第14話 百鬼夜行

「魔塊鬼様、皆、血に飢えておるようですな。」

魔塊鬼の後ろで闇が囁いた。

「お前は本当にいつも気味が悪いな。急に現れるな。さすがの俺でも、背筋が寒くなる。」

闇はゆらりと揺れ、

「それは、お褒めいただき、恐悦至極にございます。」

闇はほくそ笑んだ。

「まったく、食えないやつだ。」

魔塊鬼は最初この闇が気味が悪く、ただ利用価値があると思ってそばに置いていたが、最近は闇の力が増大してきており、少し脅威に思えてきている。

(まったく気味の悪い奴だ。心臓のかけらさえ戻ればこいつには用がなくなるんだが。)


「戦の準備は整ってございます。皆、この闇の呪により、最強の兵士となっております。こちらの勝利は確実でございましょう。」

「そうか、だが、まだわしの心臓のかけらが手に入ってはおらん。」

「では、魔塊鬼様は、妖鬼神社のほうへ。私は銀峯山寺を攻め落としましょう。」

「わかった。」


裏吉野の銀峯山寺では、ユウタを始めとした天狗たち、ショウとレン、そして龍樹。吉野に住む鬼たちが、敵の襲来を待ち構えている。

「ユウタ、奴らはどっから入ってくるんやろう?」

レンがユウタに聞いた。

「どこから来るかはわからないが、結界を破るとしたら、銀峯山寺の結界が一番破りやすい。外界との唯一の道だしな。ただ、奴らのことだ。どう出てくるかわからないから、一応、結界にはすべて天狗たちを配置してある。」

