唯一の方法

三鹿ショート

唯一の方法

 私は、弱者である。

 恵まれた体格の持ち主ではなく、頭脳明晰でもなく、道行く人々の目を引くような容姿ではないために、常に馬鹿にされるような人間だった。

 その場は笑ってやり過ごすものの、実際のところは腸が煮えくりかえっていた。

 私を笑う人間の顔面を殴りたかったが、たとえ不意打ちをしたとしても、返り討ちにされてしまうことは間違いない。

 行き場の無い怒りを発散した影響か、自室の壁は穴だらけだった。

 このまま他者に見下される日々を送るのかと落ち込んでいたが、どうやらそれは終わりを迎えることになるようだ。

 そのような思考を抱いた切っ掛けは、同僚が上司の妻と宿泊施設に入っていくところを目にしたことである。

 これを二人に伝えれば、私が黙ることを条件に、何らかの希望を叶えてくれるだろう。

 それは、二人を従わせるような力が私に存在するということに他ならない。

 暴力でも無く、財力でも無く、目にした事実のみで相手を従わせることができるなど、無力な私にとってこれほど嬉しいことはなかった。

 果たして、二人は私に対して協力金を毎月支払うようになった。

 働く必要が無くなるほどの金額だったが、私が辞職することはなかった。

 何故なら、会社で私の姿を目にしている限り、同僚は不安に苛まれ続けるからだ。

 私に接触しなくとも、怯えたような様子を見せていることに、私は笑みを隠すことができなかった。

 そこで、私は気が付いたのである。

 誰しもが何らかの秘密を抱えているために、それらを知ることで、私はそれらを材料に相手を従わせることができるのではないか。

 そのことに気が付くと、私は早速、他の人間たちの秘密を探ることにした。


***


 両手の指の数では足りないほどの秘密を知った私は、今では贅沢な生活を送ることができている。

 他者を殺めるような凶悪な罪を犯している人間は存在していなかったが、彼らにとって自分たちの秘密は、そのような重罪よりも明らかになることを恐れるものらしい。

 露骨に私の機嫌を窺うような人間は存在していないが、私に対する無礼な態度は、完全に無くなっていた。

 私を馬鹿にした場合、その人間は私に秘密を握られるために、当然といえよう。

 これまでの鬱屈とした生活が嘘のように、私は晴れやかな気分で日々を過ごしていた。


***


 仕事で知り合った彼女に、私は心を奪われた。

 彼女を私の所有物とするためには、彼女の秘密を握り、それを材料に関係を迫ることが手っ取り早いだろう。

 だが、どれだけ調べたとしても、彼女に弱みというものは存在していなかった。

 何の秘密も持たず、見たままに日常を送っている人間を初めて目にしたために、私が困惑することは無理からぬ話である。

 このままでは、彼女が他の人間に奪われてしまうだろう。

 ゆえに、私は一計を案じた。

 秘密を握っている相手の中で家族が存在している人間に、彼女と関係を持つように伝えた。

 そして、関係を持ったところで、彼女に対して、相手の家族や会社の上司が知った場合はどうなることだろうかと声をかけるのである。

 立場が危うくなることを恐れ、彼女は私に従うことになるだろう。

 そのような計画を立て、実行した結果、思い通りと化した。

 今では、彼女は毎晩のように私の隣で眠るようになった。


***


 自宅に入ったと同時に、私は袋のようなもので頭部を覆われてしまった。

 何事かと抵抗しようとしたが、相手の力が強いために、どうすることもできない。

 自動車に乗せられたのか、しばらく移動した後、私は頭部の袋を外された。

 眼前には、眉間に皺を寄せた彼女が腕を組んで立っていた。

 その表情から、彼女は私が自分を嵌めたことを知ったのだと察したが、問題はそれだけではない。

 彼女以外にも、これまでに私が秘密を握った人間ばかりが集まっていたからだ。

 私は、己の浅慮を呪った。

 秘密を材料に私に脅迫されていたとしても、それを他者に相談することは無いと、私は高を括っていた。

 しかし、自分たちの秘密の内容を明かさずとも、秘密を材料に私に脅迫されている被害者が自分以外にも存在していることを知り、その被害者たちが一致団結して私に報復を考えたのならば、私は一溜まりも無いのである。

 そして、自分たちが等しく同じ罪を持つことで、裏切り者を出現させないための抑止力とするのだろう。

 それを裏付けるように、眼前の人々はそれぞれ様々な武器を手にしていた。

 これまでの私の行為を考えれば、当然の報いであることは間違いない。

 ここで悪あがきをするほど私は愚かではないために、人々に向かって告げた。

「好きなだけ、私を痛めつけるが良い」

 その言葉を合図とするかのように、人々が近付き始めた。

 これから私は様々な痛みに襲われるだろうが、後悔はしていない。

 何故なら、私に痛みを与える人間の数だけ、私が他者を支配していたということになるからだ。

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