【短編】灯は風に舞う薔薇の花唇

さんがつ

【短編】灯は風に舞う薔薇の花唇

王になるとは自由なようで窮屈である。


私の周りには、生まれた時から次代の王へとなるべく、様々なものが用意されていた。

これを人は恵まれた環境と言った。


恵まれたこれらは、私にとってはただの檻だった。

けれど、美しい言葉使いや姿勢、所作はこれから生まれたので、感謝すべきものなのだろう。お陰様で身近なこれらは自然と身に付いた。

そんな恵まれた環境の中、小さな頃の私は他の子供と並べられる事も無く、ただひたすらに学び鍛え手を繰り返していた。


それでも7つの頃になると他の子供たちと混ぜられ、同じ舎で学ぶという、人と並べられる体験させられた。

最初は雑多な所に放り込まれたようで、居心地の悪い思いも抱いたが、すぐに慣れてしまった。子供とは慣れるのが早い生き物かもしれない。


こうして過ごすうちに、いくら子供でも見えて来るものがある。

私は雑多な者達とは随分と違うのだな…と、ぼんやりと感じ始めていた。


そんな風に自分の輪郭が少しばかり見えはじめた頃、私は赤い髪の少年と仲良くなった。

今まで対峙した者は「第一王子」という、私の輪郭を浮き彫りにさせるばかりだったが、彼は自分と同じような環境で育ったのだろう。

彼の言動の中に、時折だが、尊大な態度が垣間見えた。

私は垣間見えるそれに自分と似たものを感じると、彼の纏っている空気が気になり、少しばかり興味がわいた。


特徴的な彼の赤い髪は、やはり…というか習った通りというか。

少年はこの国の南方の地を治める辺境伯の嫡男だった。

人は共感というものに惹かれやすい。

気が付けば赤髪の彼と一緒に居る事が多くなり、今になって思えば一番長く付き合った友人であった。



10歳の頃、自分より2つ下の伴侶となるべく人を紹介された。

幼いながらも整った顔立ちと、美しい所作で「ヴィヴィアンです」と名乗る一人の少女に、彼女も自分と同じく檻の中で育ったのだろうと思った。


そんな檻の中の少女ヴィヴィアンは、聡明な女子であったし努力の人であった。

彼女の健気な姿を見た周りの人々は、お似合いの二人ですと言った。


私も彼女も、お互い一緒に並べられて、勝手な感想をぶつけられる。

それでも周りの大人たちの言葉に悪い気はしなかったのは、隣に並ぶ少女が「ヴィヴィアン」だったからだ。


彼女となら信頼関係を築いた上で、生涯を共に歩いて行ける…。

きっと彼女も同じ思いだったはずだと、今になってもそう信じている。



このまま忙しくも充実した日々を送り、気が付けば17歳。

私は成人を迎えた。

2つ年下の彼女との日々を振り返って見ても、堅実で穏やな関係だったように思う。

そう。

彼女との時間はとても穏やかで、緩やかなものだった。



翌年、成人になっていた私はデビュタントの場に出るように言われた。

来年は彼女もこの場に来るのだな…と、入場する少女達をぼんやりと眺めていた。

その少女たちの中に私の注意をひくものがあった。

悪友と同じ赤い髪の色だ。


惹かれるまま、見ていると少女の赤は、友人の赤よりも深い赤だ。

そして他の女子とは異なり、彼女は深い赤を結い上げていた。


「薔薇のようだ…」


気が付けばそう言葉が漏れていた。



一通り挨拶が済むと、彼女達のダンスの相手をする事となっている。

第一王子である私は、彼女達全員の相手をする。

事前に話を聞いた時はうんざりとするような思いも抱いていたが、あの薔薇の彼女を間近で見れるのなら悪くないな…と、この時は少し浮かれていたらしい。


やがて順番が巡り、薔薇の彼女の手を取り、曲が始まった。

他の令嬢に比べ日に焼けた肌。

うっすらそばかすが見える。

少し意思の強そうな釣り目。瞳は緊張からだろう、わずかに揺れている。

そんな彼女のきゅっと閉じられた小さな唇が気なった。


「緊張されていますか?」


その様子を微笑ましく感じた私はと声をかけた。

私が声を出すとは思っていなかったのであろう少女は、少しびくッと肩を揺らし、「…大丈夫です」と小さく息を吐くように答えた。


「ウォール地方は、乾いた風が心地良いですね。私の愛馬も喜んでいたように思います」


そんな独り言のような会話に、生まれた土地の風を思い出したのだろう。

「私の愛馬もそうです」と少し柔らかい声で彼女は答えた。


「お一人で馬を?」

「辺境ですから」


ダンスの後に見えた彼女の唇はニコリと緩やかな曲線を描いていた。

良い思い出になってくれたかな?…この時はそう思っていた。



会場を後にし、渡り廊下を歩く。

遠くにざわざわと人の喧騒が聞こえる…。今夜は満月か…。

見上げた夜はまだ明るい。


月の明るさに惹かれた私は廊下から外れ、庭の方へと歩く。

護衛達は廊下の方で待っていてくれるようだ。

静かな空気を吸いたいのだろうと、私の気持ちを汲み取ってくれたのだろう。


あの時、気まぐれで庭に出た時に、私の運命が変わったのか?

運命に導かれた故に、庭へ出たのだろうか?

