ゴールドアイズリアルドラゴン


「スッゲェー! 本当にいたんだ!」


 正直なところ、一番奥にたどり着くまで「ほんまにおるんか?」って疑いまくって、そのたびに引き返そうとした。こうしてホンモノに出会えてしまったから信じるしかないよねッ。――おっと、まぶたが開いたぞ。白っぽいまぶたに隠されていた金色こんじきのおめめに、おれの全身が映る。おれが宝石の中に閉じ込まれたみたいだ。


「じいちゃんを信じてよかった! やっぱボケてないじゃんかー」


 玉を七つ集めると願いが叶う系の某ドラゴンっていうか。西洋のドラゴンっつーより東洋の龍っぽい見た目だ。じいちゃんは『ドラゴン』と言ってたけど、動画のタイトルとしてはどっちが目につきやすいかな。ドラゴンにしとくか。ゴールドアイズリアルドラゴン。デカくて強そう。コストも高そう。


 トカゲみたいな頭をゆっくりと持ち上げると、おれと向き合い、チロチロと舌を見せてくる。その舌は先っぽのほうがヘビのように分かれてて、ますます爬虫類はちゅうるいみがあった。身体の表面がウロコで覆われているのもそれっぽい。全体的なカラーリングとしては白。白いヘビって神の使いなんだっけか。なんだかありがたい感じするぅ。


 お前のおかげでおれは超人気クリエイターへの道を、昇竜の勢いで駆け上がるわけだ。

 ドラゴンだけに。


 頭部と胴体部の境目ぐらいのところに五本指のおててがあった。ヒトのおててと違って、第二関節から先端はかなり鋭利な爪になっている。見た感じ、足はないのかな?


「げっ」


 足を探して胴体を辿っていくと、しっぽの付近に、。死体のそばにはスマホらしきものと、懐中電灯が見える。これは編集でカットしよう。呪われたら怖いし。


 ――いや、待てよ。これ、ちょっと前、引っ越し準備で来られなかった時にじいちゃんの家を尋ねてきたっていう女の子? の死体? 大きさもまあ、そんな感じする。


 だとしたらやばくないか。主におれの生命の危機が到来。この子がなんで死んでんのかって、このドラゴンがなんかしたんでしょ……?


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」


 ドラゴンは犬の威嚇チックな声を出した。耳の鼓膜が破けそう。おれは無我夢中で「うぁああああああ!」と言い返す。おれは死なねーからな。これからは動画クリエイターとしてやっていくんで。ゲーム配信もやっていかないと。流行りのゲームに乗っかっていきたい。

 腰に巻き付けていたバッグから黄色のカラーボールにしか見えない球体を取り出して、ドラゴンの口の中に向かって投げつける。ひざを壊して引退するまで野球部のスタメンだったおれ、の制球力は遺憾なく発揮された。カラーボールはドラゴンの口蓋に


「おぁああ!?」


 ここは洞窟の突き当たり。こんなところで動画撮影ができるとお思いですか。真っ暗闇ですわ。何撮ったのってなっちゃう。


 そこでじいちゃんの発明品『ピッカリ玉』ですよ。この『ピッカリ玉』は一見してカラーボールにしか見えませんが、なんと! 光るんですねェ! 天井に放り投げるとくっついて、その空間を明るくしてくれるんですよ。リビングの照明ぐらいの明るさでね。持続時間は三時間ぐらい。


「それではドロンさせていただきます!」


 絶対に美味しくない『ピッカリ玉』を食わされてうめいているドラゴンを尻目に、おれは逃げ出した。今回の動画は、ドラゴンの姿をブイログカメラに収められたらそれだけでもうオッケーなのだ。いやあ、これは万バズ間違い無いっしょ! 急上昇ランキングにランクインしちゃうよ。


 ってなわけで、生きて帰らねばな。言うて来た道をそのまま戻るだけだから楽勝。家に帰ったら動画編集作業が待っているぞい。


 今回のネタを提供してくれたおれのじいちゃんに、この映像を見せないとだ。


「あぉおおおおおおおおおおおおおおん」


 今度は遠吠えもどきな声が、おれの背中を押す。追いかけてきていたらどうしようと振り返ったが、そんなことはなかったぜ。急がなくちゃ。なんだか寒くなってきた。ここで負けるわけにはいかないから、おれは進む。じいちゃんのことを考えながら。


