第6話 魔法の言葉

始めはどう接していいかわからず、とりあえずこちらも不器用に笑みを浮かべては不慣れな会話を始めるしかなかった。しかしそれが一日二日、三日四日と続くうちにだんだんと馴れて来て、そして板についてくる。なんと云えばいいだろうか、あたかも劇の上である役をおおせつかってそれを始めはぎこちなくても忠実に演じるうちにそれがさまになってくる、といった塩梅だった。そうすると不思議なものでいままで悉皆自分にはないと思っていた社交性と云うか、ゲーテの云う親和力なるものが俺の内にも感じられるようになって来て、畢竟万事がうまくまわり出したのである!どうせ俺なんてとすべてにおいてC調していた俺は勉学もはかどらず、姉と比べれば成績は見るも無残だった。5段階通知(※昔の通知表は5段階で評価されていたのです)のそれはほとんどが3と2ばかりで、5ばかりだった姉のはるか後塵を踏んでいた。それが万事における身のまわりの好転を得ると、なんと成績までもが上がり出したのである。つまり家に帰ってからの予習・復習に自然に励むようになって行った。俗に云う「やる気が出て来た」というわけだ。このあたりの塩梅を、俺は俺なりにぜひつまびらかにしてみたい。そこには2点の要素が考えられて、まずその1点から記す。少し昔のCMで「こんにちは‘ん’、さようなら‘ん’。魔法の言葉で楽しい仲間(なっかま)が‘ん’」という語尾に独特のイントネーションを持った女性歌手の歌うものがあったが、おそらくこの展開だったのではないか。つまり前記の自己紹介における俺の言葉が「魔法の言葉」だったわけだ。

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