってさ」


「………………は~~ぁ、しょうがないヒトですね先輩は」


 そう彼女は瞳を揺らしながら、寂しそうに笑った。

 何かに耐える様に、一瞬だけ拳が強く握られ。

 七海はそれを見て見ぬ振りをする、今の彼に何かを言う権利などない。

 ――彼が一度ベッドから降りると、代わりに彼女が上がって枕を横へ退かし正座をした。


「ほんじゃお邪魔するよー」


「邪魔するなら帰ってもいいんですよ?」


「残念、新喜劇ごっこをするには佐倉の膝枕が魅力的すぎるんだ」


「まったく、大サービスなんですからね……」


 ぽすんと七海の頭が紫苑の太股の上に乗る、彼はそっと目を閉じて彼女はごくごく自然にその頭を撫でる。

 その手つきはとても優しくて、彼が思わず睡魔に負けてしまいそうになった瞬間であった。

 だだだだっ、と軽い足音と共にカーテンがジャジャっと開かれて。


「七海兄ちゃあああああああんっ、暇だよあーそー………………ああああああっ!? 七海兄ちゃんが綺麗なお姉さんとイチャイチャしてる!?」


「ぷぇっ!?」


「あ、マサキ君。ごめんね今は遊べないんだ」


「いやーごめんなさいお兄ちゃん、まさか恋人とイチャイチャしてるって思わなくてさ。――近い内に退院するんでしょ? それまでにまた遊んでねっ!」


「ばいばい、またねー……」


『コングラッチェレイショオオオオオオオオオン!! 鮮やか!! 未来予知を利用した危機回避がなんと鮮やかなことか!! ラキスケをそもそも発生させず、かつ佐倉紫苑とのイチャイチャゲージを満たすとは!! ――――なぁ、せっかくだし乳の一つでも揉めばいいと思うのよ、システムめが見るところ断らないと思うぞ?』


 相も変わらずシステムは五月蠅く、しかして死の運命が回避されたのは朗報だ。

 ならば、彼女の足が痺れない限り膝枕を堪能できるというもので。

 七海は苦笑を一つ、驚きから復帰した彼女の頬に右手を伸ばして触れた。


「もー……、女の子のほっぺを勝手に触っちゃ、めっ、なんですよ先輩」


「ははっ、もっと触れあいたくてさ。――ああ、どうしてだろ、君と一緒にいると安心するんだ、ほっとするって言うのかさぁ。…………不思議だよね、俺と佐倉の間には何もない筈なのに、これって運命なのかな?」


「――……っ、ぁ、……キショい台詞も程々にしておかないと、今すぐ膝枕やめちゃいますよーだ」


「おっと、それは困る。俺は佐倉と恋人みたいにイチャイチャしたいし、もっと側に居たいんだから」


「…………………………ばーか、先輩のばーか、へんたーい、あほ、あほなんですよ先輩はさぁ」


 紫苑は口元を歪ませながら必死に笑顔を作り、それから何でもないように天井を見上げた。

 そうしないと、涙がこぼれてしまいそうで。

 ああ、と声にならない声が漏れる。


(七海先輩は……残酷だよぉ)


 彼女の心が少しだけ、溢れそうになっていた。


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