第7話 捜査経緯

 殺された男というのは、所持品などから、吉野という名前のサラリーマンで、年齢は32歳だということが分かった。

 殺されてから、何かを物色した跡がないことから、金銭を狙ってということではないのは分かった。もっとも、このような状況での殺人に、金銭を狙うという可能性は限りなく低い。それこそ歩いているところを狙う方が確実であるし、逃亡もすぐにできるだろう。

 何しろ、今回の犯罪は、密室で行われていて、

「いつ、どこから入って、いつ、どこに逃げたのだろう?」

 ということがまったく分からない。

 ただの金銭目的に、そこまで手の込んだことはしないだろう。動機という点では、怨恨などの方が、よほど確率としては高いように思えるのだ。

 この男の身元は、財布の中にあった免許書ですぐに分かった。さらに、レシートの山の奥に、ラブホのサービス券がたくさん出てきた。

 そもそも、この男、整理整頓に関してかなり無頓着なのだろう。レシートであっても、サービス券、あるいは、会員特典のスタンプカードなど、無造作に、財布の中に突っ込まれていた。

 それによって分かったことは、

「この吉野という男は、ラブホの常連だ」

 ということであった。

 しかも、サービス券は一軒のラブホだけではなく、いくつものラブホがあった。それを見て最初に刑事が考えたのは、

「デリヘルの常習者なのではないか?」

 という思いであった。

 刑事としても、昼間にラブホに一人で入る客のほとんどが、デリヘルの利用客ではないかということは分かっているつもりである。

 だが、その後でラブホの人間に聞くと、殺された男が利用していた時間帯。あの部屋に入る、

「連れ」

 と呼ばれる女の子が訪ねてきたわけではないという。

「確かに入室時は、一人だったということは分かっていますので、デリヘルを呼ばれたということはないと思います」

 ということであった。

 ラブホの人間も、どういう客が利用するかというパターンは分かっていたので、

「お金を使わずに、時間いっぱい、ここで過ごすという人も結構いるので、そういう人の一人ではないでしょうか?」

 というのだった。

 それを聞いて刑事は、思わずため息をついた。

「何とも虚しいものだ。本当であれば、女性と連れ立ってくるのが本来の目的のはずなのに、ホテルに風俗嬢を呼んだり、無駄遣いをしないという目的で、一人昼間の暇な時間をここで過ごすという人のことを考えると、嘆かわしい気分になってしまう自分がいるんですよね」

 と、刑事は言った。

 言ったと同時に、自分がまるで、昭和のおじさんのような、

「その時の若者と、自分たちが若者の時代とを比べて、嘆かわしい気分になってしまう」

 そんな思いを、まさかラブホで思うことになるとは?

 と、刑事は感じたのだ。

「そんな長い時間、一体何をしているというのだろう?」

 と刑事が呟くと、

「それは個人の自由ですからね。ベッドは広いし、お風呂も広い。テレビもアダルトビデオも映る範囲で見放題ですからね。ゲームだってあるし、これで一日数千円で遊べるのであれば、嬉しいですよね。お腹が減れば、ルームサービスもあるので、ラブホと思うから虚しいのであって、ビジネスホテルだと思えば、別に気にすることはないんじゃないでしょうか? 今の若い人というのは、そういうものではないかと、私どもは思っているんですよ」

 と、ホテルの人間はいうのだった。

「これは時代の流れがそうさせたわけではなく、以前からこういう部屋があったらいいという若者はいたと思う。それをラブホに求めたのは、ラブホがデリヘルなどの出現で多目的に使える施設だということが分かったからなのかも知れませんね」

 とでも言いたいのだろう。

 どちらにしても、ホテル側はそれで儲かるのであれば、それに越したことはない。今の時代は、昭和の一時期に比べて、ラブホテルのイメージも変わったものだ。

 昔は、ラブホテルというと、イメージとしては、車で連れ込む、

「モーテル」

 と呼ばれるものが多かった。

 だからなのか、考えてみれば、高速道路のインター近くには、必ずと言っていいほどのラブホテルが点在しているではないか。だから、車を走らせていて、ラブホテルのネオンサインや看板が増えてくると、

