D.Sー二人で始める異世界征服ー

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

D.Sー二人で始める異世界征服ー

「……叶羽。一体どこに行ったの?」


 日暮光莉は賽銭箱の前で手を合わせて九頭龍様に縋る。

 幼馴染の親友の朝比奈叶羽が失踪してからすでに一週間が経った。もう神様しか頼る伝手がない。この九頭竜神社は幼い頃から叶羽と一緒に境内で遊ばせて頂いていた。今でも二人でのんびりしたいときは境内で駄弁っている。叶羽との縁に関してここ以上に御利益がある場所もないはずだ。


 同じクラスで登下校も一緒。常に一緒にいた。なんでも話せる仲。悩み事も共有していた。抱えていたトラブルもない。本当は週末の今日も遊ぶ約束をしていたのだ。叶羽が自分の意志で失踪するはずがない。

 あるとすれば事件に巻き込まれたか。


「絶対に無事でいてよ……生きてさえいれば絶対に私が助けるから」


 どこまでも真剣な無垢なる祈り。

 その祈りに応えるかのようにスマートフォンから聞き慣れたメロディが流れた。

 叶羽専用の着信音だ。


「叶羽!?」


 すぐにスマートフォンをフォンを取り出し、指紋認証でロック画面を解除しようとして手が止まった。

 その必要がなかったからだ。


「……なにこれ?」


【異世界からメッセージを受信しました。許可しますか?】


 見たことのない謎のメッセージ。

 怪しすぎる。普段なら絶対に押さない。ウイルスに感染したとしか思えない。でも着信音は叶羽専用の物だった。もしもこれが事件への入り口だったとしても、それが叶羽に繋がるのであれば……。

 光莉の指は迷うことなく許可をタップしていた。

 スマートフォンの画面にノイズが走り、一瞬だけ複数の頭を持つ竜の姿が見えた気がした。そして異世界通信というアプリケーションが立ち上がる。

 そこに映し出されたのは叶羽の日記だった。


『異世界からメッセージが送信できるはずがないけど、日記代わりに送ることにしました。この世界ではなぜかスマホの電池が減らないし、宛先のないメッセージが送れるみたいなので。もしかすると誰かに……私の親友の光莉ちゃんに届くことを祈って。私の名前は朝比奈叶羽。異世界に勇者として召喚された日本人です』


「異世界に召喚!? ……生きてた……叶羽が生きてた」


 状況は理解できない。

 誰かの悪戯かもしれない。

 そんなことはどうでも良くて。

 ただ親友の生存が確認できた。その知らせが届いたことに涙が出てきた。この一週間ずっと探し続けていたから。

 その日から光莉は読み続けることになる。

 異世界に勇者として召喚された幼馴染の親友叶羽の日記を。


 ☆   ☆   ☆


「……はぁはぁはぁ。今日はアップされているかな?」


 叶羽が失踪してからすでに一ヶ月が経過していた。

 学校が終わると九頭龍神社に駆け込むことが光莉の日課になっている。

 異世界通信というアプリケーションが神社の境内でしか起動しないからだ。しかも光莉にしか認識できていない。そのせいで周りからも心配されている。仲の良かった親友が失踪し、毎日想い出のある神社にお参りに行く少女。このまま後を追ってしまわないかとカウンセリングまで受けさせられている。


 その危惧はある意味で正しい。

 すでに光莉の関心は異世界にいる叶羽とこの九頭竜神社にしかなかった。

 異世界通信を起動する。

 このアプリケーションは受信専用で光莉からは送信できない。異世界で一人苦しむ叶羽を見守るだけ。一方通行だ。それでも光莉と叶羽を繋ぐ糸なのだから縋るしかない。せめて一言。スタンプだけでいいから返信したい。もどかしい。

