陽月事変 - 後編

 果穂が部屋に入っても伊澄はまったく動かない。


「和泉君 大丈夫?」

「......」


 果穂は近づきながら話しかける。しかし、伊澄は一言たりとも返事をしない。それどころか全く反応がない。


「あのね...」


 果穂が何か言おうとした瞬間、伊澄は立ち上がって鞄を手に取り走って部屋を出て家からも出て行った。果穂も伊澄を追いかけて家を出る。


「待ってよ。どこ行くの?」


 果穂は逃げる伊澄にそう言うと伊澄は走るのをやめた。すると、雨がぽつぽつと降り始めてきた。雨はすぐに強くなった。伊澄と果穂は雨の中をただひたすらに歩いている。


「和泉君 帰ろ? このままだったら風邪ひいちゃうよ」

「帰りたいなら一人で帰れば」


 ようやく伊澄が返事をした。しかし、いつもとどこか口調が違う。どことなく怒っている声だ。

 果穂は伊澄の手を取った。


「和泉君と一緒に帰りたい」


 伊澄は歩くのもやめた。


「そっか。じゃあ...」


 伊澄は果穂の手を振り払い走って路地裏に入って行った。果穂も追いかけようとしたが、雨で足が滑って見失ってしまった。

 果穂は諦めて伊澄の家に戻った。


 家の前には伊澄の母と果穂の母がいた。


「果穂!」


 果穂の母は果穂を見つけると果穂をかさに入れた。


「どこ行ってたの? 急に出ていったって聞いたよ」

「ごめんなさい。伊澄君を追いかけてたんだけど、どこかに行っちゃって」


 果穂は涙ぐみながらもさっき会ったことを話した。伊澄の母も一緒に話を聞いた。

 夕方には果穂は母親と一緒に家に帰った。伊澄が家に帰ってきたのはその1時間以上あとのことだった。母親も何聞けずに一緒に晩御飯を食べた。


 土日は果穂が伊澄の家を訪れることはなかった。

 伊澄の母は伊澄が帰ってきたことは伝えたがそれだけだ。


 10月31日(月)、果穂は伊澄のことを心配していたがいつも通りに登校している。


「悪かったな」


 突然後ろから金髪の少年にそう言われた。少年はそれ以外何も言わずに先に進んだ。果穂と同じ学校の制服だ。


「っ、、、」


 果穂は話しかけようとしたが言葉に詰まった。誰かもわからないが、学校で見かけたときにでも話そうと、そのまま歩いて学校に向かった。


 果穂が教室に着くと席の周りに人だかりができている。



  ———3日前———


 果穂から逃げた伊澄は服やズボンを軽く絞り、近くのトンキに入った。

 伊澄は軽く物を買い近くの公園の公衆トイレに移動した。

 伊澄がトンキで買ってきたヘアカラー剤(金)、ピアサー、それにいくつかのピアス、あとはタオルや櫛といったものだ。

 伊澄は髪を染め、ピアスを開けた。しかも、ピアスは両耳ともに何ヶ所か開けた。


 伊澄が家に帰ったとき、伊澄の母は変わり果てた伊澄に何も言えなくなりそのまま、月曜日の朝になった。


「きょ、今日果穂ちゃんにあったら謝りなさいよ」

「そっか。あいつには迷惑かけてたのか」


 そうして伊澄は登校中、果穂とすれ違う時に「悪かったな」と言って速足で学校に向かった。


 学校では周りから視線を集め、教室に入れると


「ぅえ、お前和泉か?」

「そうだけど」


 早速注目の的になった。


「なんで染めたの?」「てかピアス開けすぎじゃない?」「痛くないの?」「どこで染めたんだよ」


 終わりそうにない質問攻めにあいながらも伊澄は自分の席に行った。


「そんなに一気に聞かれても分かんないから一人ずつ言って」

「「「「「〇×△×〇◇△××◇」」」」」


 みんな同時に行って何を言っているのか余計に分からなくなった。


「お前ら一人ずつの意味わかってる? 誰が一斉に言えっていたんだ?」

「悪い」「まさかみんな被るとは思わなくて」

「もういいから、聞きたい事って何?」


 今度は誰も言わなくなかった。さっきのことでみんな遠慮したのだろう。


「あ、じゃあいいかな?」


 そうして、一人ずつ伊澄に質問しては伊澄が答えを繰り返していった。

 果穂が来た時には他のクラスの人も入ってきていて果穂は自分の席に行けないほどの人だかりができていた。


「あのー、私の席そこなんだけど、通してくれない?」


 果穂が声をかけると多少の隙間は出来たが通れるかと言われたら無理だろう。


「あの!」


 果穂の声が教室中に響き渡った。


「あ、科野じゃん。やっほー」


 伊澄が椅子の上に立って言った。


「え、和泉君!?」

「みんな邪魔になってるの分かんないの? てか、クラス違うやつらは何でいるの?邪魔だから自分のクラス戻れよ」


 さっきまでの楽しんでた伊澄の声から一転、圧のかかった声で言った。他のクラスの子たちはしぶしぶ自分たちのクラスに戻って行った。


「和泉君、その髪って...」


 伊澄は椅子から飛び降りた。


「染めた。ついでにピアスも開けた。変だったかな?」


 さっきの威勢は何処へ行ったのやら、伊澄の声はすごく優しく聞こえる。


「ううん。すごく似合ってるよ」


 果穂は微笑んだ。安心したように涙が流れる。


 伊澄が呼び出されたのは言うまでもないだろうが、伊澄は決してピアスを外すことも、髪染めを落とすことも黒染めもしなかった。

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幼馴染がグレてしまった。 伍煉龍 @gorenryuu

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