クィアとオカルト

@enktake

ep1.エリンギさん

※閲覧注意

①性的マイノリティ(ノンバイナリー)が誹謗中傷と差別を受ける描写があります。

②上記のキャラクターがそれを苦に自死をする展開があります。

③これは私というノンバイナリー一当事者の人生の一部を編集して再構成したフィクションです。

④ノンバイナリーキャラクターは決して明るい展開にはなりません。


以上の事で、トラウマを想起したりフラッシュバックの可能性がある方は閲覧を絶対に控えてください。何卒ご協力のほどよろしくお願いいたします。


以下本編です。

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私がとあるSNSで彼の人に出会ったのは、だいたい3年くらい前だったと記憶している。

彼の人はインターネットでは概ね「エリンギ」と名乗っていた。エリンギだけでなくきのこ全般が好きなようだった。

さて、私がこのエリンギさんを「彼の人(かのひと)」と呼ぶには大きな理由がある。

出会った当初のエリンギさんはSNSの自己紹介欄に「ノンバイナリーです。よろしくね。」と書いていたからだ。私の記憶が正しければ、推しジャンルの繋がりたいタグか何かで出会ったはずだ。

当時、ノンバイナリーをなんとなくしかわからなかった私は、素直に検索サイトで調べる事にした。上位に出てきたサイト複数を読んだ後、ざっくり、ざっくりと「男女どちらでもない性自認を持つ人」という認識を持った。

男女どちらかを選ばせるような社会で刷り込まれた価値観はあれど、エリンギさん以外と接する時も、なるべく相手の性別を想定して話すのをやめてみる事にした。

そんな経緯があった。

エリンギさんとは直接そう言った話はほとんどしたことがなく、むしろ同じジャンルでの事で盛り上がる事が大半であった。おはようやおやすみなど、挨拶などを気軽に交わせる仲となった。


そんな牧歌的な関係が続いていたものの、ある日エリンギさんがアカウントを非公開にした。そして、いわく、粘着嫌がらせを受けている と私にDMで打ち明けてくれた。

誰かの複垢であろう悪口用アカウントが、エリンギさんの描くファンアートや二次創作を気に食わないとし、エリンギさんの「ノンバイナリー」である事までこきおろしはじめたのであった。

私自身これを思い出すといまだにはらわたが煮え繰り返り、精神状態がおかしくなる。だから、ここでは詳細は言わないでおく。

ここまでくると誹謗中傷な上、性的マイノリティに対する差別だ。何度も私はその悪口用捨てアカウントを通報したが、特に問題はないという返答が帰ってきてしまった。

エリンギさんはすっかり非公開にしてしまったアカウントで、怒ったり、悲しんだり、怖がったり、時に希死念慮を溢していた。心療内科にもかかり始めたという。

私は、何もできない自分に強い悔しさと怒りを覚え、ほぼ毎日のようにその悪口用アカウントを通報し続けていた。しかし、私の方も転職や引っ越し、家庭内のゴタゴタがあり、SNSに浮上する事がすくなくなっていった。日課である通報もほとんどできなくなっていた。


そんな事が1年ほど続いたある日の事。

ようやく身辺が落ち着いた、ある日の夜。久しぶりにSNSを開くと、フォローしているジャンルの人たちが大騒ぎしていた。

急いでタイムラインをスクロールすると、辿り着きたくない、知りたくなかった事実に、私は辿り着くこととなる。


つまりは、エリンギさんが、先日、自死をしたと。


エリンギさんの妹を名乗る人が、エリンギさんのアカウントから、今まで仲良くしてくださってありがとうございました、と、努めて淡々とお知らせをしてくれていた。


エリンギさんは、ノンバイナリーである事を否定され、バカにされる事をずっと苦しんでいた。


ジャンル内の人は皆、ご冥福を、とか、ご愁傷様です、とか、極めて常識的なリプライをエリンギさんのアカウントに送っている。

私は、その妹というのも狂言でもいいから、エリンギさんが生きているのでは、と思いたかった。これ以上タイムラインを追うのはやめ、何もエリンギさんのアカウント(つまり、妹さん)に対して送ることもなく私は衝動的にアプリを消した。


アプリを消して1週間くらい経った頃だろうか。テレビのニュースで、同性婚の法制化を求めるデモが行われた事を知った。そういえば、エリンギさんも、このデモにハッシュタグで連帯していたな…と思い出し、もうエリンギさんがいない事を考えてしまい、悔しい気持ちで一杯になってしまった。私が少しでもSNSを覗いて、彼の人に声をかけていればよかったんじゃないか、そうすればもっと違う結果があったんじゃないか……と視界が滲む。最近はずっと、こんな調子だった。


思考から目を逸らそうと、ベッドに目をやると、エリンギさんがUFOキャッチャーでとってくれた、私の好きなキャラクターのぬいぐるみがこちらを見ながら微笑んでいる。

これは、エリンギさんが、私を信用して、送ってくれたものだった。


ぬいぐるみを見ているうちに、涙が止まらなくなった。会いたい。エリンギさんに会いに行きたい!


