「天使のすむ部屋」の怪談だってば

藤泉都理

「天使のすむ部屋」の怪談だってば




 田舎の豪邸な屋敷

 部屋がたくさんある建物

 天使が九月?(年に一回)に部屋 訪問

 それで外出

 留守

 でも強盗侵入

 だふん天使に見つかっ

 昭和くらい

 体験談

 出来事

 本家?

 文庫

 てんし

 この天使願いを叶えてくれない

 お腹が空いてそれどころしゃない

 肉を食 肉が好き 肉肉肉 人 肉 人








 昭和五十年。

 九月十日。

 毎年その日は、田舎の豪邸な屋敷の持ち主である田丸たまる家は家族五人全員が外出していた。

 たくさんある部屋すべてにお供え物を置いて。

 天使への供え物だった。


 天使など居るはずがない。

 あの家は変なモンにハマっちまったんだ。

 田丸家の周辺に住む家の者は近すぎず遠すぎずちょうどいい距離を保ちながら、けれど決してその屋敷に立ち入ろうとはしなかった。


 けれど、たった一人だけ。

 天使の存在を信じる者がいた。

 名を近江丸このえまると言う。


 外国人に金を借りたはいいものの返せなくなった近江丸は脅されたのだ。

 田丸家にいる天使を連れて来れば借金は帳消しにしてやると。

 外国人に強盗仲間を貸してやると言われた近江丸は断り、たった一人で田丸家へと盗みを働こうとしたのだが、外国人はそれをよしとせず強盗仲間を田丸家へと放った。

 強盗仲間は天使を探す素振りは一切見せず、あちらこちらとある金目の物を、時に奇声を上げながら、時に物を壊しながら盗み続けた。

 近江丸はそんな強盗仲間たちを横目に、天使を探し続けた。

 地下一階も、一階も、二階も、三階も、あまねくすべての部屋を訪れ探し続けるも、まったく見つからなかった。


 このままでは殺される。

 血の気が引いた近江丸がもう一度探し出そうと振り返った時だ。

 見覚えのある強盗仲間の一人であるそいつが、見覚えのない羽を背負ってまっすぐこちらにやってきた。

 暗く淀んでいた瞳は清らかで輝きに満ちていた。

 そいつは近江丸の眼前で止まると、合掌させて言ったのだ。

 天使になれたんだ。と。

 天使になれたから何でも願いが叶うんだ、と。

 じゃあ叶えてくれよ。

 近江丸は叫んだ。

 じゃあ肉を寄こしなさい。

 そいつは穏やかに言った。


「肉?肉って。猪とか兎とかでもいいのか。なら今すぐにでも取って来るが」

「ああ。ええ。まあ。そうですね。本当は人肉がいいんですけど。まあ。獣の肉でも構いませんよ」

「は?」


 近江丸は背筋が凍り、顔が強張った。


「は。は。なに、言ってん、だ。人肉って。おま」


 近江丸は後ずさったが、すぐに壁に打ち当たった。


「あ。は。ははは。おま。は」

「ええ。人肉がいいんですけど。今日も、もうたらふく食べたので。ええ、ええ。獣の肉でも構わないそうです。ねえ。同士」


 そいつは誰かと話しているようだが、近江丸には一切姿が見えなかった。

 見えぬところまで見えそうなほどに、この屋敷は煌々と明かりが灯っているにも拘らず。


(いや。いやいやいやいや)


 眼前の恐怖よりも死への恐怖が勝った近江丸は、天使と名乗るそいつを連れて帰ることにした。

 屋敷の外にさえ出れば、車の中で待っている外国人がいる。

 屋敷の外にさえそいつを連れて帰ればいいのだ。

 ごくり。近江丸は生唾を飲み込んで、一歩、また一歩距離を縮めた。


「な、なあ。人肉が食いたいなら、屋敷の外に居る仲間がたらふく調達してくれるぜ」

「ああ。あの雇い主さんですか。確かに。でも。すみません。屋敷の外に出るには、天使の部屋に行って、外に出られる仕様に変えなければいけないのです。ちょっと寄り道していいですか?」

「あ。ああ。もちろんだ」


 へらり。近江丸は笑って、着いて来て下さいというそいつの後姿を見ながら歩き続けた。

 が、歩いても歩いても歩いても、そいつの歩みは止まらなかった。

 近江丸は息も絶え絶えだったが、何も言わずついていった。

 もうこの屋敷を何十周も歩いているなとぼんやり思いながら。


「すみません。人間のあなたの体力では辿り着けないかもしれないので、先に雇い主さんが待っている車に行ってくれませんか?」

「え?」

「大丈夫です。必ず行きます。天使は嘘はつきません」


 これは約束の印です。

 そいつはそう言って、一冊の文庫本を近江丸に渡した。


「これは天使の大切な本です。これがないと天上へ帰れないのです」

「なるほど」


 疲労と恐怖で思考能力が低下していた近江丸は、その文庫本を持って屋敷の出入り口へと向かった。


「あれ?」


 無事に屋敷の外へと出て車の扉を開けたが、そこに外国人はいなかった。


「まあ、いいか」


 くたくただった近江丸はそのまま車の後部座席に横になって目を瞑った。

 文庫本を胸に抱えて。











 令和五年。


「で。近江丸おじさんが起きたら、田丸家の人たちに囲まれてたんだって」

「へえ」

「その外国人ってのが、田丸家の分家の人らしくてね。本家の田丸家に嫌がらせしようと思って、近江丸おじさんとか他の強盗連中を屋敷に連れて行ったんだって」

「へえ」

「その外国人は天使とか全然信じてなかったんだって」

「はあ」

「近江丸おじさんは外国人が迷惑をかけたとかで、田丸家の人たちに借金を帳消ししてもらったんだって」

「はあ」

「近江丸おじさん、屋敷で経験したことを書いて自費出版したらしいんだ。でもさ。近江丸おじさん、最近になって、こんな体験はしてない、これは自分が若い時に親父に聞いた話を本に書いたんだって言い出してさ」

「まあ、そんなとこじゃない」

「えー」

「どうせ天使になったっていう強盗のそいつも、あんたのおじさんをちょっと驚かせようとしただけでしょ」

「えー」

「強盗連中は金目の物を持って散り散りに逃げたのよ。だから姿を見せなかった。はい。ちゃんちゃん。ほら。もう行くよ」

「でもでも!近江丸おじさん、天使から預かったって。今は親父から預かったって言い張っている文庫本を持ってるよ!」

「どんなの?」

「見せてもらったことない」

「はあ」

「うー」

「はいはい。むくれない。面白い話を聞かせてくれたお礼に、奢ったげるから」

「ゆるそう」


 近江丸が伯父である女子大学生の背中を押しながら、もう一人の女子大学生は、いや、天使は、にんまりと笑った。


 どういう原理だか知らないが、近江丸が文庫本を持っていてくれるおかげで天上へも田丸家へも戻らなくてよくなり、こうして地上を謳歌できている、ので、感謝の気持ちを込めて、近江丸の血縁は絶対に食べないと決めていたが、そもそも人肉はもう食べることはないだろう。

 だって。


(そもそも人肉より、他にもいっぱい美味があるって知れたしね)












(2023.7.19)



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「天使のすむ部屋」の怪談だってば 藤泉都理 @fujitori

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