「妖鬼神社にはジンとカイトがいてんねんな。」

「あぁ、一部の鬼たちも妖鬼神社に待機しているから、もしもの時でも大丈夫だろう。」

「おい、見ろ。奴らがお出ましだ。」

龍樹が指さした先には、黒々とした雲のような悪鬼集団の塊が見えた。

「みんな!来るぞ!構えろ!」

ショウの一言で、その場にいた鬼たちは、臨戦態勢に入った。


悪鬼集団が銀峯山寺の上空に現れ、双方入れ混じって騒乱になった。

そこへ、韋駄天の相馬がユウタに向かって叫んだ。

「若!魔塊鬼が、妖鬼神社のほうに現れました。」

「わかった。俺が行く。」

「ユウタ、頼む。ジンとカイトを守ってくれ。」


その頃、妖鬼神社では。

「魔塊鬼様が、そろそろこちらに来られるころだ。殺生石をわたしてもらおうか?」

玄樹がカイトと神宮司の前に現れた。

「誰がお前なんかにわたすものか。」

神宮司は玄樹にそういうと長刀を構えた。

玄樹は神宮司の一振りを軽々避けて、カイトを羽交い絞めにした。

「ほら、こいつが死んでもいいか?さっさと渡せ。」

すると、カイトがニヤリと笑って、玄樹の後頭部をつかみ自分の額と玄樹の額をくっつけた。玄樹が驚いた声で、

「なにっ。」

すると、玄樹とカイトの意識がなくなり。2人がその場に倒れた。

カイトは、人の意識の中に入り込むことができる。その能力を使って玄樹の中の魔塊鬼を追い出そうという作戦だ。


カイトが玄樹の意識の中に入り込んだ。

「玄樹?どこにいるの?」

すると、声が聞こえた。

「カイト!ここだ。気をつけろ、奴が目を覚ます。」

玄樹は床に縛られた状態で転がっていた。

「玄樹、今縄をほどくから。」

カイトが玄樹の縄をほどいで、玄樹を開放した。

「カイト、ありがとう。」

そう、言うと玄樹はニヤリと笑い、もう一度、

「そう、カイトありがとうな。ほんと、お前たちは甘ちゃんだよ。」

「カイト、だめだ、そいつは魔塊鬼のかけらだ。気をつけろ、取り込まれてしまうぞ。」

もう一人玄樹が現れたかと思ったら、空気がゆらりと揺れ、目の前の玄樹が魔塊鬼の姿に変わった。

「しまった。」

カイトが驚いて身構え、逃げようとしたが、

「もう遅いよ。」

そういわれ、魔塊鬼のかけらに腕をつかまれ、そのままカイトは意識を取り込まれてしまった。


カイトは玄樹の意識から戻ったが、何かに操られているかのようだった。

ふらふらと立ち上がったかと思うと、神宮司の方に歩いて行った。

「おい、カイトどうした?」神宮司が声をかけると、神宮司に覆いかぶさるように抱きついてきた。

「駄目だ、神宮司。そいつはカイトじゃない。」

意識を取り戻した玄樹が神宮司に叫んだ。

すると、カイトは神宮司の帯に入れてあった御守り袋を取り出し、ニヤリと笑った。

「カイト、何をするんだ。お前どうしたんだ。殺生石をどうするつもりなんだ。それを返せ。」

神宮司は殺生石を取り返そうと、飛び掛かった。

その時、カイトの体から何かが抜け出てきた。それは、魔塊鬼の姿をしていた。

「ははは、やっと手に入れることができた。手間をかけさせやがって。じゃあな。」

魔塊鬼のかけらがそう言い、殺生石を持って境内を飛び出した。神宮司は、魔塊鬼のかけらを追いかけようとしたが、数体の邪気に囲まれ、行く手を阻まれた。

だが、意識をとり戻したカイトが走り出し、魔塊鬼のかけらを追いかけ境内を出たところで抑え込んだ。

「誰がお前なんかにわたすもんか。俺を乗っ取って殺生石を奪おうなんて姑息な手を使いやがって。」

だが、魔塊鬼のかけらはカイトを投げ飛ばし、逆に殴り掛かってきた。

「お前みたいなへなちょこなんかに、負けるわけないだろう。」

魔塊鬼のかけらが繰り出した拳をカイトがまともに受けた。

うっ、このまま殺生石をわたしてたまるか。と、カイトも拳を振り上げるも、魔塊鬼のかけらはたやすく避けてしまう。

このままでは殺生石を奪われてしまう。そう思い、カイトは必死に魔塊鬼のかけらにしがみついた。

「お前なんかに好きにはさせないんだ。」

カイトにしがみつかれた魔塊鬼のかけらは、カイトを振り払おうと、カイトを殴り、膝で蹴り上げる。

力で負けているカイトは、魔塊鬼のかけらの膝蹴りで、その場に倒れてしまった。

「ふん。大人しくしていろ。殺生石はもらっていく。」

魔塊鬼のかけらが殺生石を持って、魔塊鬼のもとに帰っていった。

「待て、それは渡せない!」

魔塊鬼のかけらにやられたカイトだったが、立ち上がり、すぐに追いかけた。


傷だらけのカイトは殺生石を取り戻すために、魔塊鬼のかけらを追いかけた。

妖鬼神社から山を少し上ったところで、カイトが魔塊鬼のかけらに追いついたかと思われたが、そこには、魔塊鬼がいた。すでに、魔塊鬼のかけらは魔塊鬼に取り込まれており、魔塊鬼が殺生石を手にしていた。

魔塊鬼はカイトの倍ほどの大きさで、カイトを見下ろしている。

「魔塊鬼、殺生石を返せ。」

「遅かったな。もう、俺の心臓は俺の手の中だ。」

魔塊鬼が殺生石をカイトに見せた。

カイトは肩で息をしながら、魔塊鬼にとびかかった。

「ふんっ。お前ごときに何ができる‼」

カイトは魔塊鬼に拳を振りあげるが、魔塊鬼はそれを笑いながらよけた。

「こんなへなちょこな拳で何ができるんだ?」

魔塊鬼はカイトの首をつかみ、捻り上げた。

「うっ…ぐっぐっぐぅっ は、離せ」

カイトはもう一度、今度は拳ではなく、鋭い爪を立てて魔塊鬼の顔をめがけて振り下ろした。

「うわぁぁぁ。おまえ、やりやがったな。」

魔塊鬼は顔を押さえ、憎々しげに叫ぶと、怒りに任せてカイトの腹を殴り上げた。

魔塊鬼はカイトを一撃で妖鬼神社まで吹き飛ばした。


「カイトォォォ。」

神宮司がカイトに駆け寄った。

「ごめん、せっ殺生石、うっ…取り戻せなかった。ごほっ」

カイトは血を吐いた。それでも起き上がろうとするカイトを抱き上げて

「カイト、もうしゃべるな、大丈夫だ。もう、大丈夫だ。」

「ジン…ごめ…ん。おれ…」

「わかってる。カイト、わかってるから。もうしゃべるな。」

ジンはカイトを、母に託した。


ジンは涙を流しながら怒りの拳を振り上げた。

「よくも、俺の大事な家族を…大事な仲間を…許さない」

「うおおおおおおおおおお」

すると神宮司の体から、青い煙のような気があふれてきた。

体が徐々に大きくなり、倍ほどの大きさまでになった。

体全体が青になり目は吊り上がり、筋肉が盛り上がり、さながらその姿は鬼のようだ。

「金剛蔵王権現…ジンは蔵王権現なのか」

銀峯山寺から、妖鬼神社に向かっていたユウタが神宮司を見上げ驚きの声を上げた。

蔵王権現とは、金峯山寺、銀峯山寺ともに、本尊としてまつられている仏である。開祖である役小角が、苦行の末、悪魔を降伏させるお姿を示してほしいと祈られたところ、天地がにわかに揺れ動き、ものすごい雷鳴と共に大地の間から憤怒の相もすさまじい金剛蔵王権現が現れたという。頭髪は逆立ち乱れ、背後には火炎が燃え盛る。口の両端から牙が刃のように出ていて、全身ことごとく悪魔降伏の姿をしている。