 今日の日記からも悩みながら戦っていることが見て取れた。

 最初は使命だと割り切り、前向きに魔物の討伐をしていたのだが、その行為に後ろめたさがある。叶羽は疑念を抱いているのだ。この異世界では人間こそが悪ではないのかと。


『なぜ邪魔をする。開放しろ。開放しろ。……またそう言われた。私もわかっているこの世界は歪だ。人間の生存域だけが豊かで他は荒廃している。魔物が出るのは隔離された祠みたいな場所からだけ。王様は魔物のせいで大地が荒廃したと言っていたけど、荒廃した地域に魔物は出ない。人が富を得るために世界を歪ませている。だから精霊が怒って魔物となって現れる。魔物達はそう言っていたし、精霊達もそう教えてくれた。私はなんのため戦っているの?』


 勇者は精霊の声を聞ける。

 人間の嘘を見抜いてしまう。異世界には三つの大国があり、それぞれ三体の精霊を祀っている。正確には捕らえられている。精霊の力を簒奪した。そのおかげでその三つの国の領土だけは豊かだ。

 そのせいで世界が歪み、時折精霊の憎しみが魔物となって現れて人間を襲い出すらしい。異世界の人間は呪われている。人間が魔物を倒すとその人が依代となり次の魔物になるらしい。

 だから呪われていない人間を異世界から召喚して倒させる。

 それが勇者の正体だ。

 精霊を開放すれば、人間は富と平穏な暮らしを失い、国が崩壊する。だから三国の首脳陣は情報を歪め、表では精霊を崇めながら、魔物の発生を呪いと呼ぶ。民はなにも知らされていない。


 異世界通信のアプリケーションの辞書機能にはそう書いてあった。

 どうも叶羽が見聞きした情報は辞書としてアップロードされているようだ。

 他にも国の名前や重鎮、おいしい食べ物などが確認できる。

 光莉にとってどそんなことはどうでもいい。重要なのは叶羽を救うことだけ。勇者になった人の結末はわかっている。叶羽にはあまり時間はない。

 九頭龍神社の社をキッと睨みつける。


「九頭竜様は私になにをさせたいの? 九頭龍様にも叶羽を救えないの?」


 光莉もただ傍観していたわけではない。地元の郷土史や昔の新聞を調べていた。

 この九頭竜神社を中心とした地域では時折、叶羽のように失踪する人が昔からいたらしい。戻ってきた人はいない。何十年おきのため関連性のないただの行方不明者扱いだったが、過去の勇者の名前と一致した。

 そしてこの地に眠る九頭龍伝説。

 この地には雌雄の九頭竜がいたらしい。つまり二体だ。この地を開拓しに訪れた武者はとても傷ついていた九頭竜を憐れみ、休めるように社を建てると、瞬く間に荒れた土地に河が流れて緑が生い茂ったという。