「インターチェンジが近いんだな」

 と思ったものだった。

 さらにラブホテルというと、特に田舎の峠の途中にあるようなモーテルでは、犯罪関係の臭いがした。昭和の刑事ドラマなどのDVDなどを借りてみたり、有料放送のドラマなどで、昔の刑事ものをやっていたりするのでそれを見ると、

「連れ込んだ女の子に麻薬を注射したりするシーン」

 を見たりした。

 今のようなきれいなホテルではない。当時は回転ベッドや、ウォーターベッドというようなものがあった時代だった。

 今は客に豪華と言っても、キレイな部屋が基本であり、ケバケバしいのは、好まれない。そんな時代の違いを、まるで歴史上のことのように思っているのも、不思議な感覚であった。

 さらに、当時は、ラブホテルというと、自殺のメッカだったりもする。女の子一人はお断りというのも、仕方のなかったことなのかも知れない。

 ただ、今から思えば、

「本当に死んでいった女の子たちは自殺だったのだろうか?」

 と考えたりもする。

 それだけ、時代の流れが速かったということか、当時のホテルに、防犯カメラなどが設置してあったかどうか、よく分からない。

 リアルにその頃が、二十代だったとしても、そこまでは分からないだろう。

 そもそも、防犯カメラなのだから、その場所を簡単に知られるようでは意味もないというもの。死角になる場所を探せば、それでいいのである。

 今回の事件において、まだ分からないことはたくさんあった。それでも、ハッキリと分かっていることとしては、身元である。すぐに分かることではあるが、犯人は決してそれをごまかそうという意思はまったくなかったのだ。

 とりあえず、吉野の会社を訪れてみることにした。彼の会社は、そんなに大きな会社ではなく、こじんまりとした事務所で、

「地元企業の営業所」

 として、小さな雑居ビルの一室を借りていたのだ。

 そこは、広さも中途半端で、20人の従業員だとすれば、結構きついくらいのところだった。

 営業所長に話を聞くことができるということで、忙しい中ではあったが、いろいろ教えてもらおうと思った。警察としては、当然の仕事であり、ある意味それに協力するのは、市民の義務といってもいいくらいであったが、結構この会社は露骨なところがあった。

