第13話 いきなり人数が増える

 「いっ?」

 ドアの外を見て、由己ゆきは動きが止まった。

 動きが止まるときにまだアップルティーのコップを持っていたので、そのコップをぎこちなく椅子の上に置いている。

 あいも軽く固まっている。

 「こないだの歌合戦の検討するんだったら、みんないたほうがいいかなって」

 その、千英ちえと言うらしい、体の大きい子が言う。

 この子は、ぜんぜん緊張感ないなぁ。

 「いっしょになったから、連れて来ちゃった」

 「短歌決闘」も違うが。

 「歌合戦」でもないと思うんだけどなぁ。

 というわけで。

 その千英という子だけではなく、もっと来たのだ。

 「あ。じゃあ、入って」

 愛が硬い声で言った。

 「おじゃましまーす」

 その千英という子のあとに

「おじゃまします」

と、短く、とても言いたくなさそうに言ったのは。

 橋場はしば樹理じゅり

 寮委員長。

 先輩からの「引き継ぎ」を聴かずに眠そうにしていたという寮委員長の橋場樹理。

 その後ろから、何のあいさつもせずに入って来たのは、一年生らしい。

 その一年生はあのときもいた。

 あの歌合うたあわせで古典文芸部のほうに座っていたと思う。

 人数が増えたので折りたたみのまる椅子のコップ置き場が廃止になり、コップは愛の机の上に並べられる。たぶんもう飲む機会はないだろう。

 そうやって空けた円椅子に千英という科学部員が座る。

 朝穂の左隣に問題の橋場樹理が座った。

 あいさつもせずに座るのはいつものことなので、別に腹も立たないけど。

 最後に入って来た一年生が、その樹理に小さく頭を下げて、その隣に座ろうとするが。

 場所が狭すぎた。お尻が半分入らない。

 「あ、ゆうはそっちに座って」

 愛が言う。

 「優」と呼ばれた一年生は「いやいや」という様子で立ち上がると、愛をにらんでから朝穂あさほと由己の前を通り、由己の隣に腰を下ろした。

 愛は、新しく来た三人にもアップルティーを出すのだろうか?

 でも、その前に、問題の寮委員長橋場樹理が

「で、こないだの歌合の検討だって?」

と言って、愛のほうに顔を上げた。

 「あれ?」と思う。

 もちろん機嫌よさそうではないのだけど。

 いつもの機嫌悪さやとげとげした感じがない。

 「うーん、っていうより」

と、愛が、自分の膝のあたりに目を落として、言った。

 「鳥の問題、なんだよね」

で、隣の千英を軽く顧みる。

 「そこで、千英にちょっと説明してほしいんだけど」

 「歌合の検討」ではなく「鳥の問題」だからいまは千英が主役、と、話をすすっと転換してしまった。

 たしかに。

 とろとろにもかかわらず、このいまの言いかたができるのなら、委員長のかわりに交渉に行くのも適役かも知れない。

 乱暴で、こっちをいじめる委員会まで持っている瑞城ずいじょうの寮まで。

 「飛ぶのが鳥にとってはたいへんなことで、だから、飛ぶ必要がなくなったら飛ぶ機能から退化してしまう、って、その話なんだけど」

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