 けれど二体いたはずの一体は存在しない滝壺に消えてしまったのだとか。

 この地域と異世界は似ている。魔法がなく魔物もいないだけで土地の形まで似ているのだ。もちろん規模は異世界の方が大きいが。

 こちらの世界の九頭竜様から害意は感じない。むしろ縋るように光莉になにかを求めている。


「ねえ……九頭龍様? 私はどうすれば叶羽を救える?」


 すると異世界通信のデータが更新された。

 この街の地図と九つの社。巡る順番と異界渡りの儀式の方法だった。


「……やっぱりあるんだ」


 光莉はわざわざ記載してあった警告文を無視した。

 命の危険性があるうえにこの世界に戻って来れる保証はないと九頭龍様は教えてくれていたのに。


 ☆   ☆   ☆


「……思ったよりも時間かかったね。まさか朽ちた社があるとは思わなかった」


 流石に再建は求められなかったが簡易的な社は作った。正しい方角に割り箸の鳥居を作り、正しい供物を捧げる。気の淀みを正す。歩き方さえも神事。

 する前には身を清めて、肉などの穢れを含む食べ物も何日も抜いた。

 心身ともに世界の供物とする。


「そっか。間に合わなかったか。まあいいや。予定通りだし」


 正しき経路で社を巡り、九頭龍神社に戻ってきた光莉が見たのは賽銭箱の上に置かれたボロボロのスマートフォンだった。

 光莉の物ではない。

 見覚えのあるお揃いのメーカーの色違い。

 これは叶羽のスマートフォンだ。

 そっとスマートフォンのパスを通す。


「バカ……一人で諦めてるんじゃない」


 スマートフォンには送信できなかった大量の日記の下書きが残されている。

 そこに異世界通信には記載されていなかった恐怖があった。泣き言があった。葛藤があった。異世界への憎しみがあった。理不尽への嘆きがあった。

 ……光莉ちゃんに会いたいとあった。

 異世界通信の最期の日記には文字も酷い。


『ごめん光莉ちゃん……私はもう帰れない。魔王を倒しちゃった』


 魔王。それは魔物の王。

 魔王を倒してしまえば勇者だろうと呪われる。

 次の魔王の苗床になるのだ。

 それでも数十年の月日の平穏が異世界に訪れる。

 異世界人はその平穏の期間を求めて勇者召喚でこちらの世界の人間を誘拐するのだ。

 魔王を倒せば元の世界に返す。

 そんな嘘で魔物と戦い続けて、最後は魔王と化した同じ境遇の元勇者を殺害させられて、絶望の中で封印される。

 こんな結末が許せるだろうか?


 ボロボロになった叶羽のスマートフォンを大事に緋袴の裏側にある収納ポケットにしまう。

 持っていけるのは身につけた衣類と二つのスマートフォンだけ。

 金銭や身分証明書は財布ごと九頭龍神社の賽銭箱に捧げた。

 この世界との縁を断つために。


「異世界転移? 勇者召喚? 知るかそんなモノ。私は自力で異世界だろうとどこだろうと叶羽に会いに行く。たかが世界の壁程度で阻めると思うな」


 九頭竜神社のご神木が光り輝いていた。

 その中央には巨大な虚が口を開けて待っている。

 もちろん平常時には御神木に虚などはない。これが異世界への滝壺。大穴。世界を渡るための方法。

 安全性はない。

 必ず望む世界に行ける世界に渡れるわけでもない。

 渡った先が叶羽が眠る世界である保証はないのだ。

 それでもいい。

 外れだったら繰り返すだけ。何度も何度でも。


「今から助けに行くね叶羽。それまでいい子で眠ってなさい」


 こうして光莉はこの世界から姿を消した。


 ☆   ☆   ☆


『どれだけこうやって眠っているのだろう。私はいつ魔王に堕ちる』


 流れ込んでくる悪意と憎しみ。

 この異世界への愛着なんてもうない。

 親切な人がいた。笑いかけてくれる人もいた。無邪気に笑いながら遊ぶ子供がいた。平和な街中は心が安らいだ。


「………………ろ」


 その全てが欺瞞でできた仮初めの姿だとしても、守る価値はあったのだと思う。

 しかしそのためになぜ私が犠牲にならなければならない?

 この世界とは全く関係のない私がなぜ?

 理不尽に対する怒りが心を蝕んでいく。


「…………ぉきろ」


 一気に染めてくれればありがたいのに少しずつだ。まだ人間でいたい。光莉ちゃんに会いたい。そんな願望が変化を拒んでいる。もうどうしようもないのに。

 どうしようもない……はずなのに。


『あれ? あったかい。明るくなった? どうして?』


 冷たい暗い空間に光が差し込んだ。

 陽だまりが冷たくなっていた心と身体を暖めてくれる。


『どうして? この声は……ひかりちゃん!』


 声の主を認識した途端に意識が覚醒した。

 魂が形を取り戻す。


「叶羽! 起きなさいこのねぼすけ! 幼馴染の光莉ちゃんが起こしに来てあげたわよ!」

「……え? 光莉ちゃん?」

「ようやく起きたの? 相変わらずのんびりやね。まあ私も少しばかり遅くなったから仕方ないか」


 大きく目を見開く。

 ずっと会いたかった顔だ。異世界に召喚されてから毎日スマートフォンで確認していた。写真を眺めていた。録音していたボイスも毎日聞いていた。それだけが支えだったから。見間違えるはずがない。はずがないのに……幼馴染で大親友の日暮光莉本人だと認識できているのに。

