第12話 裏切り

その夜、皆が寝静まったころ、本殿に人影が現れた。

「殺生石を隠してあるとあいつらが言った。いつも、何か大切なものは本殿の床下に隠してあったはず。」

その人影は、本殿の床下の一部を持ち上げ、その中を覗いた。

「何をしている?」

突然、声がしてその人影が驚き、明かりが灯った。

「玄樹、そんなところには殺生石はないぞ。残念だったな。」

床下の収納スペースには玄樹が、入り口にはショウとレンそして神宮司が立っている。

「ふふふ。見つかっちゃったら仕方ないね。殺生石を返してくれないかな?魔塊鬼様に届けないと。」と、玄樹は不敵な笑顔で立ち上がった。

「なんで、お前は奴の手下なんかになり下がったんや?」

レンが悲しそうな顔で訴えると、

「レン、今のこいつに言ってもしょうがない。玄樹はどうやら魔塊鬼に操られているらしい。さっきからどうもおかしいと思っていたが、玄樹の周りにさっきから瘴気が感じられる。あの、蟲毒の瘴気と同じ瘴気だ。昼間は、その瘴気を押さえて俺たちにわからないようにしていたんだろうが」

ショウがそういったととたん、玄樹の周りから紫色の煙のようなものが立ち上り、玄樹の眼の色が真っ赤に変わった。

その時、神宮司の帯の内側から、光るものが玄樹の目に入った。玄樹はニヤリと笑い、

「殺生石を返してくれないなら、仕方ないね。力づくでも奪っていくだけさ。」

そういうと、玄樹は神宮司めがけて突進してきた。

その玄樹を、ショウがつかみ、

「お前の相手はまず俺だ。」

と言って、向かい合った。

「ちっ。仕方ない、さっさと勝負をつけようじゃないか。ショウ」

お互いの気がぶつかり合い、激しく衝突している。

玄樹の力は強く、力は拮抗している。

(くっ。玄樹の力が以前より強くなっている。)

「魔塊鬼様の力を俺は手に入れた。だから、お前たちに敵うわけがないだろう。」

玄樹は不気味な笑みを浮かべ拳を振り出してくる。

(はやい。このままではやられてしまう。)

「玄樹、目を覚ませ。頼む、お前を傷つけたくないんだ。」

ショウは一度玄樹から離れ、懇願するように言った。

「あんたたちはどこまでも甘いね。そんなんじゃ魔塊鬼様を止めることなんかできっこないよ。あきらめな。」

玄樹はショウの拳を軽々受け流している。完全に玄樹の有利だ。

(やばいっ。もう後がない。)


ショウが追い込まれたその時、大きな稲妻のような音がして、玄樹を跳ね飛ばした。

三人が驚いて辺りを見回すと、そこには山のように大きな鬼が立っていた。

「龍樹さん!」

そう、ショウが呼んだ。

「えっ?父さん?父さんなの?」

神宮司はまじまじとその鬼の顔を見上げた。

「おう、遅くなったな。すまない。それとも手助けはいらなかったかな?

玄樹、久しぶりにあった旧友にする仕打ちにしてはなかなかしゃれてるんじゃないのか?」

と龍樹が玄樹に向かって構えると、

「まずいね。ここは一旦引き上げて立て直すとしよう。殺生石は必ずいただくからね。」

玄樹は、そう言って煙のように消えていった。


「龍さん、生きていたんですね。よかった。戻ってきてくれて、助かりました。」

とショウがいうと、

「おう、戻るのが遅くなってすまない。大神が大変なことが起こったと知らせにきてな。慌てて帰ってきたんだ。黄泉の国での一日がここの一年になるんだ。

俺は1か月ぐらいのつもりだったんだが、もう二十五年ほどたっていたんだな。」

「大神は、龍樹さんが生きているのを知っていたんですか?俺らに何も言わなかったのに。」

「そうか、あいつはそういうところあるよな。聞かれないと答えないんだ。だから、いつも誤解が生じる。もったい付けて喜んでんだよ。」

「龍さん、今までどこで何をしていたんや?」

レンが聞いた。

「おお、俺は、谷に落ちた後、黄泉の国の入り口の閻魔に気に入られてな。居候をしていたんだ。なかなか閻魔が返してくれなくてな。いや、閻魔も大変なんだよ。少し仕事を手伝っていたんだが、そしたら、そろそろ帰って来いと大神が呼びに来たんだよ。魔塊鬼がまた暴れてるらしいって。」

「もしかして、大神のこの前の留守は龍さんのところに行ってたんですか?」

「あぁ、この前はしばらくいたからな。」

(だからなんで、言わないんだよ。あの親父。もったい付けすぎだろ。)