「いいですよ」

 と言っておきながら、終始所長は、イライラしている。

「吉野さんというのは、どういう社員だったんですか?」

 と聞いてみると、

「彼が殺されたのって、ラブホテルだったんでしょう?」

 と質問には答えずに、そう呟いてから、ため息をついた。

 その様子は、いかにも、

「面倒くさい」

 という様子がありありと見て取れるのであった。

「ええ、そうですが? 何か心当たりがあるんですか?」

 と訊ねると、急にキレたかのように、

「そんなものあるわけないでしょう? 変なところに入り込んで、しかもそこで殺されるなんて、恥晒しもいいところだ」

 と、警察を前にして、ハッキリと言ってのけた。

 それを聞いた刑事は、

「なんだ、この会社は? 社員が一人死んでいるというのに、この非協力的な態度は」

 と、思い、こちらも露骨に睨みつけそうになったのを、何とか堪えた。

「吉野さんの仕事に対する態度はどうだったんです?」

 と、聞かれた所長は、

「私は知りませんよ。そんなことまで、社員たちが勝手にやっていることですからね」

 という。

「いやいや、勝手にって、あなた所長なんでしょう? それを管理するのがあなたの仕事なんじゃないんですか?」

 とさすがに、業を煮やした刑事はそういった。

 というのも、相手がこいつでは、何を聞いても同じだと思ったからだ。

 この後は、少しでも早く話を切り上げて、他の人に聞いてみようと思ったのだ。しかし、「それでも、どうせ他の人に聞こうとすると、露骨に文句をいうんだろうな?」

 と、刑事は考えた。

 だから、その日は、まず誰か女性に聞いてみようと思い、業務の終了するという時間まで待って、出てきたところを聞くことにした。

 さすがに、所長としても、会社を一歩出た社員に対し、拘束権があるわけではないので、何も言えないに違いない。

 定時になって最初に出てきた女の子を捕まえて、

「すみません、ちょっといいですか?」

 と警察手帳を提示すると、相手の子もさすがに身構えたが、理由は分かっているだけに、すぐに平静を取り戻した。

 近くの喫茶店に呼んで、話を聞くことにした。さすがに一人の相手に二人はあまりなので、一人一人、それぞれで聞くことにした。

 最初の女の子を喫茶店に連れていった刑事は、さすがに昼間の所長のあの態度には業を煮やしていたので、

「昼間の所長さんなんですが、いつもあんな感じの人なんですか?」

 とたまりかねて聞いてみた。

 ただ、この質問もこれからの質問とも絡んでくることだろうから、したのだった。

「そうですね、あの人はいつもイライラしてますね。人間が小さいんですよ。年功序列で所長になったというのに、所長になったとたんに威張り出した。正直にいうと、セクハラ、パワハラなんでもありの人ですね。今のところ逆らう人がいないから、天下のようになってますけど、そのうちに、天罰が下ると私は思っています」

 というのだった。

「本当は殺された吉野さんについて伺いたいのですが、どうにもあの所長を見ていると、どうも、いろいろなところでトラブルを起こしているのではないかと思って、聞いてみたんです。どうなんでしょうね?」

 と少し立ち入って聞いてみると、

「詳しくは分かりませんが、トラブルが絶えないということで有名だと言いますね。当たり前のことだと思うから、逆に気にもしませんけどね。こっちとしては、別にどうでもいいことで、こちらに、その飛び火が来なければいいんですよ。私も、きっとあの上司にしてこの部下ありなんでしょうね?」

 と言って彼女は笑った。

「この会社は一体どういった会社なんですか? 表向きというよりも、人間関係という意味で聞いているんですけども」

 というと、

「そうですね、一口に言って、皆が勝手にいろいろ考えて行動しているというところでしょうかね? そういう社員が多いというのも言えますが、何しろ所長があれでは、当然のことですよね。この会社は、本当は、出世コースというのは、いかに早く本社に行って、そこでキャリアを積むかということなんですよ。だから、営業所にずっといて、所長になるというのは、完全に出世街道から乗り遅れた人だということになります。だけど、さらにたちが悪いのは、所長はそんな会社の仕組みのことを知らないんです。たぶん、会社が期待してくれて所長になったとでも思っているんでしょうが、所長というのは、正直、外れくじと言ってもいいんですよ。2カ月に一度、本部で所長会議があるんですが、その時には、本部からコテンパンに言われるそうです。この所長だけでなく、どの所長さんもですね。その時はさすがにしばらくはおとなしいですが、立ち直ると、また前と同じことです」

 というではないか。

「じゃあ、部下を指導するというよりも。個人のイライラを社員にぶつけるというような最低な所長だといってもいいのかな?」

「ええ、どんどん言ってください。先ほど刑事さんだってわかりましたよね? あれがこの会社なんです」

 と、彼女も諦めているとはいえ、さすがに苛立ちが表に出てくるようだった。

「ところで、殺された吉野さんと所長は、よくもめていましたか?」

「ええ、そうですね。もめていましたけど、話を聞いていると、ほとんど所長が悪いんです。こんなやり取りは吉野さんに限らず皆ですけどね。よく誰もクーデターのようなものを起こさないなと思うくらいですよ。ただ、所長についていけなくて辞めていく人は後を絶えないんですけどね」