私は人からもらったものは、箱ですらなかなか捨てられないタチであり、今回はそれが幸いした。私はぬいぐるみの入っていた箱を押し入れからなんとか引っ張り出し、エリンギさんの住所を確かめた。エリンギさんの住所は、なんとかいけないことはない距離であった。

私は仕事のない日曜日に、エリンギさんの家に行く事に決めた。何が残ってて何が残っていないかは私には関係なく、ただ、居ても立っても居られない、そんな気持ちのまま行動したくなった。そう考えて明日の仕事に備えて床に入った。考えたくなくても、エリンギさんの事が頭の中をぐるぐると回ってしまう。自然に涙も出てきて、悔しい気持ちは変わらず燻っている。

泣き疲れて、いつの間にか寝ていたのだろう。ふと目が覚めてスマホの時間を見ると深夜3時前。いわゆる途中で覚醒してしまうという事は、私にとってはよくある事だった。仕事でストレスがあったり、エリンギさんの事を考えてしまったり……そんな日は、たいてい深夜に起きてしまう。

しかし、今日の途中覚醒はいつもと違った。

誰かが真っ暗な部屋の中を歩き回る音がするのだ。スマホのあかりで照らされていても、遠くは見えない。そこから身体と重くなり、動かなくなった。

何かを探し回るような足音がひとしきりした後、ぴたりと止んだ。そうして一歩二歩三歩、私を見つけたようにまっすぐこちらにやって来る足音。

もしかして、とその時はなんとなく、確信に満ちた感覚があった。

「エリンギさん?」

声は出ないので、心の中で呼びかけてみる。そうすると、黒い塊がゆっくりとエリンギさんの形をとりはじめ、こちらを覗き込んでいるではないか。

その時のエリンギさんは、膝までのスカートを履いていて、前下がりのボブカットヘアーだった。…亡くなった時の服装なのだろうか。真っ黒な黒目で何かを訴えるように、私を覗き込んでいる。

「何?復讐?裁判?ごめん、無理だよ、私、非正規雇用でお金ないもの、エリンギさんには教えてたでしょ」と、この状況には似つかわしくない言葉を、頭の中で紡いだ。不思議なことに、エリンギさんには伝わっているようで、エリンギさんはゆっくり頭を横に振った。

「私、何かしてた?」

私が、エリンギさんの知らないうちに傷つくような事をしていたのかと考えて、慌てた。

エリンギさんはそれも違うと首を横に振る。

エリンギさんは、自分自身を指差し、それこそ絞り出すような…枯れた…絞られた声で…私にささやいた。

「ぼく、は…僕」

「女の、霊、は嫌」


私にはそう聞こえた気がした。

なんとなく、エリンギさんの主張がわかって、私は「了解」と心の中で返事した。

そういうことか。それなら、私でもあなたのためにできる事がある。


その日はそのまま疲れて気絶するように眠ってしまった。エリンギさんの家に行く事は、なかった。その代わり、私はこうして筆を取っている。もちろんこの幽霊話を信じるか信じないかはあなた次第、と月並みな前置きを置かせていただく。

男女に当てはまらない人間の霊の存在だってある事、幽霊の見かけだけで男性や女性と決め付ける事はやめたらどうだ、という視点を、誰か一人でもいい…受け止めてくれたらと思い、今この幽霊話を書いている。そう、ノンバイナリーの霊はいる。スカートやズボンを履いていたり、髪の毛が長くても、性別はわからない。決め付けてはいけない。もしかすると、間違った性別を決めつける事で、その霊に深く恨まれる可能性すらあるかもしれない……と、ここまで書くのは少しやりすぎだろうか?


とはいえ、それが私に伝えてきたエリンギさんの最期の思いであり、私がエリンギさんにし続けられる供養なのだと思う。

もしかするとあなたのそばにいるおばけも、クィアかもしれない…そんな言葉でこの話は締めようと思う。


終わり

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