今となっては良く分からないが、私は彼女と出会ってしまった。


噴水のそば、赤の下げた髪は少し乱れているように見えた。

小さく肩を震わせているその姿に胸がざわりと波をたてた。


落ち着け、慌てるな、そう言い聞かせて、静かに歩き、息を整える。


「ご令嬢、ご気分がすぐれませんか?」


彼女は少しビクッと肩を揺らすと「…大丈夫です」と小さく息を吐くように答えた。

それは先ほどのダンスの時とは全く違う声だった。


「近くへ行っても大丈夫でしょうか?」

「…」


無言で頷く彼女を確認した私は、彼女の傍へ近づくと、脱いだジャケットを彼女の肩へとかけた。


「ついて来れますか?」


俯く彼女の手を出来るだけ優しく引いて、私室近くの客間へ案内した。


「ヴィヴィアン…が無理なら彼女に聞いて近い人を。それまでは君がドアの傍で。

君達は部屋から出てくれるかな?」


客間へ向かう途中で声をかけた侍女に指示を出し、護衛達を部屋から出す。

護衛達は渋い顔をしていたが、私が苦笑いをすると、察して出てくれた。


程なくヴィヴィアン…が部屋へ入って来た。

王妃教育の為に王宮内で暮らしていて良かったと、この時ばかりは見た事も無い神に感謝した。


「殿下…」


程なく部屋を訪れたヴィヴィアンは一目で状況を察してくれた。


「では私は後で…ヴィヴィアンよろしくね」


そう言って席を立ち、扉へ向かうおうとした時、ぐいっと後ろから腕を引かれた。


「ま、待って下さい…置いていかないで…」

「えっ…」


小さく息を呑む私に、震えながら腕をつかむ少女。

そんな私達の様子に、ヴィヴィアンは戸惑いながらも「殿下も側に」と告げてくれた。



それは少女にとって最悪の話だった。

辺境から王都へ来た事と、デビュタントの緊張から解放された事で、どっと疲れが出たのだろう。

顔色の悪い彼女に、一緒に参加したと言う彼女の従妹が、休んだ方が良いと言うので、休憩室へ共に向かったらしい。


彼女はソファに座らせた後、お茶を頼んでくると言って部屋を出た。

程なく部屋のドアが開いたので、従妹が戻ったのかと思えば、彼女の兄がお茶を持ってやって来たのだった。

顔見知りの従兄にすっかり安心した彼女は、差し出されたお茶を素直に飲んだ。


気が付くと、ベットの上におり、自分の髪と服は乱れていた。彼女は一瞬何が起きたか分からなかったそうだ。


「君が次の辺境伯夫人だ、悪くないだろう?」


そう言った従兄の満足そうに笑った顔は、ひどく歪に見えたと言う。


次に気が付くと、自分は噴水の前で泣いていたと。

水面に映る自分の姿が惨めで、情けなくて泣いていたと。


従兄には、ほのかな恋心も有ったと言う。ちゃんと言ってくれればこんな事にならなかったのにと。

それでも彼は自分の知らぬ間に無体を働くような男なのだと思うと、急に恐ろしくなって身の上が怖くなったと言う。


「なんと酷い…」

「…っ」


ヴィヴィアンは声も出さず、ハラハラと涙を流しながら彼女の話を聞いていた。



翌朝、悪友を呼び出した。

殴りたい気持ちを抑え、真向いの席へ座る。

私が声を出す前に悪友は「手は出してない」と言い切った。


「はっ?」

「だから、彼女には手を出していない」

「そんな言い分が通用するものか」


握ったこぶしにぎゅっと力が入る。


「少し…そう。少し勘違いさせて外堀を埋めただけだ」


悪友は事無くそう言い切った。


「…例えそうであっても…これはいくら何でもひど過ぎる」

「…あとはこちらの話なので。出来れば放っておいてくれませんか?」


そう言って頭を下げられてしまえば、何も言えなくなってしまった。

辺境には辺境のやり方がある…彼はそう言って部屋を出た。


その日の夜、私は夢を見た。

乾いた風を受けながら薔薇の彼女は馬に乗って駆けていた。

真っ赤な髪をたなびかせながら、私を見る彼女の唇は、ニコリと緩やかな曲線を描いていた。



翌日、辺境伯が挨拶に来た。


