第18話 ペンギンを詠う社会批判(1)

 「樹理じゅりゆうがお茶持って来るんだったら、コップ、洗おうか」

あいが言う。

 「あ、じゃあ、もったいないから飲んじゃう」

由己ゆきが言い、自分のコップを持って、冷めたアップルティーをくくっと飲む。

 朝穂あさほはべつにどっちでもいいと思ったけど、由己が飲むのに自分が残すのもなあ、と思って、コップを取って飲んだ。

 前言撤回てっかい、というか、訂正。

 そんなに冷めてない。温かい。

 りんごの香りは最後まで弱まらない。

 愛がコップを洗いに行く。部屋の入り口に近いところに流しがあって、そこで洗っている。

 それまでの話が中断し、その柔らかくなった空気のなかで

千英ちえって、恐竜、詳しいね-」

と由己が言う。

 「いや。鳥がね」

と千英も柔らかく答えた。

 「ペンギンかわいいな、と思って」

 「あっ!」

 千英のことばの途中で、由己の唐突な反応!

 「そういえば、わたしの、きみは南極知らないんだね、に、ペンギンは南極にいるとは限らない、って言ったの!」

 「そうそう」

 千英はその唐突な由己のことばを余裕で受け止める。

 「あのときも言ったけど、鹿山しかやま動物園のペンギンウォークだよね」

 たしか、そんな名まえだったな、あの動物園。

 朝穂は「蒲沢かんざわの動物園」、「蒲沢動物園」だと思っていた。そう言ったので不都合はないのだが。

 「うん」

 由己がまた上目づかいで千英を見る。

 千英が一気にしゃべる。

 「わたしもペンギンウォークは幼稚園のときから大好きで、さ。小学校のときとか、毎週、いや、毎週はなかったけど、でも、一か月に二回か三回は行ってたね。それで、夏休みに行ったときさ、ふと気がついたんだよ。なんで南極のペンギンが、三十度とかいう、わたしたちがぐにゃーっとなるぐらいの天気で、平気で歩いてるんだ、って。それで、列の整理を、あ、人間の列の整理ね。その整理をしてたお姉さんにきいたら、これはもっと暖かいところにいるペンギンだからだいじょうぶ、って言われて。でも、ペンギンは、当然、靴いてないから、熱いと火傷やけどするから、行き帰りの道は熱くならないように工夫してる、って話とかもきいて。で、ああ、そうなんだ、って」

 「わたしもペンギンウォーク大好きで」

と、由己が言う。

 「でも、わたしはふた月に一度ぐらいかな。それであんな短歌作って」

 「いや、ほら」

と千英がやわらかく受け止める。

 「つまり、ペンギンは南極の生き物なのに、あの子たちは南極も知らないで、自分の生きてる動物園の世界で列を作ってえさをもらいに行くのが自分たちの生きかただと思ってる、っていう短歌でしょ? そのかなしさとか、それから、ペンギンたちをそういう状況において、かわいいかわいいって言ってる人間の身勝手さとか、よく表現していると思った」

 な!

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