第7話 ジェーン、事件に巻き込まれる

マーガレットは目をかけていると言ったが、目を付けられているの間違いじゃないかな。彼女と別れたらどっと疲れが襲って来た。早く友達を見つけてどこかのグループに入らなければ私まで浮いてしまう。そんなことを考えながらも、また一日成果を得られず、私はベイカー館へと戻った。


友達を作らなきゃというプレッシャーだけでぐったり疲れる。自分でもなぜこんなに焦るのかよく分からない。多分、家族と離れて一人で生活することになって、逃げ場を塞がれたと思っているからかもしれない。生まれてこの方、引っ越しもせず同じ土地で暮らしてきたので、地元の友達と一緒に過ごすことに慣れ過ぎてしまったのだ。


ベイカー館へ帰って来たわたしは、部屋で少し休もうかなと思った。シャロンは、部活には入っていないはずなのにいつも帰りが遅い。前にちらと言っていた「実験」とやらのせいだろうか。


本当は友達とわいわい話せたら、あっという間に疲れなんてふっとんじゃうんだけどなあと思いながら、結局談話室へ行くことにした。少し騒がしい環境のほうが、今のわたしは却って心が落ち着く。


いつも談話室には常に誰かがいるが、お喋りしたり一緒に宿題をしたりと、みんな自由気ままに過ごしている。一人で集中して勉強をするなら自習室があるが、誰かと一緒にお喋りしながら宿題をやりたい、雑音の中で勉強した方が却ってはかどるというタイプの子は、敢えて談話室に来ることもあった。


わたしは、ここなら誰かが話しかけてくれるかなと淡い期待を持って来るのだが、既に友達のグループが完成しているし、かと言って自分から話しかけるほどの勇気もなく、結局どこへも入れず乗り遅れたままだった。


しかし、この日はいつもと違っていた。いくつかある白いテーブルの一つを中心に人だかりができており、どうやらひと悶着起きたような雰囲気が漂っている。何事かと思い、わたしもそこへ行ってみた。輪の中心にいるのは2年生の生徒らしい。ここに来てまだ2週間なので、さすがに名前までは知らなかった。


「夕べここで宿題をしていて、ノートを置き忘れたの。後で思い出して朝に取りに行ったらあったはずの場所になかったのよ。鍵を開けて朝一番に行ったのに。お陰で今日のうちに提出できなかったわ。昨日最後にここを出た人は誰?」


「あの、わたしです」


わたしはおずおずと手を上げた。談話室は9時までしかいられず、最後に残った人がハドソン夫人から鍵を借りて消灯と施錠をするのだ。なるべくシャロンと二人きりになりたくないわたしは、昨夜もぎりぎりまで談話室で粘っていた。


「あなた、私のノート見なかった?」


「どの辺にありましたか?」


「あそこのテーブルの上だけど……」


わたしは指さした方向を見ながら記憶を総動員して何とか思い出そうとしたが、心当たりはなかった。こんな時「同じものを見ていても見逃さない」シャロンなら覚えているのだろうか。ふと、頭の片隅でそんな考えがよぎった。


「ごめんなさい、なかったと思うんですが、よく覚えてません」


結局正直に言うしかない。微妙な沈黙の間が空く。誰も何も言わないことに、わたしは少し気まずさを覚えた。もしかしてわたし疑われている?


「そ、そうなの。じゃ、後で見つかったら教えてね?」


上級生は、戸惑った表情を浮かべたまま引き下がった。その場はそれで解散となったが、みんな何となく割り切れないものがあるようで、その場からなかなか離れられず残っている。わたしも、心のモヤモヤが晴れず立ち往生していた。


どうしよう。まだここに来たばかりなのに、早速ケチがついてしまったら。家族は遠く離れた外国にいるし、他に行く場所もない。ここでしくじるわけにはいかないのだ。


夕食の時間も、魚の小骨のようにそのことが引っかかって、食事が喉を通らなかった。この日はジャガイモのグラタンでとてもおいしそうだったのに。グロリアとトリッシュがそんなわたしを見かねて声をかけてくれた。


「そんなに気にすることないわよ。ノートなんてすぐにどこからか出て来るわよ」


「そうよ、誰もあなたのことなんて疑ってないから心配しないで」


二人がそう言ってくれるのはありがたかったが、わたしの心は完全にはすっきりしなかった。ノートが見つからない限りは、わたしへの疑いは完全に晴れない。


「そうだ。こんな時シャロンに相談してみれば? ほら、こないだもハドソンさんの犬を見つけたって言うじゃない。物探しは得意なはずよ」


「シャロンに!?」


「そうよ。せっかく同じ部屋なんだから相談しなさいよ。きっと役に立つわよ」


あのシャロンに頼むですって? 眉間にしわを寄せて迷惑そうな顔をする彼女が容易に想像できてしまってわたしはためらった。どうせ何のかんのと理由をつけて断るに決まってる。でも、このまま自分が疑われているような状態は耐えられないので、思い切って頼んでみることにした。


食堂を見渡すとシャロンの姿はもうない。既に食事を終えて部屋に戻ったようだ。彼女はいつもそうだ。食事を楽しむという感じではなく、半ば義務のようにさっさと食べてはすぐに部屋に引っ込んでしまう。


わたしも221B号室へと戻った。予想通り、シャロンは先に部屋に帰っていた。


「あの……シャロン? ちょっと相談事があるんだけど話を聞いてくれない?」


わたしは、机に向かっているシャロンの背中に向けて、言いにくそうにおずおずと切り出した。シャロンはくるっと素早く振り返りわたしを正面からじっと見つめた。この遠慮のない視線が苦手なんだよなあ。わたしは、シャロンの視線に圧倒されて、しばらく言葉が出なかったが、意を決して口を開いた。


「あのね、夕べ談話室で2年の先輩のノートがなくなったんだけど……」


わたしは、シャロンに詳しいいきさつを説明した。シャロンは、椅子に座ったままひじ掛けに頬杖をついた状態でじっと聞いていた。


「夕べ、談話室には何人くらい残っていたの?」


「わたしを入れて7人くらいいたかな……」


「そのうち勉強をしてたのは?」


「その2年の先輩の他には……1年生が一人でしょ、あと3年生が二人だったかしら。みんなテレビから離れた奥まったスペースに座っていたわ」


「その時あなたは何をしていたの?」


「わたしは、一人がけのソファで本を読んでいた」


「昨日のことなのによく覚えているのね」


シャロンにそう言われ、わたしはわずかに顔を赤らめた。彼女に「同じものを見ているはずなのにちゃんと観察していない」と言われてから、意識して見たものを記憶するように心がけているのだ。シャロンの影響だと本人の前で認めるのは、ちょっと恥ずかしくてできなかったけれど。


「あなたがよく覚えてくれたお陰で大体のことが把握できたわ。1年生の人に話を聞きに行きましょう。その時に簡単なテストをしたいから適当な本を持っていきましょう。分かりやすい絵があるといいんだけど……ああ、これでいいわ」


シャロンはそう言うと、本棚を物色して一冊の本を手に取った。


「え? 3年生の人は?」


「私の推理が確かならば必要ないと思う。どちらかと言うと怪しいのは1年の方ね。消灯になる前に会いに行きましょう」


シャロンは何を言っているのだろう? これだけの情報でなぜそこまで分かるのだろう? 頭の中がクエスチョンマークだらけになったわたしをよそに、シャロンはパジャマの上に薄手のカーディガンを羽織って立ち上がった。

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