 というではないか。

「吉野さん、個人としては、どんな人だったんですか?」

 と聞かれて、

「吉野さんは、あんな事務所の中では、まだまともな部類の人だったと思います。少なくとも、人間としてのモラルや気遣いは持っていましたからね。もっとも、それらを失った人の中には、所長の毒気にやられて、完全に理性を失ってしまった人もいるようです。所長のあの態度は、嫌がらせのレベルを超えています。下手をすると、相手が誰であれ、お構いなしに噛みついていくところがありますからね。だけど、そのくせ、本社の人間にだけは、へいこらするんです。目の前の目上の人だけには従うという意味で、露骨に嫌がられるタイプの人間なんだって思います」

 と彼女がいうと、

「なるほど、うちわに甘く、外には強いというわけですね?」

「ええ、そうです。しかもそれが露骨なので、いつもムカついているんですが、考えてみれば、大きな会社とかになると、一つの部署に一人くらいはいる人なんじゃないかって思うと、スーッとそれまでの怒りが消えるんですよ。だから苛立った時には、そのことを考えるようにしています」

 というのだった。

「ところで、吉野さんには、彼女のような方はいなかったんですか? あの方は独身なんでしょう?」

 と聞かれ、

「彼女がいるかどうかは分かりませんが、確かにあの人は独身です。でも、バツイチという話もあります。何しろあの人はうちの会社でも謎が多いという意味では有名だったので、誰もたぶん、詳しいことは分からないと思うんですよ」

 というのだった。

「そうなんですね? じゃあ、この会社では、個人情報などに関しては結構厳しいんでしょうか?」

 と聞かれた彼女は、

「いいえ、そんなことはないですよ。逆にザルかも知れない。ただ、吉野さんの謎が多いというのは、その逆で、いろいろウワサが飛び交っていたので、どれが本当なのか分からないというのが本当のところだと思います。私がハッキリと分かっているところとしては、今は独身で、以前、結婚経験があったという事実くらいでしょうか?」

 というのだった。

「そうなんですね?」

 と答えると、今度は彼女が、刑事の方に顔を近づけていき、

「殺害された場所というのが、ラブホテルだということですが、それ、本当なんですか?」

 と聞くではないか?

「どうしてそれを?」

 と聞くと、彼女はニンマリとして、

「こういう時だけ、あの所長の逆ギレが効くというのか、あの大声を静かな事務所で叫べば誰にだって聞こえますよ」

 と言って笑うのだった。

「あなたは、その件について何かご存じなんですか?」

 と聞かれた彼女は、

「あれはいつだったか、どこかのラブホテルから一人で出てくるのを見たことがあったんです。その日はその人が休みの日でしたので、別に気にもしていませんでしたが、殺されたのがラブホテルだということになると、ホテルの利用が常習だったということなのかと思いましてね」

「それはどこのホテルですか?」

 と訊ねると、どうも殺されたホテルのようであった。

 確かにあの辺りはラブホテルが密集しているが、話の場所はちょうど角になっていて、角のそのあたりには、そこしかホテルがなかったのである。

 裏がちょうど川になっているので、立地的に無理があったのだろう。

「なるほど、よく分かりました。他に何か気になることがありませんか?」

 と言われたので彼女は少しモジモジしながら、

「先ほども言いましたように、あの人は謎の多い人ではあるんですが、その中でちょっと気になったのは、以前付き合っていた女性にストリッパーがいるという話があったんです。あの人の謎は情報が少ないからではなく、逆に多いからなんですが、要するに、その状態自体に私は疑問を感じているんです」

 というではないか?

「どういうことですか?」

 と聞かれた彼女は、ニンマリと微笑んで、

「昔からことわざで、木を隠すには森の中という言葉があるのをご存じですよね? つまりは、本当のことを隠すには、たくさんのウソの中に隠したり、逆にウソを隠すには、たくさんの本当のことの中に隠すというやり方です。どちらにしても、大は小を兼ねるというように、大きいものには巻かれてしまったりするんですよ。だから、たくさんのウワサがあるというのは、誰かが、ホッとすると本人かも知れませんが、故意にたくさんの情報を流すことで、本人の存在をまわりの煙に巻くかのような状態ですよね。それが、何か重大な秘密があって、それを悟られ合いようにするために、必要以上にたくさんのウワサを流しているというのは、考えすぎでしょうか?」