 ――じいちゃんは、だった。


 じいちゃんは男ばかりの五人兄弟の末っ子。ちっちゃな頃から工作が好きだったらしい。今でもじいちゃんの家には昔作ったものから最新のものまで、発明品がたくさん転がっている。タンスには服ではなくガラクタを入っているぐらい。

 兄たちや同級生が野山を駆け回っていても、じいちゃんは家にこもっていたのだとか。だから、周りからは扱いされていた。避けられていたわけではない。じいちゃんの発明品が、村の人を助けたことだって多々ある。大雨で近所の川の増水がやばかったとき、じいちゃんの発明品で畑を守った話は、何度も何度も聞かされた。老人、同じ話を繰り返しがち。

 そんなヒトでも、というか、そんなヒトだったから向こうが惹かれたのか、村一番の美女と結婚した。のちの、おれのばあちゃんである。

 じいちゃんとばあちゃんの間には三人子どもができて、おれは長男の息子で初孫にあたる。他にも孫はいるけど、おれがいちばんじいちゃんと仲良しだよ。これはガチ。大学進学で村を出ていった長男ことおれのオヤジと、その妻たるおれのかあちゃんは、ちょいちょいじいちゃんとばあちゃんのところにおれを預けていた。実家よりもこっちの、じいちゃんの家のほうが実家のような安心感がある。


「この世界ではない、別の世界の存在を証明したい」


 じいちゃんは、おれにそう話していた。いつからだったかは思い出せない。じいちゃんは風変わりな人物だから、誰も本気にしていない。まーたなんか言ってるよって感じだった。ボケたんじゃあないかと疑う人すらいた。ばあちゃんですら曖昧に微笑むだけだった。おれだけが「いいね! 魔法使いとか、ドラゴンとかいるのかな?」とゲームで学んだ知識で応じて、じいちゃんがおれの頭を撫でた。


 去年、じいちゃんは時空転移装置(仮)を完成させる。


 ここで実験を成功させていたら、じいちゃんは主人公となりえただろう。実験は失敗した。じいちゃんは主人公にはなれなかったのだ。

 しかもばあちゃんを巻き込んでしまった。

 おれはばあちゃんとはそこまで仲良くしてなかったけど、それでもばあちゃんの煮物が食べられなくなるんだなと思うと悲しくなった。帰ろうとするたびにいろいろ持たせてくれたけど、それもなくなるんだなと。

 村一番の美女を行方不明にさせたじいちゃんは、いよいよ立場がなくなる。じいちゃん自身も両足が不自由になっちまったってのに、誰も助けてくれなんだ。それに、あんだけ頼り切っていたオヤジとかあちゃんが「じいちゃんにはもう二度と会いに行くな」と釘を刺してきた。うるせーばーか。こういうときにこそ、一番仲良しなおれがそばにいてやらなくてどうすんだよって話よね。


 おれにもおれの生活があったから「じゃあ引っ越してじいちゃん家に住むか!」と決意してついでに「ネット回線はつよつよにしよう!」とすぐには踏み切れなかったんだけどな。この一年、がむしゃらに働いて、じいちゃんところにはヘルパーさんを頼んだり、休みの時は必ず会いに行ったりした。上司から昇進の話が出たところで「辞めて田舎に帰ります」と辞表を叩きつける。かなり引き止められそうになった。


 おれの代わりの社員はいると思う。

 だけども、じいちゃんの孫の代わりはいない。


 長々と昔語りしちまったけど、要は、そんなじいちゃんが「洞窟にドラゴンが逃げ込んできた」なんて言っても誰も信じなかったってわけ。おれだけが信じていた。こうしておニューのブイログカメラを片手に、探検家まがいのことをしたんですよ。結果として大成功ってわけだよ。




 ああ、空が見えてきた。

 なんだか雨が降りそうだ。

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明日はドラゴンとなり、ところによりにわかあめが降るでしょう 秋乃晃 @EM_Akino

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