と心の中でショウが毒づいた。



そして、神宮司のほうを向いてにっこり笑って

「それにしても勇太、大きくなったな。俺が黄泉の国に行く前は、まだよちよちの赤ちゃんだったからな。立派な大人になって、俺は誇らしいぞ。」

と、大きな手で神宮司の頭をポンポンとたたいた。

「そりゃぁ、25年も経てば赤ちゃんが大人にもなるよ。父さん、生きていたならもっと早く帰ってきてほしかった。帰ってくるのが遅いよ。俺も母さんも父さんは死んだんだって、そう思ってたんだから。」

神宮司はすねた子供のような顔をしながら、龍樹に抗議した。すると、騒ぎに起きてきた桜子とカイトが入ってきた。

「あんまり騒がしいから何事かと思えば。あなた、おかえりなさい。勇太、母さんがいつ父さんは死んだと言ったかしら?母さんは父さんが生きているの知っていたわよ。」

そういう、桜子に神宮司は、

「えっ。でも、母さんは父さんの話は全くしないし、ショウもレンも父さんの話となるといつも歯切れ悪かったし、ばあちゃんは死んだんだっていうし、だから・・・」

「あら、私は、父さんが生きていることは大神様から聞いていたのよ。あなたにも言ってなかったかしら?小さかったから、覚えてないのかもしれないわね。」

桜子は、しれっとそう言った。神宮司はそんな母を見て、心底困惑している。

「母さんが、父さんの話をしなかったのはきっとまたどこかでかわいい女の子と浮気でもしてるんじゃないかって思ってたからよ。あんまりにも長い間、全然帰ってこないし、龍樹さんは強くてハンサムだからすごくモテるし?」

桜子は、龍樹に向かって睨みながら言った。

「それは、誤解だ!俺は浮気なんかしてないし、帰ってこなかったのは閻魔が仕事を押し付けて俺を帰してくれなかったからで…こんなに長いこと帰ってこなかったのは、時間の流れが黄泉の国とこことでは違いがあるからで…確かに閻魔の娘を娶らないかと閻魔に言われたけど…」

「は?言われたの?言われてどうしたの?」

桜子は鬼の形相で龍樹に凄んだ。

「いや、断ったよ。きちんと断りました!僕には桜子様しかおりません。」

龍樹はさっきまでの威勢はどこへやら、桜子の前に土下座する勢いで謝っている。その龍樹を見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべ桜子が

「龍樹さん、落ち着いたら、ゆっくりお話ししましょうね。」

といった。龍樹の大きな体が、小さくなったように見えた。

両親のそんな姿を見、父が生きて帰ってきた事に安堵する神宮司だが、

(母さんって、こんなに怖かったんだ。絶対に怒らしちゃダメな人だったんだ。)

と、思った。


「ほんでも、玄樹が向うのスパイやったなんて、これは大問題やな。」

レンが顔をしかめた。

「いくら、呪をかけられて魔塊鬼に操られているとはいえ、玄樹は俺たちの中でもショウと同じくらいの強い能力を持っとるし、何より、仲間やった玄樹を傷つけたくはない。だが、いざとなれば、倒さんと、あかんしな。難儀な話やな…」

レンが続けた。

「呪を解く方法があればいいやろうけど、しかし、どうやって。玄樹が今ここにいないという現状では難しいしな。」

レンは頭を抱えて考えている。そこに、

「みんな、ちょっと僕に考えがある。」

それまで黙っていたカイトが言った。

「玄樹は、魔塊鬼に操られているんでしょ。今の玄樹は本当の玄樹じゃない、とショウは確信してるんだよね。じゃぁ、僕なら、玄樹の意識の中に潜り込むことができるよ。潜り込んだ意識の中に、魔塊鬼の呪縛を解くカギがあるかもしれない。

それに、さっき玄樹の手当てをして気づいたんだけど、彼がたぶんもう一人の力の持ち主だよ。背中の真ん中に『仁』という痣があったんだ。」

「やっぱり、玄樹がもう一人だったか。」

ショウが、納得のいった顔をした。

「でも、カイト、それは危険じゃないの?」

神宮司は心配そうだ。

「わからない。ちょっと怖いけど、やってみる価値はあると思うんだ。」

「玄樹は、きっとジンの殺生石をねらって妖鬼神社に来るやろう。その時がチャンスってわけか。」

ショウが頷きながら言った。

「うん、彼の体に触れるチャンスをうまく作れれば、彼の意識に潜り込めれる。あとは玄樹自身の意識を呼び覚ますことで、呪を解けるんじゃないかと思うんだ。」

「わかった。でも、もし危険だとなるなら、すぐに戻って来い。」

と、ショウが言った。

「うん、わかってる。ただ、玄樹の意識に潜り込むには彼の身体に触れないといけない。チャンスを逃がさないようにしないと。」

「カイト、本当に無茶はしないでね。」

神宮司は、本当に心配そうだ。


「みんな、もう、決戦はそこまで来ている。今回の戦いは苦しい戦いになるだろうが、負けるわけにはいかない。

それに殺生石はこちらがわにある。」

龍樹が言った。


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