 と彼女は言った。

 だが、刑事は真顔で聞いていて、

「なるほど、説得力のある話ですね。私は彼のことを何も知らない。あなたは、少なくとも一緒にいる時間が長かっただろうから、ウワサに惑わされなければ、彼の正体を一番分かっているのかも知れない。あなたとしては、ぶっちゃけどうですか? 彼の正体は分かりかねますか?」

 と聞かれた彼女は、

「うーん、そうですね。正直、分かりかねるといって方がいいかも知れない。少なくとも、最初の頃は明らかにあの人のことを額面通りに見てしまったので、先ほどのような考えに至った時にも、もう時すでにおそかったのではないかと考えるようになりました」

 というのだった。

「吉野さんには、今彼女はいるんでしょうか?」

 と聞かれたが、

「いいえ、いないと思います。一人でラブホから出てくるくらいなんですからね、もしいたら、一緒に出てくるでしょう?」

 というと、

「まわりに知られたくないとか?」

「いや、それは逆でしょう。吉野さんという人は、マウントを取りたがるというか。目立ちたがりなところがあるというか、もし彼女がいるとすれば、まわりの人に、自分には彼女がいるんだぞというような宣伝をするタイプなんですよ。だから、もしあの人の元かのが、ストリッパーだったということが本当だとすると、これも、マウントを取りたがっている証拠なんじゃないかって思うんです。彼はただでさえたくさんの情報があるのだから、何もそんな確定的に変な情報をませるのはおかしいと思うんですよ。私のような考え方をする人間からすれば、それこそウソの中に隠された真実なのではないかと感じるのではないかと思うんです」

 と彼女は言った。

「なるほど、あなたの洞察力は素晴らしいものがある。私も感銘しました。確かにあなたのいうことが正しいんだと思うようになってきたのは確かですね」

 と刑事がいうと、

「実は、私はそのストリッパーの人の情報、実は知っているんです。それはあくまでもウワサでしかないということを先に言っておきますけどね」

 と彼女の言葉に、

「それはここまでの話の流れから、重々に分かっています」

 というと、

「それがなかなか、ただの興味本位でしか見ていない人には、見誤ったところが出てくるので、どうしても、勘違いされたり、またそこで、余計なウワサを増殖させてしまったりするんですよ。彼のウワサがたくさんあるというのは、こういうところから、尾ひれがついたものなのかも知れないですね。もちろん、本当のことから、いろいろなパターンでの発想が生まれる。まるで、パラレルワールドであるかのような、可能性の世界になってくると、ウワサなんて、無限に広がるものだといってもいいのではないでしょうか?」

 と彼女は言うのだった。

「なかなか、それも興味深いお話です」

 と、刑事は彼女の想像力に感服するのだった。

「ありがとう。ちなみに、そのストリッパーって誰だか分からないよね?」

 と言われて、

「確か、風俗街に入りかけたところにストリップ劇場があるって聞いたんだけど、そこの明美という女性らしいんだけど」

 と彼女はやけに詳しいことを知っているではないか。

「えっ、そこまで詳しいことを聞いてるの?」

 と聞かれた彼女は、

「ほら、これがさっきの私の疑念のゆえんになるんですよ。これだけウワサが多ければ、これだって、普通ならバラすわけはないので、本当のことではないって思うでしょう? だけど逆も真なりで、ウソの中に本当のことを隠したといえるんじゃないかしら? そういう意味で私は、信憑性があると思うの。そもそも、そんなウワサ、あの人に何か恨みでもなければ、いちいち調べたりはしないでしょうからね」

 というのだった。

 そこまで聞いて、さすがに、これ以上の情報を聞き出してしまうと、収拾がつかなくなると思ったので、一つ一つ潰していくしかない。逆にこの話が本当であれば、彼女の話や感覚から、何が真実なのか、パターンから見抜くことができるような気がした。そういう意味で、彼女との話はここでいったん終わっておいて、彼女の言っているストリップ劇場のある風俗街に行ってみることにした。

