第十五話

 萌乃もえの先生は、真剣しんけんな表情でかたりだした。十年前に、大海たいかいができた。その時はフリースクールなんて、知らなかった。でも、そこに通ってくる生徒たちの笑顔が、印象的いんしょうてきだった。それでフリースクールに興味きょうみを持ったからアルバイトだけど、先生になって生徒たちとかかわりたいと思った。私は今、大学で経済学けいざいがくを学んでいて教育とかはよく分からないけど、大海の良さはすぐに分かった。先生がちゃんと生徒たちを、把握はあくできるから。


 普通の学校は、効率重視こうりつじゅうしだ。一人の先生がいかに多くの生徒を教えられるかが、重要視じゅうようしされている。でもそれじゃあ、一人一人の生徒を、把握することはできない。問題があっても、対応たいおうできない。そもそも問題を、把握することができない。


 でも、大海は違う。小学部、中学部、高等部のそれぞれ六人から八人の生徒たちを、複数の先生たちが見ている。生徒がちょっとウザいってくらい、生徒と先生の距離きょりが近い。だから生徒に問題が起きても、すぐに対応できる。


 生徒はそれを分かっているから、大海で安心していられる。勉強もできる。友達と遊んで、他の学年の生徒の世話せわだってできる。これが大海の秘密なのかって分かったら、何だかうらやましくなった。自分も通えば良かったと思うくらい。


 私は少し、心配になった。

「え? 萌乃先生……」

「ごめんね、心配させちゃった? 私は高校まで別に、イジメられたとか、そんなことはなかったの。別に問題はなかったの。でも逆に、正直しょうじき言って楽しいことも無かったの。だから大海で楽しそうにしている生徒たちを見ていると、うらやましくなっちゃった……。


 でも大丈夫、だからどうこうしようと思っている訳じゃないの。っていうか、生徒たちが今、楽しそうにしていられるのは私たちががんばっているからなんだって思うと、すごくしあわせな気持きもちになるの。本当よ、これ」と萌乃先生は、幸せそうに微笑ほほえんだ。




 夏休みの最終日の朝。私は夏休みの宿題のラスボス、自由研究じゆうけんきゅうと戦っていた。大海でもやはり普通の小学校のように、夏休みの宿題が出た。国語、算数、理科、社会、英語のドリル。それと読書感想文どくしょかんそうぶん。そして、自由研究……。


 私は夏休みが終わる一週間前まで、自由研究のテーマを何にしたらいいかを考えていた。でも実は、あまり本気で考えていなかったのかも知れない。私は夏休みが始まると同時に、スタートダッシュをかけた。午前、午後、そして夜も私はひたすら国語、算数、理科、社会、英語のドリルをやった。


 それが終わると三日かけて偉人いじん伝記でんきを読み、一日で読書感想文を書き上げた。私は、ほくそんだ。大海の夏休みの宿題、おそれるにらず。一つだけ残った自由研究も、まあ楽勝らくしょうだろうと余裕よゆうだった。それが自由研究の、おそろしいわなだとも知らずに……。


 夏休みが終わる一週間前。私は軽い気持ちで、宗一郎そういちろう翔真しょうまにLINEをしてみた。


『ドリルと読書感想文は終わった。残るは自由研究のみ。楽勝(笑)』

『僕もドリルと読書感想文は終わったよ~。今は燃料電池ねんりょうでんちで地球の温暖化おんだんかを止める方法を考える、っていう自由研究をしてるんだ~』


『はあ、相変あいかわらずね、あんたは……。宗一郎はどう?』

『俺は前半、遊びすぎた。今、ドリルをやっている。読書感想文は終わったけど』

『あらまあ、それは大変ねえ(笑)』

『はっきり言うけど、春花はるか。お前、余裕で笑ってる場合じゃねえぞ』


『え? どういうこと?』

『お前、自由研究、まだ終わってないんだろ?』

『そうだけど自由研究なんて、一週間もあれば……』

『はあ、分かってねえなあ、お前。大海の自由研究の恐ろしさを』


『え? 何それ?』

『夏休みが終わると、九月に文化祭ぶんかさいがあるんだ。文化祭なんて適当てきとうに何か食べ物を作ったり、お屋敷やしきをやったりすればいいと思うんだけど、そうじゃないんだ……』


『え? 何をするの?』

『夏休みの自由研究の、発表会はっぴょうかいだ!』

『え? 何それ?』

草間くさま先生は大海の生徒たちが、ちゃんと勉強していることを地域ちいきの人に知らせるために、大海の生徒全員の夏休みの自由研究を発表するんだ!』


『え? そうなの?……。でも自由研究の発表なんて、よくあるじゃない?』

『はあ。分かってないな、お前は。草間先生は地域の人に、レベルの低い自由研究の発表をゆるさないんだ。自由研究のレベルが低かったら、やりなおしをさせられるんだ!』


『え? 自由研究のやり直し? そんなことがあるの?……』

『ああ、ある。っていうか俺は去年きょねん、二回やり直しをさせられた……』

『え? 二回も?! そんなにレベルの高い自由研究を要求ようきゅうされるの?!』

『ああ。それだけ草間先生は、文化祭の自由研究の発表に意気込いきごんでいるんだ……』


『そ、そんな……』

『はっきり言って、二回のやり直しはきつかった。夏休みは終わったのに自由研究をやらなければならない苦しさが、お前に分かるか?……』

『ガクガク、ブルブル……』

『LINEを見るかぎり、おそらく翔真の自由研究はみとめられるだろう。だが問題は、俺とお前の自由研究だ。もう一度言っておくが、レベルが低かったらやり直しだからな……』


『……。ど、どうしよう……』

『考えるしかない。草間先生を納得なっとくさせられるレベルの、自由研究を……』

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