 一瞬だけ別人であることを願ってしまった。


「光莉ちゃん……その姿は?」

「イメチェン?」

「そんなはずないでしょ!」


 ずっと会いたかった相手との再開。

 それなのに口から飛び出したのは怒声だった。

 光莉への怒りではない。

 変貌させた原因に対する怒りだ。


「いや……ボロボロはお互い様」

「私もそこまで酷くない! どうして魔王と戦った私よりもボロボロなの!? まずその髪はどうしたの!?」


 ショートカットと言うにも酷いざく切り頭になっている。

 なにより黒かった髪が真っ白だった。


「えーと……次元の狭間で迷子になっているときに奪われた?」

「次元の狭間!? え……えーとそ金色の右目は?」

「二つ目の世界で探しものを見つけるために神に捧げた」

「……右腕は?」

「ちょっと三つ目の世界を救うため死闘を演じたら取れちゃって。……もう叶羽のことを抱きしめてあげられないのは残念かな。安心して四つ目の異世界がここで当たりだったから」


 凄く困った顔でウインクされた。

 これは誤魔化したいことが光莉の癖だ。まだ話していないことがあるのだろう。

 光莉は嘘をつかない。だから言っていることを全て信じる事ができる。

 叶羽を救うために無茶をした。無茶苦茶をした。その結果として目の前にいる。いてくれている。

 だから両腕でギュッと抱きしめて、首筋に顔を埋めながら言葉を絞り出す。


「私をここから助け出すために光莉ちゃんはなにを支払ったの?」


 身体が軽かった。

 魔王化の呪いが解けている。それはありえない。ありえないことが起こっている。自力で異世界を渡ってきた幼馴染だ。

 本当に手段を選ばずに助けてくれたのだろう。


「まだなにも?」

「……まだ?」

「あ……うん叶羽……顔がちょっと怖い。ここは感動の再開で涙の抱擁を交わすとこでは?」

「いいから答えて」

「はい! 一年以内にこの世界の人間にとらわれた精霊九体を開放しないと私は死ぬ。そんな契約を交わして叶羽を開放してもらいました!」


 どうやったかわからない。

 会話不可な呪いそのものと契約を交わすなど本来は不可能だ。

 けれど不可能を可能にしたのだろうこの幼馴染は。

 首筋から顔を離して、まっすぐに光莉の目を見つめる。

 そこにはやはり嘘偽りが欠片もない。


「そう……わかった。光莉ちゃんを救うためにはこの世界を滅ぼせばいいんだね」

「いや滅ぼす必要はなくて、歪められた世界の機能を正常化させればいいだけだから」

「……あの人達が簡単に従うとは思えない。光莉ちゃんを救うのに一番手っ取り早い方法は滅ぼすことだよね?」

「そうだけど叶羽キャラ変わってない!? それができないから大人しく勇者してたんじゃないの?」

「変わるよ! 悲壮な決意で戦って、起きたらずっと会いたかった幼馴染が明らかに私よりも非業の運命辿ってボロボロになっていたら変わりますとも! 自分の甘ったれた考え方をここまで後悔させられることが他にある!?」


 あったのは怒りだ。

 この世界への怒り。

 簡単に諦めてしまった自分への怒り。

 どうしようもなく手段を選ばない親友に対する怒りはないわけではない。自分のことをもっと大切にしろと。昔からそうだった。わかっていたのに。

 やはり日暮光莉が自力で異世界転移して助けに来ることも想定せずに、先に諦めた自分に対して一番怒っている。

 親友に対する理解が足りていなかったなんて。


「あ……そうだスマホ拾ったから返すね。叶羽のスマホにも世界を渡るためのアプリとか色々インストールしておいたから。世界の壁が横たわっても互いの位置を把握できて連絡も取り合える優れもの。これで急に異世界召喚されても自力で帰ってこれるよ」

「本当に光莉ちゃんになにがあった!? ちゃんと聞かせて!?」

「あーそうだね。長くなるから話す片手間でこの異世界を征服しちゃおっか?」

「さっきの悲壮そうな話は片手間なの!?」

「うん……まあ一人だったら時間かかるけど、叶羽と二人なら簡単かなと」

「…………うん。そうだね二人ならね」

「それじゃあ互いに積もる話もありますし、駄弁りながら始めよっか」

「だね」


 こうして私達二人はこの異世界を征服し始めた。

 二人でダラダラと喋りながら。

 

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