第9話 ありがとう、シャロン

シャロンは、思ってもみないことを言われたのか、彼女にしては珍しく目をまん丸にしてぱちくりさせた。面白い、コンピューターみたいに冷静沈着なシャロンがこんな顔をするんだ。わたしは、笑いたくなるのをぐっとこらえた。


「あなた、いきなり何を言い出すの?」


「シャロンがいなかったら、わたしは今日もモヤモヤしたままベッドに入っていたわ。でも、あっという間に解決して見せてまるでマジシャンかエスパーみたいだった。すごくカッコよかった!」


わたしは、両手を広げて、正直な気持ちを伝えただけだが、シャロンは大分恥ずかしかったのか、迷惑そうに顔をしかめ、何かを誤魔化すように軽く咳ばらいをしてから答えた。


「あんなの推理のうちにも入らないわ。赤と緑を間違える人がたまにいるということを知っていれば誰にでも分かること。こんなことくらいでおだてないでちょうだい」


「でもわたしには分からなかった。シャロンが助けてくれたから今日のうちにノートが見つかったのよ。あなたがいい人でよかった」


「ちょっと、さっきから聞いていればあなたお人よしすぎるわよ。さっきも何よ。ハリエットがすぐにその場で自分がやったと申し出ていれば、あなたが変に疑われることもなかったのに。おまけに正直に言わなくていいなんて。ノートは見つかってもあなたへの疑いは完全に晴れないってことじゃない!?」


この発言には別の意味で驚いた。まさか、わたしのことを心配してくれたということ? それを知ったら更に嬉しくなってしまった。


「ノートが無事見つかれば犯人探しなんてすっかり忘れるよ。そもそもわたしが盗む理由なんてないし。でも、シャロンがそんな風に思ってくれたなんて嬉しい。わたしのことを考えてくれたのね」


「ちょっとあなた、なんてことを言い出すの!? おかしいわよ!」


「おかしくなんかないよ。ハドソンさんも言ってたもの、あなたは本当は優しい子だって。お姉さんだって心配してたわよ」


「マーガレットが!? それこそ余計なお世話よ! あいつだけには言われたくない!」


それまで顔を真っ赤にしてたじろいでいたシャロンは、姉のことを引き合いに出された途端ぷりぷりと怒り出した。どうやら姉妹仲はそんなによろしくないようである。わたしは、やれやれと言うように肩をすくめた。


「でも、ハリエットのことはあれでいいの。色の見え方が違うってこと隠したがっていたじゃない? 誰でも人に知られたくないことってあるものよ。だから、何が何でも馬鹿正直に伝える必要はないかなって思ったの」


「人ってそういうものなんだ……私にはよく分からない……」


それまで見事な推理を披露していたシャロンが、本当に分からないというように、顎に手を当てに思案顔で呟いた。彼女にも分からないものがあるのか。わたしにとっては、さっきのの方が難しいのに。不思議なこともあるもんだ。


その時、突然ドアのノックの音が鳴って、わたしは飛び上がった。消灯後の見回りをしていたハドソンさんがやって来て声をかけたのだ。


「とっくに消灯時間は過ぎたのに、部屋に灯りが付いているのはこの部屋だけよ。まだ試験期間じゃないでしょう? 早く寝なさい」


時計を見たら10時を過ぎてる! こんなにじっくり話し込んでいたなんて気づかなかった。慌てて電気を消してベッドにもぐる。でも、わたしの心は浮足立ったままだった。


(よかった、友達になれそうな人が一番身近にいた。冷たい人だと思ってたけどそうじゃないんだ……シャロンと一緒にいると楽しいことが次々に起こる気がする……)


わたしは、やっとここでの生活が楽しみになってきた。そんなワクワクの予感で、その日はなかなか寝付けなかった。


**********


それから一週間ほど経ったある日、わたしは、学校の廊下でマーガレット・ホームズに呼び止められた。


「あなた、なかなか順調にやってるようじゃない。まだシャロンと同じ部屋にいるなんて最長記録よ。私が目をかけただけあるわね」


マーガレットは、今日もドリルのツインテール姿で、腕を組み仁王立ちになり、不敵な笑みを浮かべていた。この人はいつ見ても自信満々な態度だ。そんな彼女を見て、わたしはやれやれというように肩をすくめた。


「こないだシャロンに困っているところを助けてもらったんです。それがきっかけで前よりお喋りするようになって。わたしは、これから仲よくしたいと思ってるんですが、向こうはどうなんでしょう? いつも素っ気ない態度なので分からなくなることがあります」


「大丈夫よ。あの子感情表現が下手だから不愛想に見えるけど、そういう時は内心まんざらでもないから。あなたのことも気に入ってるはずよ」


「本当ですか? 全然そう見えませんけど?」


「本当よ。私が一番あの子のことを分かってるの。その私が言うんだから間違いないわ。これでやっと少し肩の荷が下りる。あの子にも友人と呼べる者ができてよかったわ」


マーガレットとしては、シャロンのことを思ってそう言ったのだろうが、何となくその言い方には引っかかった。わたしは、ちょっとむっとして、マーガレットに言った。


「シャロンはもう子供じゃありません。お姉さんに心配されるのどちらかと言うと嫌がっているみたいです。少しそっとしておいたらどうですか?」


それを聞いたマーガレットは、怒るどころか興味深そうにわたしを覗き込んだ。


「やっぱり私の見込んだ子だけある。あなた、シャロンの友人としての才能があるわ。あの子をこの世界につなげる橋渡し役として頑張ってね。何かあったら私の所に相談に来て。いつでも力になるから。それじゃよろしく」


一体何を言い出すの!? 姉妹どっちも変わってる! マーガレットがその場を去って見えなくなった後も、わたしは呆れ返って、しばらくその場に立ち尽くしていた。

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