「色々とお気遣い感謝いたします」


昨日見た悪友と似た顔でそう告げた。

今から辺境の地へ戻るらしい。

薔薇の彼女の姿は見えなかった。



程なくして、私はヴィヴィアンに婚約解消の旨を伝えた。

彼女は怒る事無く、悲しむ事も無い顔で理由を尋ねて来た。


その時、初めて私に理由の無い事が分かった。

あの月の夜に運命が変わったとしか思えない。ただ自分が彼女の傍に居てやらなけらばならないと、そう思った。


『置いていかないで…』


その彼女の一言から逃れられない…そんな気分だった。



ヴィヴィアンはきっと悲しかったと思う。

私の気持ちが離れた事とか、今までの努力が無駄になるからだとか、そう言った事では無い。

多分、信用していた私が、何の相談もなく別れを切り出したその事が悲しかったのだ。

それでも彼女は気丈に「是」と答えた。


解消を伝えたのは、いつも二人でお茶を楽しむ庭のガゼボだった。

もう数えきれないほど、この場で、二人でお茶を楽しんだ。

懐かしい思い出に、こんな締めくくりが来るとは思わなかった。


感傷に浸る私が静にお茶を口に付けると、ヴィヴィアンが不意に話を切り出した。


「わたくし、実は冒険者になりたかったのです」

「冒険…者…⁉」


突拍子もない話に、お茶をふき出すかと思った。

そんな彼女に目を向ければ、その時の彼女の顔は今まで一度も見せた事が無いような晴れやかな顔をしていた。


「わたくしに王宮は狭すぎますわ」


ヴィヴィアンは笑いながらも、きっぱりとそう言い切った。


「あぁ、そうかも知れないね…」


気が付けば私の顔は涙に濡れていた。


「殿下…」


その時、彼女は初めて私にふれて、抱きしめてくれた。

ヴィヴィアンは私の背中をゆっくりと撫でてくれた。


後日談だが、彼女は宣言の通り冒険者となった。

引退後に綴った彼女の冒険譚は、女性の社会進出の後押しにもなったと言うから驚きだ。

本当に彼女には感謝してもしきれない。



ヴィヴィアンと別れた後、私は辺境の地へと向かった。

なりふり構わず…と言って良いかも知れない。


ヴィヴィアンとの婚約解消は、彼女の協力が大きかった。

彼女の父である公爵も娘がそこまで言うのなら…と認めてくれた。

公爵にすれば、私に借りを作るのも悪くない…との打算もあったと思うが、話が拗れずにすんで良かったと思う。



私は突然の訪問…というより、いわゆる突撃に近い形で辺境の地に入った。

そしてその勢いのままに薔薇の彼女に向かうと、結婚して欲しいと素直に自分の気持ちをぶつけた。


突然の婚約解消から始まり、熱烈な勢いでプロポーズ。

しかもお相手はデビューしたての辺境のご令嬢という事で、国民の中で大きな話題となり、盛り上がったのは懐かしい思い出だ。


プロポーズはどうだったか?だって?

そんな野暮な事は聞かないで欲しい。

そうだな…。

彼女はジャケットが温かかった…とか何とか言ってたかな?



暫く滞在した辺境の地で、私は何度も彼女を誘い、並んで馬に乗って駆けた。

「君のたなびく赤い髪が見たいのだ」と言えば、彼女は照れた顔で髪を解いてくれた。


そんな彼女の後ろで感じる馬上の風は、心地よくも私の心をかき混ぜた。


「愛しています」


赤い髪を指で絡めながらそう言えば、彼女は小さな唇をきゅっと閉じる。


その様子に懐かしさを感じていると、「わ、私もお慕いしております…」と小さく息を吐くように答えた。


「やはりこの地は、乾いた風が心地良いですね」


茜色に色づく空を背に、横へとなびく髪を撫でながらそう言えば、彼女は「辺境ですから」と答えた。


そんな彼女の唇は、ニコリと緩やかな曲線を描いていた。


やはりウォール地方の乾いた風は心地が良い。

振り替えれば、私の愛馬も、彼女の愛馬も喜んでいるように見えた。

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