4. 間隙

 片付いてるけど、殺風景な部屋だった。

 すごく頑張ってきれいにした運動部の部室のような、そういう感じのプレハブの部屋。

 ココロが育った部屋だ。

 街も、プレハブとか、武骨なコンクリートとか、全体的に飾り気や遊び心に乏しい作りだった。

 いつ壊されるかわからないから。壊されたら、すぐに直せた方がいいから。

 ココロが暮らしていたのは、そういう世の中だった。

 6歳の時、魔法少女になれるねと、家族に喜んでもらえたことをとても大事にしている。

 そうやって、今まで。

 今までといっても、たった9年の。

 

 おにーさん。おにーさん。ゆうだいおにーさん。

 もう大丈夫だよおにーさん。


 目をあけると、ゴツい体にチェリーピンクの頭を乗せたココロがいた。後頭部に馴染んだ手の感触があった。当たり前だ。そもそもおれの手なんだ。

「身体、ありがとう。おにーさんの身体、とっても良かったよ」

 誤解を招くようなこというなよ、と返したらきょとんと首をかしげたので、あわてて「なんでもない。役に立ったなら良かったよ」と言い直した。


 苦しくなった。ココロがまだ子供だというのを突き付けられた気がした。

 

 周りに音がない。ただ、なにかセピア色の映像に囲まれている。怪人とココロの戦いで起こった破壊の順序を、逆再生で見せられていた。

 視界の隅っこにあるタイマーがカウントアップしている。ペースがカウントダウンよりも早いので、2倍速とか3倍速の早戻しなんだろう。

 そして、これが30:00になったら全部おしまいということで。

 この子は。

 もう生きられない。


 なんでもありの30分ヴァーリトゥード・ハフアンナワーが元に戻す対象には、おれの身体の貸し出しも含まれている。ココロはまた首だけになって、そしたらあと1時間程度しか生きられない。自分用の身体に戻れなければ助からないのだ。

 それを承知の上で、彼女は来たのだ。責任を取るために。


「ご迷惑、おかけしました」

「いいよ」

 他に言いようもない。

 タイマーの数字は増えていく。イベントスペースはすっかり直って、魔法の映像はモールの中を映している。


「おでこの怪我、おれだよな? 痛かったよな。ごめんな」

「いいよ。しょうがないよ。あたしのほうこそ、おにーさんの記憶ね、ちょっと見ちゃった。ごめんね」

「そんなの、別におれは」

 おれだって、ココロの記憶をみてしまっているし。

「おにーさん、ここって、いろんな、お買い物とかするところ?」

「そうだよ。服とか靴とか。コーヒーに生クリームのせて、キャラメルシロップかけたのとかもある」

「なんか、よくわかんないけどいいなぁ! アイスクリームある!?」

「あるよ。三種類のっけて贅沢するとか」

「種類があるの!?」

「うん。チョコとか、いちごとか」

「いちご! 大好き!」


 破壊の跡が直っていく。


「おにーさんの世界、いいね。すごい楽しそう。あたし、こんな大きな建物、魔法少女の地下要塞ぐらいしか知らないや」

 なんて言ってやればいいのか、おれにはわからなかった。

「きっと、あたしんとこも、これからこんなふうになってくよ。きれいで、たのしくて、おいしいものだってたくさん」


 カウンターの数字が増えていく。いま16:00になった。


「おにーさん、彼女さんいるんだね」

「……ああ。いるよ。今日も一緒に来てたんだ。それで、映画を観て、おわったらクレープ食べようって話してたんだ」

 はるかの事を考えると、声がうわずってしまう。ココロに頭を撫でられた。

 手はおれのものだけど、使い方はどこか違うように思えた。

「だいじょうぶだよ。ちゃんと、全部元通りになるから」

「うん」

 周りでは、落ちたコンクリートが浮き上がって収まったり、破片が集まって塊に戻ったりしている。

 タイマーが22:00を越える。

「ね。恋人がいるのって、やっぱりいい?」

 言葉に詰まった。遥との恋愛は素敵だ。かけがえがない。どう伝えればいいかわからないぐらいに。

 それをココロに伝えて、夢を見せて。彼女はあと1時間ぐらいしか生きられないのに。

「あのー、あんまり、聞いちゃいけない感じだったり、しました?」

 急に敬語になるなよ。そういうんじゃないんだよ。

「恋人がいると……」

 たとえこのあと死ぬのだとしても、いまここにいるココロの気持ちに、興味に、答えないことをおれは許せるだろうか? 遥は認めてくれるだろうか?


「恋人がいるとな、いい人間になれるような気がするんだ」


 遥と付き合い始めて、そう思った。


「昨日よりもいい人間になろうって思えるんだ。そうしたら、喜んでもらえるんじゃないかとかさ。それに、いままでできなかったことでも、できるようになるんじゃないかってなるんだ。それまで興味が無かったことでも、遥が好きそうなものが急に眼に入って来たりするんだよ。ぜんぜん、それまで知らなかった色とか、味とか、匂いが分かるようになるんだ。とってもいいよ。恋人がいるのは」


「急にたくさんしゃべるね」

 ココロがくすくすと笑っている。

「そっかー」

 って無邪気にまた笑った。おれの頭をささえる指が震えた。

「恋、してみたかったな」

 それで、ぐしゃっと顔を歪めて、ボロボロ泣きだした。


「……生きてたい……。死にたくないよぉ。まだ、生きてたいよぅ……」


 おれはもう見ていられなかった。ココロの手の中でおれもボロボロ泣いて、それでも視界の端っこのカウンターは容赦なく進んでいった。

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