 刑事が行ってみると、実際にそこにはストリップ劇場があった。そして、

「明美」

 というダンサーもいるではないか。

 さすがにここまで当たってしまうと、話を聞いた彼女が、

「本当は何でも知っているのではないか?」

 という疑念と、

「いやいや、彼女こそ、発想や推理力が、他の人よりずば抜けていいのではないか?」

 と考えるようになった。

 刑事はさっそく、明美という女性に話を聞いてみることにした。

「さっそくですが、この写真の男性をご存じですか?」

 と聞くと、彼女は、別に驚いた様子も、雰囲気を変えることもなく、

「ええ、知っていますよ」

 というではないか。

 明らかに、無表情さは、彼女の真面目な性格を醸し出しているようで、その顔を見つめて、心の奥底を探ろうとすれば、他の人であれば、視線をそらそうとするが、彼女の場合はそんなことはしなかった。

 それよりも、却って、こっちを睨み返してくるように見え、顔をそらそうとするのだが、まるで金縛りにでも遭ったかのように、顔をそらすことも、目線をそらすこともできなくなってしまった。

 そうしていると、彼女の瞳の奥に映る自分の姿をじっと見ているのだが、その顔が、恐怖に怯えているように感じられ、

「刑事の自分が、恐怖を感じているのか?」

 と思うと、急に相手が怖くてどうしようもなくなった。

 だが、次の瞬間、彼女がニコっと微笑むと、こちらの金縛りは解けて、事なきを得た。

「このままでは窒息しそうだ」

 と思ったことで、

「もう、彼女の視線の中に自分の目を合わせるようなことはするまい」

 と感じたのだ。

 つまり、最初の一瞬で、完全に相手のペースにはまってしまい、どちらが尋問をしているのか分からないくらいの立場になってしまったのだ。それでも、刑事は必死に自分を取り戻しながら、彼女に話を聞こうとする。

「この方とはどういう関係だったんですか?」

「以前、お付き合いをしていました。半年くらいですかね、お付き合いをしたのは?」

「どうして別れることになったんですか?」

 と聞かれた彼女は一瞬、目を下に向けたが、

「今刑事さんも私と目を合わせようとしたでしょう? 彼もその時初めて私の目を見つめたんです。すると、急に呼吸困難になって、意識を失ったんです。そして目を覚ますと、急に私のことを怖いと言い出して、そのまま別れることになったんです」

 と聞いて、何と答えていいのか分からなかった。

 殺された吉野の気持ちも、今の状況から分からなくもない。もし、自分が吉野の立場であれば、本当に恐ろしくなって、別れを切り出すに違いない。しかも、

「ここで別れなければ、別れる機会はもうない」

 と思ってしまったのだろう。

 このまま付き合うのは、食べられるのを覚悟で、アリジゴクの中に入り込んだ虫が、必死にもがいて逃げようとしても、どうしようもない状態しか思い浮かんでこないだろう。

 だが、これは明美が悪いわけではない。なぜ明美にそんなところがあるのか分からないが、本来なら真面目で優しい明美と付き合うことにしたはずではないか。しかも、相手はストリッパーである。世間の目に晒されることになっても、彼女がいいと思ったくらいの女性なのだろう。

 それなのに、いきなりの別れは、彼女にとっても青天の霹靂で、どうしていいのか分からなかったことだろう。

「こういうどうしようもない出来事を、悲劇というんだろうな」

 と、刑事は感じたのだ。

「この人、吉野さんですよね? 彼がどうかしたんですか?」

 と聞かれた刑事が、

「吉野さんは、数日前にラブホテルで殺されました」

 というと、今度は無表情であるが、明らかに顔色は生気のないものに変わっていて、少なからずのショックを受けていることが見て取れた。

「そうだったんですね」

 と、かなりの意気消沈の様子を見ていると、

「この明美という女の子も、やはり普通の女の子なんだな」

 と感じたのだった。

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