第7話 元気出して!
母の登山用のリュックを背負い、もう片方の手に部活用のボストンバッグを持ったその姿は旅行者というより、
気絶し、動かなくなった八十邑を屋外に放置したまま、理世は
母の写真を何枚かと、偶然見つけた父からの母宛ての手紙の束も持っていくことにした。
父の名前を見た瞬間、先ほどの八十邑に対するものとは別の種類の怒りが込み上げてきたが、なぜかその怒りに任せてその手紙の束を捨てていくことはできなかった。
私はほとんど父のことを知らない。
私の記憶にある父の顔はとても若くて、しかも不確かだ。
母も父について語ろうとはしなかったし、私が小学生になった頃には仕事の多忙を理由にほとんど家に帰ってこなくなっていた。
そんな父と、なぜ母が離婚しないのかずっと不思議でならなかったが、この手紙を読めば何かわかるかもしれない。
ああ、なんか葦原くんに会いたくなってきちゃったなあ。
そうだ。芦原くんを探しに行こう。
『理世よ。さっきはすまなかったな。儂、役立たずじゃった』
「
『うむ、理世は強い娘じゃな。それに比べて、儂のなんと情けないこと……』
「だから、白兎様は全然悪く……」
『違うんじゃ、理世。そうじゃないんじゃ。先ほどの、おぬしが
「隠れた? そういえば、白兎様、突然静かになってた。私も夢中になってたから気が付かなかったけど、ぜんぜん話しかけてこなかった。でも、一体どうして?」
『……苦手なんじゃ。大昔、酷いことをされてのう。それ以来、避けておるんじゃ。久方ぶりの
「そうなんだ。でも、私もあの
『理世、儂のことを神のくせに情けないとか思わんのか?』
「ぜんっぜん! こんな状況だし、あのゾンビみたいなのから助けてくれたし、本当に頼りにしてます。お母さんもいなくなっちゃったし、私にはもう白兎様しかいない。私、白兎様に出会えて本当によかったと思ってますよ。だから、元気出して!」
『理世……』
理世は、しょんぼりと元気がなくなってしまった白兎神を励ましながら、葦原が住む公営アパートに向かった。
理世の人生において、はじめての彼氏である
理世の家も、母子家庭のようなものであったので似た境遇の葦原家とは家族ぐるみとまではいかないものの、親同士の交流も結構あった。
白兎様がいるとはいえ、女の子一人の野宿は避けたい。
本人が戻ってきているかもしれないし、葦原くんのお父さんが在宅中であったなら、一晩くらいなら泊めてくれるかもしれない。
そういう期待を込めつつ葦原父子の住む公営アパートにやって来たのだが、建物前の入り口は他の集合住宅同様にバリケードが設置されており、見張り役なのだろうか、手にバールやモップの柄を持った男性が二人立っており、近付くなり、とても警戒されてしまった。
見張りの二人はとても怯えた様子だったし、軽い怪我をしていた。
話を聞くと、私が来る少し前に、見たことも無い小型の凶暴な獣や狼の頭部を持った人間のような何かが現われて、それらを追い払ったばかりなのだという。
自分の家が木の化け物に襲われて住む場所が無くなってしまったこと、母親をその化け物に殺されて身寄りが無くなってしまったこと、そして303号室の葦原家を頼って訪ねてきたことなどを説明したら、見張りをしていた人たちも同情してくれて、ようやくバリケードの中に入れてくれた。
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