野営地の夜

 分隊の六人が眠るテントの中で、人の動く気配がする。薄目を開けると、俺と同時期に入隊したナナリがテントを出るところだった。めくれた膜の隙間で細い三日月が笑っていた。


 分隊長の怒声が夜明け前に俺たちを叩き起こした。


「おい、銃はどこにやった⁉︎ ナナリはどこだ!」


 全員分の銃剣がごっそり消え、見張りに立っていたナナリの姿が見えない。考えられることは一つだった。


「探してきます」


 俺はテントを飛び出した。行き先の見当はついていた。


 今日攻め落とすはずだった集落の見える岩陰にナナリはいた。七本の銃剣を抱えて。


 身構えたナナリに向けて、俺は軽く手を上げて見せた。


「そんなことしたって無駄だぞ。俺たちが行かなくたって、すぐに別の隊が派遣されてくるだけだ。お前が何をしようがどうせ皆殺しにされる。上に逆らうのは馬鹿のやることだ」


 ナナリは泥で汚れた顔で上目遣いに俺を睨みつけた。


「お前は疑問に思わないのか? 今までの村も、ただの田舎の集落だった。あの人たちが国家転覆を企んでいるとはどうしても思えない。淫猥で道徳心の欠片もない人でなしだと政府が言っていたのは嘘だったんだ」


「そんなことわかってるさ。奴らは奴らのやり方で真っ当に生きてるだけだろう。ただそのやり方が国のイデオロギーに合わなかっただけだ」


 この辺りの村々では男女は婚姻関係を結ばないまま子をもうけ、家督は母から娘へと継がれる。父親が誰であろうが嫡子が家長の子であることは疑いようがないので、浮気という概念がない。


 ひっそりと生き延びていた彼らの存在が人々に知られ、少なくない数の若者が彼らの生き方に共鳴したことで、国は焦り始めたのだ。このままでは家族という制度が壊れ、伝統が壊れ、国が壊れてしまう、と。


「それじゃああの人たちを殺すことに何の正義もないじゃないか。わかっててどうして殺せるんだ」


 今まで銃を向けてきた人々の顔が浮かぶ。男も女もいた。老人も子供も。実家の両親に似た顔もあった。


 心を殺して引き金を引いた。殺さなければ、上官に殺されるのは俺だ。


「俺一人がどうしようが何も変わらない。誰も救えない。お前も早く諦めろ。死ぬのは怖いだろう。反逆罪で処刑されないように言い訳を考えてやるから戻ってこい」


 ナナリは顔を真っ赤にして背を向けた。


「僕は自分の心から逃げない。集落の人たちを避難させて生き延びさせてみせる」


 長閑な集落へと駆けていくナナリを見送りながら俺は何かを思おうとしたが、感情が死んでいてよくわからなかった。


 ナナリが落としていった銃剣を谷底に蹴り落とし、俺は野営地へと足を向けた。


 脱走兵の痕跡すら見つけられなかった俺は、分隊長に何発か殴られるだろう。それだけのことだ。

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