神宮司の今の姿はまさに金剛蔵王権現、そのものだった。


「魔塊鬼、俺が相手だ。俺は、お前らを絶対に許さない。」

神宮司は魔塊鬼へ拳を振り上げ、魔塊鬼はその腕を振り払う。

「心臓も手に入った。お前たちに勝ち目はない。さっさと片付けてやる。」

「ぐうおおおおおおおお」

魔塊鬼が、口から火を噴いた。

神宮司はそれを正面で受け止めた。

「蔵王権現の我に火を噴くとな。見くびられたものだな。」

神宮司が右手を開いて

「オン・バサクシャ・アランジャ・ソワカ」

と真言を唱えると右手に火を纏った刀が現れた。

そして、魔塊鬼に切りかかっていく。魔塊鬼も太刀を抜き、受け止めた。

何度も切り合わせ、お互いの太刀を浴び、それでも力は互角だった。

このままでは決着がつかない。そう思われたが、均衡を破ったのは魔塊鬼のほうだった。神宮司の足を払い、神宮司が倒れたところに背中に背負った棍棒で一撃を加える。神宮司は間一髪のところでそれをよけ、魔塊鬼を見上げた。

「口ほどでもないな。肩で息をしているじゃないか。もう、終わりか?」

魔塊鬼が鼻で笑った。

魔塊鬼も、体力をかなり消耗しているはずだが、神宮司ほどではなさそうだった。

「とどめを刺してやる。」

魔塊鬼が太刀を神宮司に振り下ろす。

そこに、ユウタが割り込み太刀を肩で受け止めた。鮮血が飛び散り、ユウタが顔をゆがめた、

「ユウタァァァァァァァ」

「ジン、いまだ。魔塊鬼にとどめを刺すんだ。」

「馬鹿な奴だ、俺の邪魔をしやがって。邪魔だ。どけ」

魔塊鬼はユウタを蹴とばした。

「うっ。」とユウタはうなって倒れた。

「カイトだけじゃなく、ユウタまでも。魔塊鬼、お前は絶対許さない!うおおおおおお。」

「オン・バサラ・クシャ・アランジャ・ウン・ソワカ」

神宮司が真言を唱えると、右手に三鈷が現れ光りだした。

三鈷とは魔を払う法具である。

そしてその三鈷が徐々に大きくなり、神宮司はその三鈷を魔塊鬼に向かって投げつけた。


「ぐおおおおおおおお。」

三鈷は魔塊鬼の胸に突き刺さり、魔塊鬼が苦しそうに、胸を押さえ、膝から崩れ落ちそのまま、大きな音を立てて倒れた。

「お前たちに…やられるなんて……俺はただ、妖たちが人目を避けて暮らさなくてもいい世の中にしたかっただけなのに…」

そう、言って魔塊鬼は息絶えた。


「ユウタ、大丈夫か?すまない。」

元の姿に戻った神宮司がユウタに駆け寄り、抱き起こした。

「あぁ、大丈夫だ。こんな傷、俺の薬があれば、すぐに治るさ。」

「だいぶ出血してるじゃないか。すぐに母さんのところに行こう。ほら、肩につかまって。」

「うっ、いてて。ジン、ありがとう。」

神宮司がユウタを抱えて拝殿へ戻ろうとした時だった。

魔塊鬼の体から黒い瘴気が立ち上り、ゆらゆらとしたかと思うと、

「まだ、終わっちゃいない。」

と言い残し、空へ舞い上がった。

「まずい、神宮司、このままだと銀峯山寺のみんなが大変だ。俺は向うに行く」

妖鬼神社付近で、邪気や魔塊鬼の鬼たち相手に戦っていた玄樹が、銀峯山寺のほうに向かった。

神宮司が瘴気の行方を目で追うと、今まさに銀峯山寺でショウとレンが戦っている悪鬼たちの軍団の中に吸い込まれていった。

魔塊鬼の瘴気だけではない。あらゆるところから瘴気が上がり、銀峯山寺の方向へと吸い込まれてゆく。

そして、だんだんと銀峯山寺の上空の色が黒に変わり、大きな渦ができどんどん大きくなって空一面が覆われてしまった。

「ジン、これは…この闇の景色は、あの巻物の景色と同じ。ということは、6つの言霊の光が揃わないとこの戦いには勝てない。」

「でも、カイトもユウタもぼろぼろだよ。こんな状態では戦えないよ。」

「カイトもおれも、妖のはしくれだ。それに我が一族の秘伝の薬があれば、どんな傷だってすぐに癒せる。俺は、カイトをつれて銀峯山寺に向かう。ジンは先に銀峯山寺に向かってくれ。」

「わかった、でも絶対に無茶はしないでね。」

そういうと、神宮司は銀峯山寺に向かった。


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