栞と僕

福山典雅

栞と僕

 僕は19歳で大学に通っている。


 夏休みに地方都市である田舎に帰り、今日は高校の同窓会で母校に行く。地元の友人に車で迎えに来てもらい、何人かと相乗りして向かっている時だった。


「なぁ、奏多かなた。お前、美咲栞みさきしおりの事、聞いてる?」


 不意に友人から出て来た女の子の名前。


 高校での僕の親友、それが美咲栞だった。





 高2の時に席替えで隣になった彼女は、僕に唐突に話しかけて来た。


「ねぇ、奏多くんって男女の友情を信じる?」


 少し勝気な瞳でセミロングの髪を揺らす美咲栞は、僕より少し大人びて活発な女の子に見えた。


「……いきなり呼び捨てにされるのが友情なら、僕はあざとい系の女の子みんなに友情を感じるけど」


 僕が率直にそう答えると、栞は嬉しそうに微笑んだ。


「うん、やっぱり奏多くんっていいよねぇ。あのね、私は肝心な所ですれ違う事が出来る男の人なら、絶対に恋愛に発展しないから友情ってあると思うの!」


「ねぇ、それって、僕が肝心な所で君をがっかりさせる男だと思ってるって事?」


「そう! 奏多くんってそんな匂いがする!」






 とても失礼な出会いだったけど、僕と栞は不思議と気が合った。


 共通の趣味や話題はなく、絶妙な距離感を感じる僕らは、気軽に思った事を喋り合う間柄だった。栞の態度も変に勘違いさせる様な事もなく、まるで子供みたいに無邪気で、僕はそんな彼女に恋愛感情など全く持たず、むしろ良き友人であろうと心掛けた。


 高3になっても僕らは、気楽に昼食を共にしたり、たまに一緒に出かけたりしていた。周囲は僕らが付き合っているんじゃないかと疑う空気もあったけど、僕はそういう邪推を軽蔑した。


 僕は彼女に対し、はっきりと友情を感じていたし、思いつきみたいな恋愛感情で、彼女の想いを裏切る真似は決してしたくないと考えていた。


「そうかぁ、奏多くんは大学に行くんだぁ」


 進路の話になった時に、彼女はあまり見た事のない表情を浮かべた。


「私はお父さんから大学に行けって言われているけど、遊んじゃいそうだから実家の会社に就職するよ。つまり社会人! 奏多くんからは先輩だね!」


 その時の彼女は、やはり少し大人びて見えた。


「僕からみれば、社会人であろうが、学生であろうが、栞は栞だ。変らないよ」


 僕が少しの負け惜しみと本音を語った瞬間だった。


 それまでニコニコしていた彼女の勝気な瞳が潤んで、涙がぽろりと零れた。


 なんで? って僕が思った瞬間、栞はすぐに涙を拭って笑った。


「ばーか、なんか泣けちゃった」


 その時の僕には、彼女の涙の意味がわからなかった。




 高校を卒業後、僕は大学に進学し、栞も親の会社に就職した。


 だが、僕が地元にいなくなったせいだろうか、彼女にメールを送っても返事が来なくなり、僕達は一気に疎遠になった。少しだけ、いやかなり傷ついた僕は大学一年の間は、「バイトが忙しいから」と親に告げ、栞のいる田舎には戻らなかった。


 そして二年のこの夏休みに同窓会があり、「絶対に出ろよ」という友人達の声から渋々帰郷したのだ。





 かつて通った高校に辿り着き、僕は栞に今から会うのかと躊躇していた。なぜなら、車の中で友人達から聞かされた事。


 19歳の栞はこの秋に結婚する。


 彼女の親の経営する建設会社が、不況のあおりで破産寸前になった。会社を畳めば済む話だが、栞は親の為に大手の会社の子息と見合いをし結婚を決めた。そのおかげで銀行からの融資を引き出すという無茶な選択をしていた。


 馬鹿な話だ。


 僕には到底信じられない時代錯誤な考えだ。娘が親の会社の為にしたくもない結婚を選ぶなんて間違っている、そう怒りがこみあげて来た。


 だが、それと同時に親思いで周囲に思いやりのある栞なら有り得る話だった。






 チョークで書かれたウエルカムボードのある教室に、僕が入った瞬間だった。振り向いた人々の中に、かつてよりも一段と綺麗になった栞がそこにいた。


「奏多くん!」


 以前と変わらない無邪気な笑顔がそこにあった。


 僕は言葉に詰まってしまって、何を言っていいかわからなかった。


 僕らが向かい会った瞬間、何故か教室の中にいた全員が足早に出て行った。


 栞は構わずに僕に語りかけて来る。


「あのね、色々聞いてると思うけど、私はどうしても奏多くんに会いたかったの」


 少し瞳を滲ませて笑う彼女が、涙をためて僕に言った。


「あなたが好きでした」










 その後、栞と僕は色々と話をした。


 今回の同窓会は結婚する栞の為に、彼女の友人達が仕込んだ事で、ずっと好きだった僕と最後に会わせたかったらしい。栞がなぜ僕と付き合わず友情を取ったかと言うと、高二の頃から彼女の親の会社は経営が厳しく、僕が彼氏になってしまえば何かの形でその人生を狂わせるかもと考えての事だった。


 そして、その全てを聞き、僕の中にあった彼女への想いは強烈な恋心に変わり、そしてどうしょうもない現実の前に、その恋を諦めるしかなかった。


 僕はそんな自分が許せなかった。




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